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【書籍化・コミカライズ】偽・聖剣物語 ~幼なじみの聖女を売ったら道連れにされた~  作者: 溝上 良
第一章 勇者聖女誕生編

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第34話 技名変わった!?

 










「アリスター、その身体……」


 シルクは抱き寄せられているため、かなり近くでアリスターの身体を見ることができた。

 パッと見る限り、彼の身体に大きな傷はない。


 だが、服はボロボロになっているし、彼のものか他人のものかわからないが血も付着していた。


「ああ、大丈夫だ。気にしないで」


 ニッコリと優しい笑顔を向けてくれるアリスターだが、シルクからすれば大変な過程を経てここまで来てくれたということが分かる。

 申し訳なさを感じるが、それよりもどうしようもなく嬉しさを感じてしまう。


「マガリも、久しぶりだね」

「え、ええ、久しぶり」


 こっそり舞台から降りようとしていたマガリを、アリスターは笑顔で呼び止める。


「悪いけど、シルクのことをよろしく頼むよ」

「え、ええ」


 ニッコリと微笑みあう聖剣の勇者と今代の聖女。

 それは、劇団に入る夢を持つシルクですらも魅了する美しさがあった。


「(逃がすと思ったか! 俺を巻き込んだ時点で、お前も道連れだ!)」

「(ちっ! 相変わらず鬱陶しいやつね!)」


 まあ、内心はあれだったが。


「じゃあ、シルク」

「あ……」


 シルクが今まで見たこともないような黒々とした禍々しい剣を持ち、アルベルトの元へと向かおうとするアリスター。

 そんな彼に、シルクは何と声をかけていいかわからなかった。


 頑張れ? ありがとう? ごめんなさい?

