第4話 頑張れ
「あの……いつ王都に行けば……」
「できれば、今すぐに用意をしていただきたい。聖女様のお力をすぐにでもお借りしたいということもあるのですが、まずは聖女としてふさわしくなるような教育などを受けていただくことになるかと思いますので……」
「うぐぅ……!」
もし、明日出発とかなっていたら、今晩中に姿をくらませるつもりだったな、こいつ。
まあ、そうなっていたとしても、俺が探し出してやるけどな。
お前のこと、離さない。
「(あなたのせいよ!)」
血走った目でアイコンタクトを飛ばして来るので、俺はニッコリと微笑む。
「(てへへっ)」
「(死ね)」
辛辣。まあ、今の追い詰められたあいつの状況を考えれば、俺だってそうしていただろうな。
さて、こいつに引導を渡してやろう。
俺はゆっくりとマガリの前に近づいて、少し悲しそうな表情を浮かべる。
「君と離れるのは少し寂しいけど、国のために頑張っている君のことを思って、君の代わりに村のために頑張るよ。だから、安心して王都に行ってきてほしい。決して逃げないで。困難に立ち向かえる君だけにできる、使命なんだから」
「アリスター……(どの口が言ってんだ…!!)」
感動したような顔を作っているが、本心は俺にマシマシで伝わってきていた。
殺気が凄いもんね。でも、普段からいがみ合っていたマガリを追い詰めていることが実感できて、心地いい……。
「聖女様は、良い友人を持たれましたね……」
ヘルゲくん、君は分かっているじゃないか。
だから、マガリ。首を全力で横に振るのは止めなさい。猫被りが取れそうになっているぞ。
「それでは、聖女様。王都に持って行きたい荷造りをしましょう」
「うぅ……っ」
ヘルゲはもう行く気満々だ。
そして、俺もこんなに心が躍ったことがあるのかというくらい、小躍りしてしまいそうなほど喜びに満ち満ちていた。
あぁ……俺の弱みを握っているマガリが王都という遠い所に行ってしまう……。
そうなれば、もはや俺を脅かす者は誰もいない。
俺は猫をかぶって、適当に裕福で甘い女を捕まえて、楽な人生を送るのだ。
なに、マガリも猫かぶりは相当な技術を持っているのだから、王都でもうまいことやるだろう。へーきへーき。
聖女としての任をこなせないと大変なことになるっぽいけど、へーきへーき。
「うぅぅぅ……」
ヘルゲに促され、嫌々家に赴くマガリ。
ぶふふふっ! あんなにあいつが追い詰められているところなんて、初めて見たぞ!
これは、愉快ですねぇ……。
家に着いたら着いたで荷造りで時間稼ぎをしようとしているのだろうが、そうはさせん!
「マガリ、君の荷造りを手伝わせてくれよ。もしかしたら、これが君といられる最後になるかもしれないからね……」
「ッ!?」
唖然とした表情で俺を見るマガリ。俺は誰にもばれないように、ニヤリと笑った。
「き、気持ちは嬉しいわ。でも、私も女だもの。男の子には見られたくないものが……」
汗を流しながらそう言ってくるマガリ。
ふっ……お前がそうあがいてくることなど、俺にはお見通しだ!
「おいおい、手伝いたいと思っているのが、俺だけだと思っているのか? なあ、皆!」
俺はそう言って、後ろを振り返る。
そこには、良い笑顔を浮かべてくれる村人たちがいた。
「そうだな! 俺たちにも手伝わせてくれよ!」
「男に見られたくないなら、あたしたちが手伝うわ!」
「今まで、散々お世話になったんだもの。こういう時に、恩返しをしないとね!」
「国のために尽くそうという人が、俺たちの村から出て行くんだ。それくらいの手伝いはしねえと、末代までの恥だ!」
なんて素晴らしい村なんだ……。
彼らにも、今からやらなければならない仕事などがたくさんあっただろう。
しかし、それを放り捨ててでも、マガリのために動こうとするのだ。
こんな温かい村が、他にあるだろうか?
な、マガリ?
