第41話 お婿さん候補
エリア。この国の王子の名前である。
整った容姿をしており、意思と気の強さを感じさせる鋭い目つきをしている。
性格もかなりきつめだが、しかしそれが王としてふさわしいとする貴族もいる……らしい。
正直、王なんて暴君か暗愚でなければどうでもいいので、大して気にしていない。
最悪、国外に逃亡すればいいだけの話だし。
そして、この男……やけにマガリのことを気に入っている様子なのである。
まあ、あいつは猫かぶりさえしていれば、見た目も良くて性格も良いまさに聖女らしい女なのだが……あいつの反吐が出そうになる内面を知っている俺からすれば、蜘蛛に捕まった哀れな蝶のようにしか思えなかった。
その蜘蛛が食べる気まったくないというのも面白いが。
「エリア王子……」
「ふんっ……」
俺が余計なことをするなと声をかければ、エリアは何故か不機嫌な様子でそっぽを向いた。
は? 何だその態度ふざけんなよ。ぶっ殺すぞ。
『沸点低っ』
王子だろうが何だろうが、俺に対してそんな態度取っていいわけないだろ。
「どういうことじゃ、エリア?」
「確かに、こいつの言っていることは事実でしょう。俺もこいつの実力を信じることはできないし、騎士に護衛させた方がいいに決まっている」
国王に尋ねられて、エリアが答え始める。
……俺がそう言ったからなんだけどさぁ、お前に言われると腹立つな。
まあ、実際に俺自身には実力もクソも何もないわけだが……。
「なんだったら、俺が聖女に連れ添って彼女を守ってやりたいくらいだ」
「ッ!?」
エリアが残念そうにつぶやき、マガリが身体を強張らせる。
一方で、俺は何とも素晴らしい言葉を聞いてしまったと、顔がゆるんでしまうのを避けられなかった。
えっ、なんて素晴らしいことを考えているんだ、王子は……。
マガリは明らかに彼を避けているが、彼はそれに気づかず猛烈なアタックをしたがっている模様。
……うん、素晴らしい。俺も是非協力したい。
エリアとマガリはお似合いだからね。昔からそう思っていたんだ。
俺が護衛の件も辞退するから、代わりにエリアがマガリの護衛をする。
王子として護身術くらいの訓練は受けているだろうから彼女を守ることができるだろうし、彼女に好意を寄せているエリアは距離を縮めることもできる良い機会だね。
俺は付いて行かなくて済むから喜び、エリアも一緒に過ごすことができるから喜び、マガリは苦手な男にアタックされるから苦しむ。皆良いことづくしだね。
よし、早速この素晴らしき案を提案しようとして……。
「だったら、王子が――――――」
「だが、それはできない」
当の本人であるエリアから拒絶の言葉が飛び出した。
えぇ……どうしてぇ……?
あからさまにホッとするマガリ。
くそっ……! こいつの顔が絶望に歪む姿を見たいのに……!
「俺は王子だ。やはり、安易に行動することはできない。それに……」
エリアは行かない理由を説明し始める。
王子という高い地位にあって命を狙われる立場であることをしっかり理解しているようだ。
だからこそなんだ。狙われやすいお前がマガリと行動を共にすれば、彼女にも危害が加わるだろう?
だからこそ、お前ら二人が行動してくれたら、俺としては言うことがないんだ。
そんな俺の切実で純粋な思いも届かず、エリアはどこか疎ましそうな目を俺に向けてきた。
だから、何だその態度は。ぶっ殺すぞ。
「聖女が何よりもお前を護衛に指名したのだ。彼女の意思を尊重するべきだろう」
俺は、一瞬こいつが何を言っているのかわからなかった。
しばらくの間、身体も脳も硬直して……。
はあああああああああああああああああああああああっ!?
『うるさっ』
魔剣の声が聞こえないくらい内心で絶叫した。
はっ、ははっ、はあっ、はああああああああああああああああああああああああ!?
なぁに言ってんだこいつぅっ!? 頭おかしいんじゃねえのか!?
マガリのことを優先!? 最優先されるべきは俺の意思だろうが!!
「王子……」
マガリが『初めて役に立った……』みたいな目でエリアを見ている。
ふっざ……ふっざけんなよマジで!!
