第39話 硬直
「よし。昼寝でもするか」
二つの呪いの手紙を破棄し、シルクも劇団に戻って行ったので、俺はフカフカのベッドにダイブする。
あー……本当、寝心地が最高だよな。
王都に縛り付けられることになった時は絶対に逃げてやろうと思っていたが、この最高級宿に引き続き滞在していいというのは僥倖だった。
安宿にでも詰め込まれていたら、魔剣を放り捨ててさっさと逃げ出していたはずだ。
『僕と君は魂レベルでつながっているから、どこに行こうとも僕は追いかけることができるよ』
呪いの剣じゃん。マジで聖剣とか嘘じゃん。
とんでもないストーカーを抱え込んでしまった……無機物の。
ちくしょう……俺が何をしたっていうんだ……。
嫌な気分になってしまったので、さっさと寝るとしよう。
寝て忘れるんだ……。
そう考えて、俺の意識はどんどんと遠くなっていって……。
コンコン
扉をノックされる。
……ちっ、うるっせえなぁ。こっちはお昼寝タイムなんだから察しろよ。
居留守だ居留守。
ここの使用人たちも一流なので、返事がなかったら寝ていると思ってそれ以上ノックをすることはないだろう。
俺はまたまどろみ始めて……。
コンコンコン
…………無視無視。
コンコンコンコン
………………………。
コンコンコンコンコンコン
なんなの? しつこすぎない?
ここの使用人は使える連中だと思っていたのになぁ……残念だわ。
俺はとてつもなくイライラしながらも、のそのそとベッドから這い出る。
こんなにイライラしているのは、昼寝を邪魔されたということもあるが、何よりもあの呪いの手紙が二通も届けられたことが大きな理由だろう。
俺の素晴らしいイメージを崩さないためにも怒声をぶつけることはできないが、嫌味の一つでも言ってやろうか。
そう考えて、ズンズンと扉へと進んでいく。
『あ……ま、いいか』
魔剣が意味深な言葉を呟くが、こいつの言うことなんてろくなことがないので無視だ。
「はいはい、なんですか!?」
俺は怒りのままに扉を荒々しく開けて、役立たずの使用人を笑顔で睨みつけ……。
「こんにちは、アリスター。今日はいい天気ね」
「間に合ってます」
扉を開ければ、いつも世話をしてくれる使用人ではなく、ニコニコと良い笑顔を浮かべている女の姿があった。
それを確認した瞬間、流れるような動作で扉を閉めにかかる。
……が、閉める直前に足を挟まれ、閉め切ることができなくなってしまった。
潰すぞ、コラァ……。
「あら、どうしたのかしらアリスター? 久しぶりにあった幼馴染じゃない。少し、お話しようとは思わないの?」
ニコニコと笑いながらそんなことを言ってくる女の名は、マガリ。
こいつの言う通り、同じ村で生まれ育った幼馴染である……が、俺とこいつの間に友情や恋慕のような絆は一切ない。
お互いがお互いを邪魔だと思いあっている、憎しみ合っている関係である。
それは、俺とマガリがそれぞれの本性……自分至上主義のことを知っているからである。
これは、都合の良い異性を捕まえる際に弱みになる。
俺とマガリは、それぞれ金持ちに寄生して楽に生きていこうという野望がある。
そのために猫かぶりをして善人面をしているわけだが、これを最も脅かすのが俺たちそれぞれだというわけだ。
だからこそ、俺はマガリを聖女に押し付けて邪魔者を排除したのだが……こいつのせいで、俺はここまで引きずり込まれてしまった……!
まあ、それでも俺の方が逃げ出しやすいだろうがな。
「思わん。お前は聖女として苦しんでこれからの人生を送れ。もう俺とお前とは住む世界が違うんだよ」
もちろん、マガリが窮屈で苦しい世界であり、俺はのんびり悠々自適の生活を送れる世界である。
隔絶しているのだ。
俺がそう言えば、笑みを浮かべていたマガリの顔が鬼のように変貌する。
性格クソだし身体も貧相だしで、顔だけしかチャームポイントないのに……いいのか? そんな顔して。
「ふざけるなよ……! あなたのせいで私はこんなところまで来てしまったのよ! 絶対にお前も道連れにしてやる……!!」
「はいはい」
もう聞き飽きた言葉である。何とも思うことはない。
俺はマガリが足を挟んでいることなどお構いなしに、扉を閉めようとする。
「いだだだだだだだだだ!! 躊躇しないで私の足を潰そうとするとか、ホントクズね!!」
「お前も逆の立場だったらそうするだろ」
悲鳴を上げるマガリだが、こいつは逆に俺が足を挟んでいる時容赦なく閉めようとしてくるだろう。
彼女の脚がもげようがもげまいが知ったことではない。
俺の聖域に入ろうとしてくる厄介者は、駆逐されてしかるべきである。
……と心から思っているのだが、彼女の今の立場は聖女である。
聖女の足を粉砕したとなれば、いくら聖剣持ちの俺でも罪を免れることはできないだろうから、仕方なく……本当に仕方なく力を緩めてやる。
そうすると、ギロリと俺を睨みつけながらマガリが口を開いた。
「さあ、行くわよ」
「はあ? どこに行くんだよ」
主語がなさすぎてさっぱりわからん。
俺が行く場所なんてないぞ。これから昼寝するところだったんだから。
すると、マガリは呆れたような表情を俺に向けてくる。
「王城よ。手紙で送ったでしょ?」
そう言われて、少し前の呪いの手紙を思い出す。
……あのカツアゲするような文で本当に行くとでも思っていたのか?
そもそも、目的地が王城の時点で行くはずがない。
マガリの策略もあるだろうし、面倒なことしかないだろうし。
「はっ、お前が寂しくて俺を呼び寄せるつもりか? 申し訳ないが、俺が付いていく理由はないな。お前は一人で猫かぶりをしながら苦しむんだよ」
「ダメよ。あなたは必ず来ないといけないわ」
俺がせせら笑いながら言うと、マガリは表情を変えずにさらに言ってくる。
はぁ、あほらし。話をするのも無駄だな。
どうして俺がマガリの命令に従わなければならんのだ。
こいつは聖女だが、俺も聖剣持ちということで、そんなヘコヘコしなければならないような関係ではない。
こいつの命令を断ることだって、余裕でできるはずなのである。
俺は物わかりの悪い馬鹿に教えてやるように、ゆっくりと大きな口調で言葉を紡ぐ。
「だぁかぁらぁ――――――」
「王城に来るよう命令したのは、国王だもの」
「――――――」
俺の言葉を遮り、ニヤリと笑ったマガリがとんでもない名前を出してくる。
国、王……?
マガリの命令を拒否することはできても、こ、国王は……。
というか、何で国王が俺を……。
『あ、硬直した』
魔剣の声が聞こえてこないほど、俺は意識を飛ばすのであった。
「……ていうか、前から気になってたんだけど、あんたって話せるの? 呪いの剣?」
『僕の声が聞こえるの!? しかも、アリスターと同じで呪いの剣扱い!?』