 言葉に出せないもどかしさにシルクが悩んでいると、アリスターは振り返って優しく笑みを見せ……。


「君の夢を、守らせてくれ」

「――――――」


 その言葉は、シルクにとってどれほどの影響を与えただろうか。

 頬を赤らめ、まるでおとぎ話のヒーローを……エリアスを見るかのように背中を見る。


 この瞬間、彼女は本気で堕ちたのであった。


「待たせたな」

「ああ、待たされたぜ」


 アリスターを向き合うアルベルト。

 彼は、獰猛な笑みを浮かべていた。


「お前がここにいるってことは、俺の手下どもは……」

「安心しろ、殺してはいないさ。だが、後から応援に来られたら困るから、それができない程度には痛めつけさせてもらった」


 それを聞いて、アルベルトは怒りを覚えた。

 だが、それは仲間を倒したアリスターに向けてではなく、倒された仲間たちであった。


「ちっ! 役立たず共が……。まだ女どもを味わってないってのに、足止めもできねえのか。使えねえゴミどもだ」


 唾を吐き捨てるアルベルト。

 それに、魔剣は義憤を覚えてアリスターはどうでもいいことなので何とも思わなかった。


 勝手に仲間割れしてろとさえ思っていた。


「だが、流石エドウィージュを倒しただけのことはある。その力は本物のようだな。……どうだ? 今までのことは水に流し、お前が『アコンテラ』に加入するってのは?」


 倒された仲間たちをあっさりと切り捨て、アルベルトはアリスターを勧誘する。

 使えない駒よりも、エドウィージュを倒す力を持つ者を引き込んだ方が得だ。


 しかし、アリスターはあっさりと首を横に振る。


「いや、遠慮させてもらおう。俺とお前とでは、考え方が違うからな」


 嘘である。自己中心主義で自分のことばかり考えていることは共通している。

 それを表に出しているか出していないかの違いに過ぎない。


「そうか、残念だぜ。まあ、どちらにせよ『アコンテラ』の看板に泥を塗ってくれたことには、礼をしないといけないとは思っていたからな」


 そう言うと、アルベルトは上半身の服を脱ぎ捨て、その屈強な裸体を露わにする。

 そして、魔力を全身にみなぎらせると、彼の身体に異変が起こる。


「おぉぉぉぉぉ……!!」


 普通の肌の色をしていたアルベルトのそれが変色していく。

 それは、重厚さを印象づけるような、鋼の色に。


 そして、それは見た目だけではなかった。

 アルベルト自身の重量も増しているのか、彼の立つ舞台にひびが入る。


「ふぅ……どうだ? これが俺の魔法……メタル魔法だ。対象を鋼のように硬く、重くさせることができる」


 拳をぶつけ合わせれば、確かにガキン! という硬い音が鳴り響いた。

 内心アリスターは震えあがっていた。


 そもそもの肉体が屈強で力もありそうなのに、さらに鋼鉄のようになられたら……。


「くくっ。もしかして、そんなに重いんだったら動きも遅いと思っていないか?」


 普通はそうだろう。重量のあるものが、迅速に動くことはできない。

 だが……。


「ずぇりゃぁっ!!」


『アコンテラ』のギルドマスターであるアルベルトは、それを可能にしてしまう。

 エドウィージュほどとは言えないが、それでもかなりの速さ――――具体的には、聖剣に操られていない時のアリスターの数倍程度――――で襲い掛かる。


 振りかぶられた拳に、聖剣が割り込んで……。


「ぐっ……!!」


 ガコン!! と硬く高い音が鳴った。

 聖剣とメタル魔法で強化されたアルベルトの拳がぶつかり合ったのである。


 アリスターの身体には、多大な負荷が襲い掛かり……。


「つっ……!」


 ふわりと後ろに飛んだ。

 いや、飛ばざるを得なかったのである。


 力では、アルベルトがアリスターを圧倒していた。当たり前だが。


「ただ硬いだけだったら、『アコンテラ』のギルドマスターになんてなれてねえさ」


 不敵に笑うアルベルトに、聖剣は納得する。

 確かに、それだったらあの目にもとまらぬ速さで動くエドウィージュよりも強いということはありえないだろう。


「(うぎぎぎぎぎぎ……! 何でシルクのためにこんな化け物と戦わないといけねえんだよ……!!)」

『まだ言うか君は……』


 相変わらずのアリスターに、聖剣はため息をつく。

 それでも、表ではキリッとしてアルベルトを睨みつけているので、その演技力だけは評価できた。


『ほら、シルクも凄い目で君を見ているよ』


 まるで、恋する乙女のように。

 それこそ、彼女からすれば今のアリスターはラドミラを助けに来た物語の英雄エリアスに見えているのだろう。


 聖剣は、いずれ彼女の目を覚まさせてあげないといけないと心に決めるのであった。


「(魔剣! もうエドウィージュの時みたいに出し惜しみはするなよ! 必殺技で速攻だ!!)」

『まあ、それには異論ないよ』


 エドウィージュ戦では、自分が舐めプをして危険な目に合ったことを理解している聖剣。

 だからこそ、アリスターの意見に背くつもりは毛頭なかった。


『じゃあ、『聖なる斬撃(ホーリースラッシュ)』だね。白い正義の光が飛んで、敵を倒すよ』

「(よっしゃ! 早速行くぜ!!)」


 アリスターはチャキッと聖剣を構える。

 それを見て、アルベルトは……。


「おいおい、隙だらけじゃねえか。舐めてんのか?」


 額に青筋を浮かべて怒りを抱いていた。

 アリスターの構えは、少なくとも強者に向けるような構えではなかったからだ。


 自分に自信を持っており、力に誇りすら持っているアルベルトからすれば、それは侮辱以外のなにものでもなかった。

 しかし、アリスターはニヤリと笑う。


「舐めている? いいや、これが俺の本気さ」

「何を――――――」


 馬鹿なことを、と続けようとしたアルベルト。

 しかし、その口は強制的に閉ざされてしまう。


 それは、アリスターの持つ魔剣に、おぞましいとさえ感じてしまうほどの黒い魔力が渦巻いていたからである。


「――――――なんだ、それは」


 アルベルトの顔には、びっしりと汗が浮かび上がっていた。

 今まで余裕を見せており、事実アリスターをなぶり殺しにしてやろうと考えていた彼が、一瞬で大量の汗を流し始めたのである。


 それは、彼がなまじ力の持つ男だからこそ、そのような反応をしてしまったのだ。

 ブワッと一気に黒い魔力が舞台を……いや、劇場全体を走り抜ける。


 近くを魔力が通りぬけても、何もダメージはない。

 だが……。


「…………」


 無表情ながら顔を強張らせるシルク。

 そう、その黒い力の奔流は、人に恐怖を与えた。


 全てを飲み込まれて消し去られてしまうような、根源的な恐怖を。

 一般的な感性を持つ人間には、ゾクリと脚の先から震え上がるようなおぞましさと恐怖を与える黒い奔流。


「(あら、割と心地いいわね)」


 なお、例外も存在する模様。

 マガリが飛んでくる黒い奔流に手を伸ばしたりしている時、聖剣もまた混乱していた。


『いやなにこれ!?』

「(いや、何って……『聖なる斬撃(ホーリースラッシュ)』だろ? てか何このダサい技の名前。こんなの声に出したくないんだけど)」

『カッコいいじゃん!……じゃなくて! こんな黒いの初めて見たんだけど!? なにこれ!? 僕の力はこんな禍々しい雰囲気と色をしていなかったよ!? 『聖なる斬撃(ホーリースラッシュ)』だって、白くて浄化されるような神々しさがあったのに……!!』