「聖女が望んでお前を指名したのだ。よもや、断ることはないだろうな?」
ギロリと俺に鋭い目を向けてくるエリア。
ま、まさかの脅迫!? マガリの意思を尊重し、俺の意思を粉砕する脅迫までするのか!?
こいつ、どれだけマガリにべたぼれなんだ!?
惚れてアタックするのはいいけど、それで俺に迷惑かけてどうすんだよ!!
まっじふざけんなよ!!
『でも、どうすることもできないよね』
魔剣の言葉……それは、真実だ。
こいつを持っているからといって、俺が王子よりも発言力が上になるはずがない。
王子の言うことは、絶対である。
しかも、脅迫まがいのことをしてきているのだから、俺にはもう……。
うごごごごごご……!
「い、行きます……!」
俺にはそう答えることしかできなかった。
血を吐くような決死の表情で答えれば、エリアは満足そうに頷き(死ね)、マガリも嗜虐的な笑みを浮かべて頷いた(死ね)。
死ね。
『正反対の反応しているなぁ……』
俺とマガリの反応を見てか、魔剣はそんなことを呟くのであった。
◆
俺が嫌じゃ嫌じゃとフカフカのベッドに顔を埋めつつ現実逃避をしているうちに、ついにマガリの護衛として旅立つ時が来てしまった。
騎士たちが出立の準備をしている中、俺は死んだ目をしながら突っ立っていた。
はぁ……最悪だ……。
こんなに憂鬱な気分になったのは、シルクを助けに劇場に向かった時以来だ。
……最近だな。
『もうここまできたら腹決めようよ。相変わらず往生際の悪さは凄いね』
魔剣の癇に障る言葉が聞こえてくる。
うるせえぞ無機物。
だが、まあこいつの言うことにも一理ある。
嫌じゃ嫌じゃと言っていても、結局は行かなければならないのである。
行かないと処刑みたいな脅しをエリアがかけてくるし。
もうあいつのこと絶対に何かあっても助けてやらん。
……まあ、護衛といっても名ばかりだ。
山賊が襲い掛かってきたら、マガリを盾にしてさっさと国外逃亡しよう。
「久しぶりだな、アリスター」
「ああ、お久しぶりです」
そんな俺に話しかけてきたのは、マガリを村に迎えに来た有能であり、この魔剣を取り上げてくれなかった無能でもある騎士ヘルゲであった。
話しかけんなや……と思ったが、もしかしてこいつもこの行幸についてくるのか?
「ヘルゲさんも……?」
「ああ。聖女様をお守りするのが、騎士の仕事だからな」
誇らしげに胸を張って言うヘルゲ。
へー。じゃあ、お前に全部任せて帰ってもいい?
やる気ある人に任せるべきだと思うんだよね、俺。
「ところで、その……」
「…………?」
ヘルゲにどうにか押し付けられないかと考えていたところ、彼はどうにも歯切れが悪く何かを言おうとしている。
うっすらと頬を染めているのがキモイ。
なんだよ、キモイし怖いわ。
ヘルゲの言葉に戦々恐々としていると……。
「幼馴染のお前だからこそ聞くのだが……せ、聖女様はどういう人だ? 何か好きなこととか、趣味とか教えてくれないか……?」
頬をかき、恥ずかしそうにしながら俺にそんなことを尋ねてきた。
この言葉から導き出されることに、俺はまるで稲妻に打たれたかのような衝撃を受けていた。
…………マジ?
マガリのやつ、ヘルゲも落としていたの?
彼女の反吐が出るような内面を知っていれば、惚れる男なんてどこにもいないことは明白なので、ヘルゲもエリアと同じく彼女の猫かぶりだけを見て惚れたのだろう。
つまり、マガリは彼に惚れられても苦しむだけだということで……。
「ふっ、お話ししましょう」
俺は良い笑顔を浮かべながら、ヘルゲの手を取った。
いいとも。何でもお話ししましょう。
『相手を苦しめるために恋の手助けをするって……君はどこまで……』
魔剣の嘆くような言葉も、俺には聞こえなかった。
見ていろ、マガリ。お前のお婿さん候補を育て上げてやる……!