「…………ッ!!!!」
す、すごい。目が血走りすぎて真っ赤になっている……。
だが、怖くなーい。今のあいつに、俺をどうこうすることなんてできないのだから。
「さあ、皆! 力を合わせて、すぐにでもマガリが心置きなく出て行けるように、可及的速やかに荷造りをしようぜ!」
『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!』
俺の声に合わせて、拳を突き上げる彼ら。
一斉にマガリの家に突撃していくのであった。
それを見て、マガリは泣いていた。
なんと感動的な場面なんだ……。
……まあ、もちろんそんな意味で泣いているわけではないことは知っているけれど。
「……良い友人たちを得ましたね」
「……ええ、本当に……っ」
ヘルゲが優しくマガリに語りかける。
俺もその様子を見てニッコリ。
「(殺してやる……!!)」
……ただ、マガリが向けてくる目があまりにも怖かったので、俺もマガリの家に突撃したのであった。
◆
村人たちが一丸となってマガリの荷造りを行った結果、一時間もしないうちに家の前には持って行くべき荷が出来上がっていたのであった。
素晴らしい……迅速的な対応に、俺は思わず笑みを浮かべる。
これなら、マガリも喜んでくれるだろう。
「頑張ってね」
「王都に行っても、辛かったら戻ってきてくれよな!」
「うぅ……元気でな、マガリちゃん!」
「ありがとー、ありがとー……」
多くの村人たちに囲まれて、励ましの言葉をかけられている。
マガリも人望があったんだな。仮面かぶっていたけど。
それらに対して、彼女は死んだ目で礼を言っていた。
おいおい、もっと嬉しそうにするべきだろう。
まあ、俺くらいしか気づいていないだろうけれど。
「君は最後に言葉をかけなくてもいいのか?」
「あなたは……」
俺に話しかけてきたのは、ヘルゲだった。
何だお前。いい気分なんだから話しかけるなよ。
「君は、聖女様ととくに親しげなように見受けられた。これから、聖女様は多忙な毎日を送られることになる。簡単には会えなくなってしまうだろう。最後の言葉くらい、かけておいた方がいいんじゃないか?」
親しげ? こいつの目は節穴だろうか。
しかし……そうか。やっぱり、マガリが今まで以上に大変な日常を送ることになるのか。
ふふ……笑みが隠しきれないな。
よし、ここは達観した笑みに変えておこう。
「いえ。伝えたいこと、伝えるべきことはすでに話しましたから。マガリは優しい子ですから、聖女としての役目を粉骨砕身果たすことでしょう。ただ、マガリはとても優しく、自分を責めてしまってその立場から身を引こうとしてしまうこともあるでしょうが、その時はヘルゲさんが絶対に逃がさないように受け止めてあげてください。彼女のこと、『ずっと』目をかけてやってあげてくださいね」
ずっとを強調する。
へへ……逃がすなよ、ヘルゲ。
もう、マガリとは一生会いたくないのだから。
「……ああ、了解した。まったく……君も良い男だな」
ふっと笑うヘルゲ。
良い男、か。妥当な評価ですね。
しかし、死んだ目をしながら村人たちの対応をしているマガリを見ると……ふふ、本当に愉快だ。
……やっぱり、最後に言葉をかけようか。
俺はゆっくりと彼女に向かって歩き出した。
ヘルゲは、そんな俺の背中を優しげなまなざしで見つめているような気がした。ちょっとだけキモイ。
俺が近寄って行けば、村人たちがおのずと道を開けてくれる。
頑張れよ、やら、負けたよ、とか、変な言葉をかけてくる馬鹿共。
何の話やねん。
「あ……」
俺が前に立つと、見上げてくるマガリ。
傍から見れば、何かの言葉を期待しているかのように見えているのだろう。
「(あなたのせいで……あなたのせいでぇぇぇぇぇっ!!)」
まあ、俺に伝わってきている意思はまったく違うんですけどね。
凄いよ、この殺意。
「マガリ……。俺から言えることは、もう何もない。だから、この言葉だけ贈らせてもらうよ」
俺はニッコリと笑って、言ってやった。
「頑張れ☆」
「~~~~ッッ!!!!」
良い笑顔を見せてやったのだが、マガリは顔を赤くしたり青くしたりとせわしない。
おいおい、どうしたんだよ。
あっちも、最後くらい笑顔を見せてほしいものだ。
そう、最後なのだから。
「聖女様。彼や村人たちの力添えもありましたし、今すぐにでも出発しましょう。王都は、それほど離れてはいませんが、少し距離はありますから」
ヘルゲに促されて絶望の表情を見せるマガリ。
あぁ……今日の晩飯は美味そうだなぁ……。
俺がニッコニコで手を振っていると……。
「あ、あの!!」
マガリが声を上げた。
おいおい、今から何を言おうと、お前の王都行きは決定だぞ?
