第28話 外面は完璧
「何で夜なんだよ……」
俺はブツブツと言いながら夜の王都を歩いていた。
プリーモが捕縛されたことによって奴隷という身分から解放されたシルクも、もうこそこそと隠れるように演劇の練習をする必要もない。
そういうことで、夜中に彼女に嫌々付き合うことがなく、夜はフカフカで安全なベッドの中で惰眠をむさぼることができていたのだが……。
シルクに誘われた入団テストとやらが、まさかの夜だったのである。昼にやれ。
『昼間はお客さんを受け入れているから無理なんじゃないかな?』
そっちの都合なんて知るか。
俺がどう思うかが重要なんだよ。
『まあ、大丈夫だよ。夜でも治安の良い場所と悪い場所があるし、ここは少なくとも悪い場所じゃないと思うよ』
なんかフラグみたいで怖い。止めろ。
というか、別に行かなくてもいいと思うんですけど……と考えたら頭にピリピリとした感覚がやってきたので考えを止める。
クソ……! この魔剣、だんだんと俺の扱いが雑になってやがる……!
まあ、王都演劇団の入団テストがあるからかわからないが、普段の夜よりは断然人通りが多かった。
こんなに多ければ、いくら犯罪をするというグレーギルドなる組織でも派手に動くことはできないだろう。
こんな所で暴れれば、それこそ騎士団がすっ飛んできてしまう。
グレーギルドとやらも、まさか国家権力で喧嘩して勝てるほど強いわけではないだろう。
馬鹿でもない限りそんなことはしないだろうし、組織というのは馬鹿だけで成り立つわけではない。
俺みたいに頭脳明晰でイケメンがいるとは考えにくいが……まあ、馬鹿なりにまともな奴はいるだろう。
そんなことを考えて何とか自分を納得させていると、女の耳ざわりな金切り声が聞こえてきた。
「きゃぁぁぁぁっ!! ひったくりぃっ!!」
声の方を見れば、何やら持ち物を盗まれた女が手を伸ばしており、その先には男が走っていた。
そして、俺はスッと目を逸らした。
そっすか。残念でしたね。
さて、無視無視。ああいうのは関わらないのが吉である。
ひったくった奴も悪いが、自分の持ち物をちゃんと見てなかったあいつも悪い。残念だったね。
まあ、俺がされたら絶対にそいつ許さんが。
さっさと王都演劇団の劇場に向かおうとすると……。
『助けに行こう! 困ってる人がいるよ!!』
……ちっ、マジでウザい。
なんで面識もない人を助けないといけないんですかねぇ……。
恩を売っていて得がありそうだったらまだしも、ただのババアを助けても得られるものなんて何もない。無視一択である。
何も、全財産を持ち歩いているわけでもないだろうし、教育費ということで……。
『行こう!!』
うぎゃああああああああ!? 俺が嫌がったらとりあえず頭痛起こすの止めろ!!!!
この脅迫の仕方をされたら、本当にほとんど言うことを聞いてしまう。
なんというか……頭痛って耐え難いものがある。
まあ、どの痛みも俺にとっては耐え難いんだけどさ。
「待て!!」
そう言ってひったくり犯を追いかけはじめる。
内心は全然捕まえたくないんだけどさ。
もう魔剣が納得するくらいまでさっさと逃げてくれないかね?
しかし、ひったくり犯は何とも絶妙に距離感を保ちながら逃げ続けるので、俺も追いかけ続ける必要がある。
使えねえな、クソが。
「あ……」
うわ、路地裏に逃げ込んだじゃん。
ああいう場所って薄汚いし落伍者たちがいっぱいいるから行きたくないんだよな。一緒にされたら困るし。
……やっぱり、引き返したらダメ?
『ダメ』
魔剣に尋ねたら即答だった。
はぁ……これ、あのひったくり犯を捕まえたらちゃんと謝礼出してもらえるんだろうな?
タダ働きだったらあの女も許さんぞ。
そう思いながら、薄汚い路地裏を走る。
王都演劇団の入団テストがあるから人通りは多かったのだが、流石にこんな所には人はまったく寄り付いていなかった。
……おかしいな。嫌な予感がする。
その予感に答えるように、路地裏から開けた場所に出た。
そこには、先ほど俺からせこせこと逃げていた男が、何とも不敵な笑みを浮かべて待ち構えていた。
……あれ? 何であいつ仁王立ちして俺に向かい合ってんの?
