第36話 あああああああ!!
シルクのせいで色々とあった日から、またそれなりに時間が経った。
それまで、俺は結局魔剣をヘルゲに引き取ってもらうことはできなかった。
何してんだ、税金泥棒。まあ、最高級宿でのんびりできたからいいけどさ。
いつか、都合の良い金持ちの女を見つけたあかつきには、こういった贅沢な生活をしようと目標を明確にできたね。
少し習慣となっていたが、真夜中にシルクと演劇の練習をする必要もなくなったので、俺はのんびりとできていた。
彼女は王都演劇団に入って、厳しい練習に励んでいることだろう。
風のうわさでは、最近人気急上昇中の女優が現れたとか。
その女優は、貴族などから色々と迫られることもあるらしいが、好きな人がいるとやらで断っているらしい。
へー、不思議だなー。
『現実見なよ……』
止めろ。最近、貴族を名乗る不審者が俺の所に来て金を差し出して「彼女から手を引いてくれ」とか言ったり疎ましい敵を見るような目で見てきたり敵意を向けてきたりはたまた厳つい男たちを派遣してきて襲い掛からせたりということがあったが、俺は関係ないんだ。シルクなんて関係ないんだ。
俺はそう自分に言い聞かせながら首を横に振り……。
そ、そうだ。ついに、ついにだ。俺はヘルゲに呼び出されていた。
それは、王城。俺みたいな寒村の人間が決して踏み入れることができないはずの場所である。
いちいち俺を呼び寄せるとは何事かとは思うが、ついに魔剣を引き取ってくれる時が来たのである。
だとしたら、面倒だが来てやる甲斐はあるというものだ。
ふはははははは! お前の横暴に付き合わされるのも、これで最後だ、魔剣!
また封印されて数百年ぼっちで眠ってろ!
『いやいや、困るよ! 僕の適正者は君しかいないんだから!』
知るかぁっ! 俺はお前に操られて人助けなんてこれ以上したくねえんだよ!!
王城でも相変わらず言い合いをしていると……。
「ほう。お前が今代の聖剣の……」
「久しぶりね、アリスター」
仲良くつれ立って現れたのは、俺ほどではないがそこそこイケメンの男と憎き怨敵マガリであった。
この男は、この王国の王子であるエリア……というらしい。知らんけど。
しかし、そんな地位の高い男と一緒に行動するのか……。
いやー、羨ましいっす、マガリさん。ぶふふっ。
『笑うなよ……』
マガリが望んでエリアといるというわけではないことが分かってしまうため、余計に面白い。
俺の感情を察したのだろう、マガリの眉がピクピクと動く。
「初めまして、殿下。マガリも、殿下によくしてもらっているようでなによりだ」
エリアに頭を下げつつ、ニッコリと笑いながらマガリに声をかける。
俺の内心を知っている彼女は、額に青筋を浮かばせていた。
あー、楽しい! 今日はなんて良い日なんだ。
この魔剣を手放すことができ、マガリの嫌そうな顔を拝むことができた。
もう死ぬまでこいつらに会う必要はなくなったな。
「お前は、聖女と付き合いが長いそうだな」
「ええ、まあ」
望んでいないけどな。
「ふむ……」
エリアは俺の顔を覗き込み、ジロジロと不躾な視線を向けてくる。
何見てんだ、ああん? 親にちゃんとしつけされてこなかったのかよ。
内心そんなことを思いながら笑みを浮かべていると、エリアはふっと俺を馬鹿にしたように笑った。
「ふっ。マガリが熱心に聖剣の担い手にふさわしいと推してくるから、どれほどの人物かと思ったが……凡夫のようだな」
マガリの野郎、俺を逃がさないように魔剣を押し付けてくるつもりだったな。
彼女に対する怒りは当然沸いてくるが、それよりも……。
…………魔剣くん、『邪悪なる斬撃』を王子にぶち込んでやろう。
『だ、ダメだよ! 沸点低すぎだろ、君! 相手王子だよ!?』
王子だからって俺を見下していいわけないだろ。
俺は唯一無二の存在なんだぞ。たかが、一国の王子ごときが調子に乗りやがって……。
『自己評価高すぎ!!』
「お前に伝説の聖剣はふさわしくないだろう。おそらく、父上もそう考えているはずだ」
おっ……? これはチャンス……?
