第3話 輝く笑顔
「……まだ私たちにマガリ様をお渡ししないか?」
「い、いえ! 意図的にしているのではありません! ちゃんと探しているのですが、どういうわけが見つからずに……」
ヘルゲは村長の必死の釈明を見て、鼻で笑う。
また、わざとらしい嘘だ。
こんな小さな村なのに、一人の少女が見つからないはずがないではないか。
どこにいようとも、人の目というものがあるはずだ。
それなのに、誰も申告してこないということは、村ぐるみでマガリを隠そうとしているからに違いない。
「貴様ら、分かっているだろうな? 聖女様は、この国にとって重要なお方なのだ。それを隠し立てするということは、国に仇為すということ……容赦はせんぞ」
「ひっ、ひぃ……っ」
怯える村長を見て、ヘルゲは少し反省する。
守るべき国民を怖がらせるなど、騎士がしていいことではない。
神託の聖女であるマガリを安全に王都まで護送しなければならないという重大な任務を任されているためか、気が昂ぶってしまっているようだ。
失敗の許されない自身の命よりも大切なこの任務は、何としてでも成功させなければならなかった。
しかし、その肝心のマガリが見つからないというのであれば、前提が覆されてしまう。
「我々も暇ではないのだ。急ぎ、マガリ様を見つけてくれ」
「は、はい!」
ヘルゲの言葉に、村人たちが一丸となって探し始める。
しかし、それでもマガリの姿は見つけられなかった。
ヘルゲのイライラがさらに増し、再び怒鳴りつけてしまいそうになったときであった。
「おぉっ、マガリ、アリスター!!」
村長が顔を輝かせて一つの方向を見る。
マガリという名前にヘルゲの顔は跳ねあがり、その方向を見る。
「おぉ……!」
思わず、感嘆の声を漏らしてしまった。
マガリという女性は、とても美しかった。
頭に布でできたような帽子をかぶっているが、濡れガラスのような美しい紫がかった黒髪はその魅力を失っていない。
端整に整った大人しそうな顔つきは、普段男たちを魅了しているのだろうが、今はどことなく切なそうな顔をしているため、また男たちの心を引き付けた。
「あなたが……マガリ様……」
「……私が敬称をつけられるべき人かどうかは置いておくとして、マガリは私です」
ヘルゲの言葉に、苦笑しながら答えるマガリ。
その声音も美しく、思わずため息を吐いてしまうのだったが……彼の目には、彼女と仲睦まじそうに手をつなぐ男が入っていた。
「君は……」
「俺は……ただの、幼馴染です」
ヘルゲの質問に、男……アリスターは儚げな笑みを浮かべ、そう答えるのであった。
◆
「(うひゃははははははははははははっ!! もう逃げられねえぞぉっ、マガリぃっ!!)」
「(いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 離してぇぇぇぇぇぇぇぇっ! 離せぇぇぇぇぇぇぇっ!!)」
俺はマガリとアイコンタクトで会話していた。
あはははははっ! 逃がすわけがなかろう!
俺がいつ本性をばらされるかの不安な日常を脱却し、安寧の日々をこれからも続けるため、マガリには生贄になってもらおう。
決して逃がしはしない……!
俺はそういった意思を込めて、強く強く彼女の手を握りしめるのであった。
絶対に逃がさねぇ……っ!!