「……罪を償う気になったか? さあ、盗んだものを返して、あの女性に謝罪をしろ。そうすれば、俺もお前を騎士に突き出さなくて済む」
そう優しく諭す。
まあ、嘘だけど。返すもの返してもらったらこっそり騎士に通報するつもりだ。
『えぇっ!? 立ち止まったから反省していると思うし、何もそこまで……』
魔剣が戸惑いの声を漏らすが……甘いんだよ、魔剣は。
こういうやつは痛い目を見ないとまた繰り返す。一度捕まって臭い飯でも食った方がいいんだよ。
というか、俺に手間をかけさせておいて何もなしで済むわけないだろ。苦しめ。
そう思っていると、その男は肩を震わせて笑った。
……笑った?
「くっ、くくくっ……罪を償う気になった、だぁ? 何言ってんだ、お前」
え?
『え?』
凶暴な笑みを浮かべる男に、俺と魔剣が困惑の声を漏らす。
すると、彼の言葉に誘われるように、どこぞからぞろぞろと乱暴そうな男や女たちが現れた。
その中には、ひったくりをされたと大騒ぎしていた女の姿もあった。
…………え?
「グレーギルドの俺たちが、そんな殊勝な考え持つわけねえだろうが、バーカ」
俺をあざ笑う男と女たちに、囲まれていた。
…………魔剣くん。君がした行いの結果だよ、これが。
俺に何か言うべきことがあるんじゃないかな? うん?
『ご、ごめん……』
謝って済んだら騎士はいらねえんだよ!!
『えぇっ!?』
何驚いてんだ! ふっざけんなよマジで!
誘い込まれてんじゃねえかよぉっ!!
「エドウィージュを倒したってことは驚いたが……どうせ、何か卑怯な手を使ったんだろ。あいつとまともにやり合って勝てるなんて、ギルドマスター以外に考えられねえからな」
汚らしい短剣を抜きながら、ひったくり犯は笑う。
あ、やっぱりあの気持ち悪い女って相当強かったんだな。
よかった。『あいつはギルドの中でも最弱』とか言われていたら失神&失禁をしていた自信がある。
『情けな』
「まっ、とにかくだ。俺たち『アコンテラ』の看板に泥を塗ったことに、ギルドマスターはお怒りのようだ。それをしたお前とシルクとかいう女を、徹底的に痛めつけて殺せというお達しだ。シルクとかいう女は見た目も良いらしいから、わざわざギルドマスターが行ったがな」
そう言ってひったくり犯……もとい『アコンテラ』のメンバーである男は笑うのであった。
くそっ……シルクはどうなってもいいが、俺のことだけが心配だ……!
「俺たちも後で愉しませてくれるのかな?」
「無理じゃね? 大体マスターは壊しちまうし」
嗜虐的な笑みを浮かべながら会話をする『アコンテラ』のメンバーたち。
こいつらのギルドマスターがヤバいことが分かった。シルクは放っておこう。
「そういうわけで、だ。ここで死ねや、ヒーロー気取りのイケメンくん」
嫌々魔剣に操られている非業の美青年だ、ブサイクグレーギルド。
そんなことを思いながらも、俺の精神は限界に近づいていた。
それもそうだろう。楽に生きて危険なことには一切近づかないと決めていた俺が、ここ短期間どうだ?
自分のためでもないのに、自身の命が危険にさらされ続けている。
そして、それも自分の意思ではなく、魔剣に乗っ取られて……。
『シルクにも危険が……! これは、すぐにこいつらを片付けて彼女の元に行かないと! さあ、やろう! アリスター!!』
…………もうやだ。
『え?』
唖然とする魔剣。だが、俺も限界である。
もうやだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!
『が、ガチ泣き!?』
『アコンテラ』の荒くれ者たちに囲まれながら、俺は内心で大泣きするのであった。
なお、外面は相変わらず完璧を維持し、油断なく周りを見据えていたりする。