「そう、ですね。確かに、俺にはこの禍々しい剣を背負いきることはできないでしょう。望まれるのであれば、手を離させていただきます」
俺は悲しげな笑みを浮かべながら、そう答えた。
「…………ッ!?」
王子、あんたの後ろでマガリが聖女がしてはいけないような顔をしているぞ。
ふっ、根回しが十分ではなかったみたいだな。
いや、マガリは精一杯俺に聖剣を押し付けようと話をしていたのだろう。
だが、こいつは人の気持ちというものをうまく理解できていなかったことだな。
この王子、性悪女に惹かれている様子。
その意中の相手が熱心に他の男のことを離していたら、そりゃあこういった反応になるわな。
聖女は人の心がわからない。
「ふんっ、身の程は弁えているようだな。安心しろ、聖女のことは任せておけ。何だったら、優良な貴族の令嬢を紹介して生活も保障してやる」
神かな?
『さっきまで殺してやろうとしていたのに、切り替え速い!!』
上から目線のいけ好かない王子が、今はキラキラと輝いて見える。
え、最高じゃん。この人が国王になったら、この国もよりよくなるよね。
『媚びすぎぃっ!!』
「殿下、呼ばれていますよ」
エリアに対して「はい喜んでぇっ!!」と元気よく答えるつもりだったのだが、マガリが冷や汗を浮かび上がらせた笑顔で割り込んできた。
じゃ、邪魔をするな! 俺はエデンに行くんだ……!
「そうか。ではな、聖剣使い。それに、聖女よ」
どこか機嫌良さそうに歩いて行ったエリア。
あぁっ、待って! 俺にその貴族の令嬢紹介して! その後は用済みだから適当にマガリを娶って苦しめて!
そんなことを言えるはずもなく、俺は泣きそうになりながら彼の背中を見送るのであった。
こ、この野郎……! 邪魔しやがって……!!
……しかし、いい皮肉を言えそうな光景だったな。
俺はニマニマと笑いながら、マガリに笑いかける。
「王子に惚れられるとか、流石だな。もうお前無理じゃん」
絶対逃げられないぞ、こいつ。
「あなたも凄いわ。最近人気急上昇中の女優に好かれて。あなたも無理ね」
涼しい顔して言い返してくるマガリ。
ふっ、馬鹿め。
「王子と一女優とじゃあ全然重みが違うんだよなぁ。俺はどうとでもできるが、お前は相手の方が明らかに地位が高いからな。もうダメなんだよ、お前」
「…………ッ!! そ、そんなことないわ! 諦めなければ、必ず……!!」
熱血主人公みたいなことを言っているが、お前のキャラにあっていないぞ。
「この魔剣も引き取ってもらえそうだし、本当にこれで最後だな」
「っ!!」
俺は振り返ると、ニッコリとマガリに笑みを向けた。
「――――――じゃあな、マガリ。聖女、頑張ってくれよな☆」
「うっがああああああああああああああああ!! 絶対に逃がさねえからな! 絶対に引きずり込んでやる……!!」
鬼のような形相を向けてくるマガリ。
こ、怖いよ……。
「アリスター、待たせたな。陛下がお待ち……聖女様?」
「あ、ヘルゲさん。どうかされましたか?」
血の涙を流さんばかりの凄まじい表情をしていたが、マガリはニッコリと邪気のない笑みをやってきたヘルゲに向けていた。
こんな裏表がある人間にはなりたくないよね。
『君が言うのか……』
「い、いえ、何かおかしなことが見聞きしたような……気のせいでした」
気のせいじゃないよー。現実だよー。
ただ、それを言ってしまえばマガリは処刑されるかもしれないが聖女という大任からは外されるので、それは言わない。
短く苦しむのではなく、長く苦悩してほしいというささやかな願いである。
「じゃあ、行くぞ」
「はい」
俺はニッコリ笑って、ヘルゲについていく。
これで、俺は魔剣を取り上げられ、完全に解放されるのだ。
長かった……自由のありがたみを強く感じた苦痛の日々だった……。
「じゃっ、俺は一足先に失礼しまーす。頑張ってね♡」
「やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ」
ブツブツと小さく呪詛のように呟くマガリ。だから怖ぇよ。
だが、何を言ったって彼女にはもはやどうすることもできない。
指をくわえて、気楽で優雅な生活に向かう俺を見ていることしかできないのである。
ふっ……長年悩まされてきた憎き敵であったが、最後はやはり正義が勝つのである。
俺は高らかに笑いながら、ヘルゲの後を追うのであった。
◆
「その聖剣をお主に任せる。それは王国の伝説の剣であるがゆえ、お主にはこの王都に滞在し、この王国のために尽くしてもらおう」
「…………は?」
偉そうに不敬にも俺より高い位置でふんぞり返っている国王が、俺を見下ろしてわけのわからないことを言ってきた。
……え? ちょっと何言っているかわからないんですけど……。
魔剣を取り上げるんじゃ? 俺を故郷に帰してくれるんじゃ?