「(いや、知らんし。これがお前の力だろ)」

『絶対におかしいよ! 君という不純物が混じったからこんな色に……!!』


 多少濁るのならまだしも、光すら吸い込んでしまいそうな漆黒なのだから、不純物が混じったという生易しい表現では済まないような気もするが……。


「な、なんなんだこれは……なんなんだ、テメエは!?」


 アルベルトは恐怖を顔に張り付けながらも、そう声を張り上げる。

 それは、恐怖を押し隠そうとして大声を出す、子供と何も変わらなかった。


 だが、その醜態を笑う者は誰もいない。

 内心で笑っているのは約2名ほどいたが。


 それほど、アリスターの持つ剣から溢れ出す黒い力の奔流は、見る者やここにいる者に言い知れぬ恐怖を与えていたからだ。

 アルベルトの言葉に、アリスターはふっと儚げな笑みを浮かべた。


 衣服がボロボロになっており、さらに彼の容姿が整っていることもあって、まさに非業の運命を背負わされたイケメンであった。


「俺は、何も特別な存在でもないさ。ただ、この呪われた剣を背負い、戦うことを宿命づけられた、大したことのない一人の男だ」

『聖剣である僕を呪われた剣扱い!? 無礼にもほどがあるよ!!』


 必死に抗議をする聖剣。

 しかし、見た目が黒くて禍々しい雰囲気を醸し出しており、溢れさせている力もまたおぞましい黒い力の奔流なので、聖剣には到底見えなかった。


 さらに、アリスターの言葉を裏付ける要因にしかなっていなかったため、アルベルトもシルクも納得してしまっていた。

 なお、マガリは胡散臭い目をアリスターに向けていた模様。


「シルクの夢を、これ以上邪魔させるわけにはいかない。ここでそのしがらみを全部なくすぞ!」


 シルクにしつこく恩着せがましいことを言うアリスター。

 それでも、彼女が陶酔したような目を向けてしまうのだから、彼の演技力は半端ではなかった。


 ゴウッと魔力の量と勢いが増し、これから攻撃されることが明らかになる。

 この場にいる者たちの髪をなびかせ、恐怖を与え、その聖剣の必殺技が繰り出される。


「行くぞ……!!」

「や、止め――――――!!」


 メタル魔法で身体を鋼鉄に変えても、なおアルベルトはその攻撃を喰らえばただでは済まないと本能で察していた。

 だからこそ、命乞いをするのだが、清廉潔白な勇者ならともかく自分さえ良ければ他人なんてどうなってもいいアリスターが気にするはずもなかった。


 その黒い魔力を渦巻かせる禍々しい剣を掲げ、そして技の名前を言って振り下ろすのだ。


「『邪悪なる斬撃(イヴィルスラッシュ)』!!」

『技名変わったあああああああああああああああああああ!?』


 聖剣の悲しき叫びと共に、黒の凄まじい斬撃がアルベルト目がけて突き進む。


「あ、あああああああああああああああああああああああああ!?」


 鋼の身体があっけなくひび割れ、大きすぎるダメージが彼に与えられる。

 屈強な男で、今まで余裕たっぷりの態度をとっていたグレーギルド『アコンテラ』のギルドマスターであるアルベルトは、血反吐を吐きながらその黒い奔流に身体を飲み込まれるのであった。











 ◆



【聖剣に選ばれし正義の勇者アリスターは、奴隷から解放されてなお苦しめられる少女を見捨てることはできなかった。自身に襲い掛かるグレーギルドの荒くれ者たちを退け、強大な力を持つギルドマスターと激しい戦闘を繰り広げ、ついに彼を打ち倒すことに成功した。こうして、少女は完全に過去のしがらみから解放されることになったのである。その後、少女は美しく成長し、王都演劇団の歴史に名を残す大女優となり、多くの人々から尊敬と魅了された目を向けられるのであった。その美しさや善性から、多くの男たちからの誘いがあった。それこそ、大貴族の愛人になるという話さえあったほどだ。奴隷だった身分からは不相応でありながらも成功と繁栄が約束された申し出。しかし、少女はそれを全て断ったとされる。それは、いかな理由があったかはもはやわからないのだが、筆者が推察するに、それはあまりにもわかりやすい純情が原因だったのではないだろうか? 王都演劇団の歴史に名を残す大女優ゆえに、その演劇内容については多く残されているが、プライベートな部分はほとんど残されていない。だからこそ、断定することはできないが、想像することは容易である。また、アリスターが彼女を助けることができたのは、聖女マガリがその身を賭して少女を庇った時間があったからであろう。聖剣の勇者と聖女……この二人は、このことだけにとどまらず、これからも多くの人々を救っていくのであった】


『聖剣伝説』第三章より抜粋。




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