マガリも必死にほどこうと、グネグネと手をひねってくるが、俺はさらに握力を強める。
「マガリ、どこに行っていたんだ? 俺たちが探しても、どこにもいなかったのに……」
「マガリはどうやら聖女という話が聞こえていたようです。それで、その重要性に耐えかねて表に出ることができずにいるところを、たまたま俺が見つけて……説得したんです。君なら、国のために尽くすことができる、と」
「そうだったのか……」
「(…………ッ!? っ!! ッ!?)」
心配そうに尋ねてくるヴィムのおっさんに、話せないであろうマガリの代わりに俺が話してやる。
俺の説明に納得したのか、おっさんは神妙そうに頷いた。
斜め後ろでマガリが激しく狼狽しているような気配がするが、気にしない。
「そうか。聖女様をお連れしてくださったこと、礼を言うぞ。えっと……」
「俺はアリスターです」
「そうか、アリスター。ありがとう」
ヘルゲとかいう騎士が頭を下げてくる。
上の立場の人間から頭を下げられるって気持ちいいな。自尊心が満たされる。
まあ、俺も良いことをしたんだから、これくらいはしてもらってもいいだろう。
「マガリ様」
ヘルゲが跪いてマガリを見る。
いつまでたっても前に進もうとしないので、こっそりと背中を突き飛ばしてやる。
「…………ッ!!」
殺意に満ちた目を向けられるのが、こんなに気持ちいいことだなんて……。
マガリが追い詰められているシーンだけで、ご飯何杯もいけそうです。
……いや、そんな蓄え、この村にはないけど。
「マガリ様……いえ、聖女様。ようやく今代の聖女様を見つけることができました。どうか、これから我が国のため、そのお役目を全うしていただきたい」
「え、えーと……あのぉ……」
村人などに決して頭を下げないような地位の騎士が、跪いて頭を下げる。
高笑いでもしたくなるが、それを受けているマガリは冷や汗ダラダラだ。
ニッコリと微笑んでいるが、俺は騙されない。
あいつ、めっちゃ追い込まれている。
「そ、その……私は何の知識も品性もない村人です。そんな女が、聖女という偉大なものになると言っても、不相応ですわ。私では、その役目を全うできないでしょうし、皆さまも納得しないでしょう」
で・す・わ。
俺は腹を抱えて笑い転げそうになってしまった。
何がですわ、だよ! エセ貴族かよ! ぷーくすくす!
「いえ、ご心配には及びません。知識や品性などは、これから身に着けていただければそれでよいのです。それに、聖女だからといって特別なことをする必要はありません。ただ、そこにあらせられ、そして時折街を歩いて国民を励ましていただくだけです。それに、納得しないなんてことはありえません。あなたは、聖女様なのです。聖女様を認めない者など、この国には存在しません!」
マガリの全力の悪あがきも、ヘルゲは全て問題ないと返してしまった。
残念、マガリさん。ガクガクと膝にきていますねぇ……。
「それに、聖女様にふさわしくない者などが選ばれるはずがありません。仮にそのような人ならば、偽物としか言いようがありません。新たな聖女様のために偽物は処断しますが……」
「ひぇ……っ」
チャキッと剣を揺らしたヘルゲを見て、頬を引きつらせるマガリ。
「ですが、マガリ様を見て確信しました。あなたは、聖女様にふさわしき人だと。村長や村人からの評判も良い……これは、まさに神が我らに聖女様を遣わせたお人だと思います!」
「そ、そうですか……」
いやー。マガリさん、羨ましいなー。
初対面の人に、これだけ評価されているんだもんなぁ。
いやはや、羨ましい羨ましい。
しかし、聖女にふさわしくなかったら、処刑、か……。
つまり、マガリは王都に行っても好き勝手することはできず、息苦しい猫かぶりを続けなければならないということだ。
いや、命もかかっているのだから、むしろ王都に行ってからの方が気は抜けないだろう。
いやー、羨ましいなー。
「くっ……!」
マガリの顔は、少し困ったように歪んでいる。
……が、実際はのた打ち回りたいほど苦悩しているに違いない。
あの頭の中で、必死に脳を動かしているのだろう。
ずる賢いマガリなら、何かを思いついても良さそうなものだが……。
「もしかして、この村のことを心配されていらっしゃるのですか? なんとお優しい……」
「え、えぇっ、そうなのです! 国や民のために身を捧げることに、ためらいはありません。私は、これからようやく村に恩返しができると思っておりました。それが、どうにも心残りで……」
ヘルゲが何だかトチ狂ったことを言いだす。
村を心配? マガリがするわけないだろ。俺と一緒に丘の上から鼻で嘲笑っているような奴だぞ?
しかし、天から降りてきた蜘蛛の糸だと、それに縋り付く彼女は演劇の演者のように見事な嘘泣きをして見せる。
ちくしょう……ばらしたい……!
国や民のために身を捧げるのにためらいはない?
嘘つけ、何が何でも回避しようとするだろ、その状況。
一瞬の希望を見出したマガリであったが……。
「ご安心ください。この村には、国が手厚い保護や援助を与えますとも。聖女様を生んだ村なのです。それくらい、当然させていただきますとも」
「あっ、そうですか」
残念、マガリの希望は打ち砕かれた。
こうして、マガリの王都行きが決定したのである。
今の俺の笑顔、輝いている。