「え、と……」
「何をおっしゃっているのですか、父上!!」
言葉が出てこない俺の代わりに国王に食って掛かったのは、エリアであった。
マガリも彼の近くでポカンとしていた。
つまり、これは彼女も想定していなかったということである。
「この聖剣は王国にとって重要なもので、まさに国宝とも言っていい代物です! それを、わけのわからない農民風情に渡すなど……!!」
おう。お前がご執心のマガリもわけのわからない農民風情だぞ。
『この状況でも自分を馬鹿にする発言には敏感なんだね……』
呆れたような魔剣の声を無視して、俺も国王の返答を待つ。
「ふぅ……その国宝とも言える武器が、今までどうして放置されておったと思う? それは、使い手がおらんからじゃ。それゆえに、聖剣の居場所すら突き止めることができなかった」
「そ、それは……!」
俺が適当に走っていたら見つけられたのに、まったく見つけられないとかこいつら王都演劇団並に節穴なの?
『適合者がいないと封印されたようになるし、見つけられないようにもなるんだよ』
面倒くせえな、お前。
「それに、その禍々しい色と雰囲気……おそらく、封印されて長い間経って、聖剣自体も変質してしまったのじゃろう。それを操れるのは、今代の適正者であるこの者しかおらんのじゃ」
『国王にも禍々しいって言われた!?』
そりゃそうだろ。お前、めっちゃ黒々としているし。
というか、この変色のせいで俺しか扱うことができないとか思われてる!?
「い、いやー、その……俺以外でも大丈夫じゃないかなーって……」
「ふっ、何を言う。事実、これを受け取ろうとした騎士団長が倒れたんじゃぞ? お主が卓越した精神力を持っている証拠ではないか」
た、確かにこの謁見の場に出るまでに、厳つい鎧を着たおっさんが剣を預かろうとして俺もあっさりと差し出していたのだが、おっさんは何故か受け取ると同時にぶっ倒れていた。
あいつ、騎士団長だったのか……。騎士団長を倒すって、マジで魔剣じゃん……。
『聖剣の時は悪しき者が持とうとすればダメージを与えていたんだけど、騎士団長は間違いなく正義の心を持っていた……。正義の心を持つ者にダメージを与えるって……魔剣……?』
ようやく自覚したか、魔剣め。
……あれ? そんな魔剣を持てている俺ってヤバくね?
「ぐっ……!」
エリアが苦しげな表情を浮かべて引き下がる。
おい! どうしてそこで諦めるんだそこで! もっと踏みとどまって魔剣を取り上げるように進言しろよ!!
相手国王なんだぞ!? そんな奴に意見出せるのお前しかいねえだろうが!!
ほんっと役立たずだな! マガリとお似合いだ!!
「やってくれるな?」
国王からそんな言葉が飛び込んでくる。
嫌だ……こんな魔剣と一緒にいるのも嫌だし、誰かのために尽力するのも嫌だ……。
シルクみたいなことが続くのであれば、俺の身体が持たない。
実際、『アコンテラ』との戦闘の後、俺はダメージこそ負わなかったものの筋肉痛でしばらく苦しみまくったのだから。
普段は決してできない動きをしたのだから、当たり前かもしれないが……これからもあんなことが続くなんて、白目向いて失禁しそう。
「…………」
チラリとマガリを見れば、今まで見たことがないほど嬉しそうな素敵な笑顔を浮かべていた。死ね。
じっと視線が俺に集まっている。
国王だけではない。騎士たちも、貴族たちも、エリアでさえも……。
俺は……俺はあああああああああああ!!
「わかり、ました……!!」
「……うむ。申し訳ないが、しばらく頑張ってくれ」
俺が断腸の思いで頷いたことを、どうやら国王は苦しむことを考えて嫌々頷いたと思ったようだ。
そうじゃない……そうじゃないんだ……!
でも、こんな状況で断れるはずが……!
『まあ、その……これからよろしくねっ』
魔剣からもそんなふざけた声が聞こえてくる。
あ、あぁ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
俺は内心泣き叫ぶのであった。
頼むから……頼むから、シルクの時みたいな面倒なことは勘弁してください……!!




