第44話 人魚だあああああああああ
俺はビクビクしながら夜の村を歩いていた。
人の気配がまったくしない……。王都以上だ。
王都も夜は人けがほとんどなくなるのだが、それは治安があまりよろしくないという理由である。
人自体はたくさん住んでいるので、多少心細さはなくなるのだが……。
とりあえず、マガリが止まっている家に石をぶつけておきつつ、歌声のした方に歩いていく。
後ろの方から何やらガサガサと音が聞こえてきたが、関係ないし無視しておく。
ちくしょう、嫌だよ……。
王都よりは治安は悪くないだろうが、こっちの方が静かだし何か怖い。
何よりも恐怖心を引き起こさせるのは、人魚の話である。
シルクと村長……この二人から人魚の恐ろしさを教えられてしまったので、いつも以上に恐怖を覚えている。
しかも、潮風に乗って聞こえてきたのが、会話ではなく歌声というものもさらに怖い。
人魚の歌の話をしていたので、これが本当に人魚のものだとすると……。
まあ、そんなありきたりなことはないだろうがな。
話していたすぐ後にその人魚と遭遇なんて、ありふれすぎていて俺に起こるとは到底思えない。
大丈夫大丈夫。へーきへーき。
シルクみたいに無害かつ彼女ほど厄介ごとを抱え込んでいない失恋村人がいてくれるに違いない。
善人である俺には、そういう幸運が巡り巡って来なければおかしいのである。
「おい、魔剣。本当にちょっと様子を見るだけだからな」
何も問題ないのであれば、すぐに帰るからな。
問題あっても帰るけどな。
『いや、なんとなくだけど、多分そうじゃないね』
魔剣が不穏なことを呟く。
こいつの直感かぁ……。封印される前は、聖剣として活躍していた無機物の直感……。
……戻るか。
『行こう!』
美しいターンを決めた俺の身体が硬直する。
クッソ……! 身体を操られるってこんなに……!
「~~~~」
歌声が聞こえてくる。自然と俺の身体も震えはじめる。
ひぃ……海の中に引きずり込まんといて。魔剣をあげるから。
「~~~~」
小さな崖になっている場所があった。
近くには林のような木々が生い茂っている場所があったので、そこに身を隠しつつ崖の様子を窺う。
その崖に腰を下ろして足を投げだすようにしながら、こちらに背を向けている人影があった。
よかった。明らかに人間だし、化け物ではないようだった。
あ、ほら……人魚でもないね。
歌や様子にもとくに悲壮感もないし、自殺志願者という観点からも大丈夫だろ。
問題は一切ない。何もない。
じゃ、引き返そう。疲れ切ってくたくたなんだ。寝させてくれ。
『一応確認しておこう』
またふざけたことを抜かす魔剣。
マジで崖から海に放り投げてやろうか?
ふざけんなよ! お前はどこまで俺を追い詰めるんだ!?
もういいだろ。あっちからしても、余計なお世話だってんだ!
絶対に行かねえからなっ!!
俺は足に全力で力を込めて、根を張る木々のように不動の姿勢をとった。
『ぐぉぉぉっ! 抵抗するなぁぁ……!!』
俺の身体が自然に動き出そうとする。
だが、決して俺は動かなかった。
絶対に動かん……! 絶対にだ……!!
俺と魔剣が攻防を繰り広げていた、その時であった。
「だ、誰だい……?」
ビクッと俺の身体が硬直した。
どこか、強張った声音で話しかけられたからである。
流石に、これを自分に向けてのものではない、と言えるほど面の皮が厚いわけでもなかった。
俺はおそるおそるといった様子で木々から顔を出して……。
そこにいたのは、女だった。
ボブカット風に切りそろえられ、短いサイドテールにまとめてある髪。
その髪色は、海よりも青い濃紺であった。
キリッと吊り上った眉や目は、その女の性格を表しているようだった。
どこか不安げに俺を見ているので、あまり気が強いという印象はなかったが、どこか男勝りというか男らしい雰囲気を醸し出していた。
といっても、別に顔が男らしくごついとかでもなく、俺ほどではないが整っていると思う。
普通に服を着て、そして下半身は魚なので流石にスカートやズボンといったものは着用しておらず……。
…………魚?
俺は二度見して、ちゃんと女の下半身が人間のそれではないことを確認する。
あ、そう。人間ではないと。
俺は息を吸い込んで……。
「に、人魚だああああああああああああああああああっ!?」
その絶叫に、恐怖の権化たる人魚も息を吸い込んで……。
「に、人間だああああああああああああああああああっ!?」
何でお前が驚くんだよ!?
◆
「ふぁっ!? な、なに……?」
最近は王城でフカフカのベッドで寝ていたので、村長宅の一室を与えられても最高の睡眠をとることはできなかった。
贅沢って、覚えるとなかなか面倒ね。
ただ、私の怨敵であるアリスターは、ここではなく空き家で寝ているということを思うと気がスッとする。
騎士たちと野営をしていたらもっと面白かったのに……。
しかし、アリスターが最後にこちらを恨めしそうに睨みつけてきたことから、あまり上等のベッドでなくても私は良い気分で寝ることができていたのだが……。
ガン! と外壁に何か当たって物音がしたため、安眠からたたき起こされたのである。
「な、何かしら……?」
私の安眠を妨害したというだけで万死に値するが、しかし誰がそんなことをしたのか?
私の演技は完璧なため、周りには優しく美しい聖女ということで通っているはずだ。
そんな私に攻撃を仕掛けてくるなんて……アリスターしか思いつかない。
そーっと窓から外の様子を窺うが、人っ子一人いない。
……えっ、幽霊? 怖いんだけど。
「ど、どうか幽霊から私を守ってください」
月が綺麗だったので、思わず月にそう願ってしまう。
だ、大丈夫。幽霊とか存在しないわ。
ひっひっふー。ひっひっふー。
……よし、落ち着いたわね。
何が原因だったかはわからないけれど、さっさと寝てしまいましょう。
そう思って再びベッドに潜り込もうとするが、最後にもう一つだけ月に願いをしておきましょう。
「アリスターに不幸が訪れますように」
満足した私は、今度こそベッドにもぐりこむのであった。
この時、本当にアリスターが追い込まれている状況にあることに、私は気づかないのであった。
気付いていたら、見に行って陰から笑ってやったのに……!




