第31話 オンステージ!
「…………?」
シルクは怪訝そうな顔をする。
それもそうだろう、彼女はこんな男に共演してもらうよう頼んだことはないし、そもそも顔見知りですらないからだ。
しかし、そんな反応を受けても、大男はその厳つい顔を嗜虐的に歪めて笑った。
「おいおい、俺とお前は関係あるんだぜ? って言っても、お前からすれば俺を知らないのも当然か」
太い腕を横に広げて、残念そうに首を横に振る。
大男は、そっとシルクの耳元に口を寄せて……。
「俺は、『アコンテラ』のギルドマスター、アルベルトってんだ」
「ッ!?」
その言葉で、シルクは全てを理解した。
依頼を失敗させられて泥を塗られたグレーギルド『アコンテラ』が、報復に来たのだと。
アルベルトは、聡明な彼女が気づいたことを悟り、ニヤリと笑った。
「ええと……お二人で入団テストを受けるということでよろしいですか?」
固まる二人に、試験官ののんきな声がかかる。
まさか、彼らがそんな切羽詰った状況になっているとは思わないだろう。
シルクの入団テストを手伝う助っ人がやって来たのかと考え、問いかける。
「ああ、そうだ。こいつはラドミラ役、俺がギャブリ役だな。ぴったりだろ?」
「…………」
アルベルトは、『エリアス物語』の主要人物に二人を例えた。
シルクのことを、主人公エリアスに助けられるヒロイン、ラドミラと称し。
自分のことを、エリアスと敵対してヒロインを襲う物語上最大の敵であるギャブリと称した。
「さぁてと、悪役らしく、お前を追いこんでやるとするか。なぁに、ボコボコに痛めつけたりしないさ。せっかくの上玉なんだから、ちゃんと可愛がってやるぜ」
ニヤニヤと笑いながらシルクへと一歩近づくアルベルト。
彼の巨漢さから言えば、華奢な女であるシルクからすると山が動いてきたようなものだった。
その威圧感は凄まじいものだったが、アリスターに助けられて夢の階段を上りつつある彼女は逃げなかった。
「……どうして私を狙うの?」
「ほう……」
その強い目に、アルベルトは感心する。
自分の厳つさと凶悪さをしっかりと理解しているのにもかかわらず、決して屈していないからだ。
それに、今のシルクの言葉は、『エリアス物語』のラドミラのセリフそのものであった。
こんな状況に陥っても、なおテストを続けようとするのである。
別に、むちゃくちゃに破壊してやってもよかったが、少し興の乗ったアルベルトは付き合ってやることにした。
「そりゃあ、お前を狙っていればあいつが……エリアスがここにやってくるからさ。お前を餌にして、あいつをおびき寄せるのさ。まあ、ここには来られないかもしれねえがな」
『エリアス物語』に沿ったセリフを言うアルベルト。
しかし、それがその物語だけのセリフでないことは明白であった。
アルベルトの言葉のエリアスとは、すなわちアリスターのことを指しているのだから。
「……どうして?」
それは、頭の回転の速いシルクももちろん気づいていた。
心配で豊満な胸の奥が不安に包まれながらも、強い目でアルベルトに問いかける。
その目を見て、彼は本当に楽しそうに笑って言った。
「そりゃあ、俺の手下たちにエリアスを襲われているからさ」
「……っ!?」
目を見開くシルク。
確かに、『エリアス物語』でもそのような展開はあった。
しかし、まさかアリスターにも……。
「おう、ようやく焦った表情を見せてくれたな。俺を前にしても毅然とした態度だったから、今の方が似合っているぜ、ラドミラ」
「……でも、あの人はあなたたちに負けない」
そうだ。自分を守るために戦ってくれたアリスターを見て、彼がこんな連中に負けるような弱い人ではないことは知っている。
多少焦りはしたが、しかし……。
だが、そんなシルクの希望を打ち砕くように、アルベルトは嘲笑った。
「ああ、確かに俺のとっておきの手下を倒した実力は侮れねえな。だがよ、戦いは所詮数さ。俺の手下が何人エリアスを襲いに行ったと思う?」
「アリスター……!」
切羽詰った表情を見せるシルク。
思わず舞台から飛び降りそうになるが、その前にアルベルトの巨体が立ちはだかる。
「おいおい、ラドミラ。こっちに集中しろよ。お前にエリアスを心配する余裕なんてないはずだぜ? あいつが来るまで、お前で俺は楽しむんだからなぁ!」
男の中でも巨大で力のあるアルベルトと、一般的な華奢な女と変わらない体型のシルク。
そんな彼に弄ばれたら、タダで済むはずがない。
しかし、アリスターを危険にさらされて頭に血が上っているシルクは、そんなアルベルトにも強い目を向ける。
「……クズ」
「くくっ、言うじゃねえか。嫌いじゃないぜ」
思わず目を逸らしてしまいたくなるような強い眼光だが、アルベルトは笑ってそれを受け流した。
その二人の会話に、試験官たちは感心していた。
まさか、本当に起きていることや間柄が険悪だとは思っておらず、全て演技だと思っているからだ。
節穴であった。
しかし、試験官たちは気づかずとも、この二人の異様な空気を察知した者がこの劇場内にいた。
「(……あれはガチね)」
それは、もちろんマガリである。
自身の安全のこととなれば、危険察知能力はかなりのものである。
「(さて、もうここにいる理由はなくなったわね。さっさと逃げないと)」
いそいそと立ち上がろうとするマガリ。
彼女にシルクを助けようとする気はまったくなかった。
アリスターと同じように自分のことしか考えていないクズだし、そもそも面識のまったくない人を助けるつもりなんて微塵もなかった。
あと、アルベルトが怖そうだったし。
というわけで、こっそりと劇場を抜け出そうとするマガリであったが……。
「ラドミラ、その強さに免じてお前並に上玉な女を差し出せば、お前を解放してやるぜ? そうだな……たとえば、そこの黒髪の女とかな」
「(こっちに矛先が向いた!?)」
チラリとアルベルトの鋭い視線がマガリを捕らえ、彼女は内心悲鳴を上げた。
「(し、知らんぷりでいけるかしら……?)」
それでもなお逃げようとするが、今背を向けてしまうと本当に周りにも逃げられたと思われてしまうため、油断なくアルベルトを見据えるという外面を維持していた。
「あの人は関係ない。これは、私とあなたの問題」
優しいシルクは、当然マガリを庇う。
しかし、それはマガリにとって有難迷惑であった。
「(うぐぅっ、庇われてしまった……! しかも、試験官の注目が私にも……! これ、絶対に普通の入団テストじゃないし、もし逃げて聖女だということがばれれば……)」
聖女にふさわしくない者だとばれてしまえば――――処刑。
その二文字が脳裏をよぎった時には、すでにマガリの姿は舞台にあった。
「……いいわよ? 私がその人の代わりになってもね」
「ほう?」
不敵な笑みを向けてくるマガリに、眉を上げるアルベルト。
マガリ、オンステージ!




