第33話 きっも
俺は何とか劇場に侵入して、天井にある屋台骨の上にいた。
……てか怖ぇよ! 潜入とは言ったけどこんな高い所に行くつもりはなかったんだけど!?
しかし、この場所は全体を見渡すことができる。
眼下には舞台らしき大きな土台があり、そこにはシルクと睨み合う厳つい男の姿があった。
あれが、『アコンテラ』のギルドマスターか? いかにもヤバそうな奴だな。
街中で会ったら目を絶対に合わさないようにするタイプ。
……あんな奴とこれから戦うの? 超嫌なんですけど。
「……いいわよ? 私がその人の代わりになってもね」
そんなことを考えていると、シルクでも男の声でもない女の声が聞こえてきた。
……あれ? どっかで聞き覚えがあるような……。
ふと見下ろせば……。
『あれ? あの子、確か君の幼馴染の……』
不敵な笑みを浮かべながら舞台に立つ女。
しかし、俺の目は小さく震える足を見逃さなかったし、表情も強張っていることを確認していた。
そして、何よりもそいつは……。
ま、マガリさんじゃないっすかああああああああああああああああ!!!!
『うわっ、すっごい笑顔……』
魔剣があからさまに引いた声を漏らすが、俺はそんなこと気にしている余裕はなかった。
なぜなら、眼下にマガリの姿があり、明らかに本意でないのに厳つい男と向かい合っているからである。
見ろ、あの内心さっさと逃げ出したいのに逃げ出せないというジレンマを抱えている女の姿を!
すんごく嫌そうにしながらも、周りからの評価のために望まない行動をとっている姿を!
あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! こんなに愉快な気持ちになったのは久しぶりだぁっ!!
ここ最近は魔剣に身体を操られてストレスフルな状態が続いていたが、そんなことが一切気にならなくなるくらいの喜びに包まれる。
あぁ……今までの苦労は、このマガリが苦しんでいる姿を見るためにあったんだ……。
しかも、あいつはこれから聖女としてこの王都に縛り付けられて人助けなど微塵もしたくないであろうことをやらされる。
ざっまああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
『うわー……最低かよ……』
魔剣の罵倒も微塵も気にならない。
何とでも言え。俺はこの光景を目に焼き付ける。
これだけで、もう二度とあいつと会わなくてもいいな。
俺は適当に金持ちな女と結婚して楽に生き、マガリは聖女として人助けをして歴史に名を残す。
うん、いいじゃないか。お互いに頑張ろうな。
「…………っ!」
俺の視線を感じたのだろうか、マガリがハッと顔を上げる。
その視線の先には、当然俺が……。
俺は、ニッコリと笑顔を向けてやる。久しぶりっ☆
『すっごい嫌な笑顔。笑顔ってこんな人を嫌な気持ちにさせるんだね』
魔剣、ひどくない?
「…………」
何でお前がこんな所にいるんだというような目を向けてくるマガリ。
それは、こっちのセリフだけどな。王城で苦しい聖女教育を受けているんじゃなかったのか?
まあ、『アコンテラ』のギルドマスターと対峙して嫌そうな顔をしているからいいけどさ。
『あっ!』
魔剣の声に導かれて眼下を見下ろせば、シルクに男が近づいていた。
性犯罪の現場かな?
『早く行かないと!!』
いや、そうは言うがな。ここからどうやって行くんだよ。
この高さから飛び降りて、何も鍛えていない俺が無傷で済むはずがない。
時間がかかってしまうが、戻って地面に降りてから向かうしかないだろう。
『そんな時間はないよ! 早く行って!!』
いや、無理だって。
『行け!!』
うぎゃあああああああ! 頭があああああああああああああああああ!!
また頭痛を起こして俺を操ろうとする魔剣。
だが……。
『なっ!? ば、馬鹿な……! いつものアリスターなら、とっくに音を上げているはずの痛みを与えているというのに……!』
俺は動かなかった。
魔剣は驚愕の声を漏らす。
こ、こんな所から飛び降りてられるか! しかも、俺のためではなくシルクのためになんて……!
それに、下にはマガリもいる。あいつが苦しんでいるのに、どうして助けなければいけないのか。
絶対に断る! もっと苦しめ!
あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! 俺は屈しないぞ!!
『くっ……! 悪魔みたいな笑い方して……!!』
悔しそうな声音の魔剣。
初めて魔剣に勝てる! そのことに大喜びしそうになったが……。
「…………」
汗を垂らしながらこちらを見上げているマガリ。
おい、こっちばっか見てんじゃねえよ。ばれるだろ。
お前が見るべきは、シルクを追い詰めているその厳つい男だよ。
適当に股開いて宥めて持ち帰ってくれない? 怖いからさ。
俺がそう思っていると……。
「ふっ……」
マガリが……笑った……?
そのあくどい笑みは、俺の背筋を凍らせるには十分なもので……。
ハッとあることに気づく。
もし、俺とマガリの立場が逆の場合、俺はいったい何をするか?
ま、まさか……あいつ……!
ニヤリと笑うマガリは、俺の予想通りゆっくりと指を上げようとする。
それは、すなわち周りの人間に俺の居場所を教えようということで……。
マガリの指さす方向を見れば、イケメンが屋台骨にしがみついている姿……。
「それは格好悪い……!」
『そんな理由で飛ぶの!?』
俺は屋台骨から飛び降りる……が、ああああああああああああ!! やっぱ怖ええええええええええええええ!!
魔剣、頼むぞ!!
『はいはい』
もちろん、農作業すらサボっていた俺がこんな高さから飛び降りれば、タダで済むはずがない。
だからこそ、魔剣に任せるのである。
下では、ちょうどシルクが大男に迫られているという状況。
魔剣に操られた俺は見事に着地し、男の拳に襲われかけていたシルクを救出。
「お待たせしました……って言えばいいのか?」
そして、とりあえず格好つけておくのであった。
「(きっも)」
おい、マガリ。お前の思っていることは分かってんだぞ。