それに、ここより大変な猫かぶりをするんだぞ? ガンバ!
そう思っていると、マガリがこちらに駆け寄ってきた。
…………え? マジで何?
訝しげにしている俺に、マガリが口を開いた。
「アリスター、ついてきてくれませんか?」
「お断りします」
何言ってんだ、この性格ブス。
考える間もなく、俺は即答で拒否させてもらった。
誰が王都なんかについていくか。一人で行くならいいけど、お前と一緒だと絶対に何とか引きずり込もうとしてくるだろ。嫌だね。
「そ、そう言わずに……。私も新たな環境に赴くということもあって、少し緊張しているんです。気心の知れたあなたがいれば、私もリラックスできますから」
なーにが、気心が知れた、だ。お前、俺を道連れにする気なだけだろ。
ぜーったいについていかね……痛い痛い。掴む手に爪を食い込ませるな! 血が出てる!
「いやいや。俺じゃあ足手まといにしからならないからね。君の素晴らしい門出に、俺は必要ないよ。君は強い女性だ。一人でも大丈夫さ」
俺はそう言ってマガリの手を離そうと……痛い! また爪を食い込ませやがった!
「いやいやいや」
「いやいやいやいや」
俺たちは同じ言葉を繰り返しながら、誰にもばれないように攻防を繰り広げる。
くっ……爪の食い込み具合が尋常じゃない! かなり痛い!
こいつ、どれだけ王都に行くのが嫌なんだ!? というか、そんなにしてでも俺を道連れにしたいか!!
そんな泥仕合を続けていると……。
「なに、遠慮するな。君一人くらい、私たちがちゃんと王都に連れて行ってやるさ」
「なにぃっ!?」
ヘルゲがそんな馬鹿なことを言いだしたので、俺は思わず声を荒げてしまう。
こいつ、何言ってんだ!!
「い、いや……本当に俺は戦闘のせの字も知らないから……。魔物とか怖いし……」
「だから、私たちを見くびるな。我ら騎士団、魔物なんぞに遅れはとらん」
ちっ……! 何格好つけてんだ、こいつ……!
俺の顔色がみるみるうちに悪くなっていく一方、マガリの顔はニヤニヤとした厭らしい笑みに変わっていた。
くそっ! ちょームカつく!!
「ヘルゲさんもそうおっしゃってくださっていますし……ね?」
何が『ね?』なんだよ。
首を傾げておねだりをするような猫かぶり態度に、それを見ていた村人たちはもちろんのこと、やってきていた騎士たちもほうっと熱い目をマガリに向けていた。
お前が上目づかいでうるうるとした目で見つめてきても、俺には怒りしか湧いてこねーわ。
こいつ、見た目だけはいいから、こういうことをしたら男はホイホイと騙されてしまうんだろうなぁ……。
本性を知っているから、俺の心は微塵も動かないが。早く一人で王都に行って死ね。
「……そうだなぁ」
そんなことをとりあえず言いながら、俺は考える。
どうする? 今からマガリの頬をビンタして逃げるか?
……いや、あまりにも非現実的だ。感情のまま動いてはいけない。
俺がここから逃げる手立ては……ないな。
周りの奴らは、マガリのことを手助けしてやりたいと思っているような連中だ。
涙を浮かべるという演技をしているこいつの頼みを退ければ、俺に向けられる視線がきつくなってしまうだろう。
……ちっ。
「……そこまで言うんだったら、ついて行こうか。まったく、マガリは仕方ないなぁ。これからは、俺抜きで一人で聖女として頑張らないといけないんだからな?」
嫌みったらしく、かつ王都で聖女になることを意識させるように言ってやる。
マガリも頬を引きつらせながら笑みを浮かべて……。
「はい、ありがとうございます」
ニッコリと笑みを向けあう俺たち。
その心のうちでは、罵倒合戦が繰り広げられていたのは言うまでもない。