第27話 嫌ですけど……
「あああああああああああああああああああああ!!!!」
最高級宿の一室で、これまた故郷では村長の家にすらないようなフカフカの高級ベッドに顔を埋めながら、俺は絶叫していた。
それは、もちろん後悔である。人間がベッドに顔を埋めて絶叫する時、何か恥ずかしかったりどうしようもなかったりした過去のことを思いだしていることがほとんどなのだから。
しかし、じゃあ俺が恥ずかしいことをしでかしたのかと言われれば、そうではない。
というか、そんなことはありえない。人目があるような場所で、この俺の鉄壁の演技が崩れることはないのだから。
では、何が原因? それはもちろん……。
『ああ……良いことを為した後は気持ちがいいね』
のんきに馬鹿なことを言ってやがるクソ魔剣のせいである。
地面に叩き付けてやろうとしたら頭痛を起こそうとしてきたので優しく置いた。
というか、何のんきなこと言ってんだこいつぅっ!!
「お前何他人事みたいに言ってんだ! あのなぁ……エドウィージュとかいう気持ち悪い女を倒してしまったから、もしかしたらグレーギルドに目をつけられてしまったかもしれねえんだぞ!?」
そう。俺は先日、非常に遺憾ながら『アコンテラ』なるグレーギルドに所属する気持ち悪い女を倒し、貴族であるプリーモをぶんなぐり、シルクを助け出したのである。
俺がやりたいわけでもなく、俺がしたわけでもなく、全部この魔剣によってなされたことである。
声を高らかに真実を叫びたいのだが、傍から見れば俺が魔剣に操られている非業のイケメンだとは誰も気づくことはないだろう。
たちが悪すぎる……。
『まあ、間違いなく目をつけられただろうね。君は彼らグレーギルドの依頼を挫いたわけだし、信用というものが大事になってくるギルドが泥を塗られるようなことをされたら、そりゃあ怒るし狙うよ』
こ、こいつ……何他人事みたいに……!!
エドウィージュみたいなやつらがゴロゴロいるようなギルドに目をつけられるとか、最悪じゃないか……!
これが、自分の安全を確保するためであったり自分のためであったりするならば、まだ納得できる。
だが、俺の意思ではなく、シルクという他人のために、そんなヤバい奴らを敵に回し命を狙われるのである。嫌すぎる……!
どうして俺がこんなことを……。
『まあ、グレーギルドなんて悪い組織は多少痛い目にあった方がいいからね。ちょうどいいよ』
こいつ、本当に聖剣か? 聖剣とは思えないようなこと言ってるんだけど。
よくない! 俺は一般のイケメンだぞ!? 色々とノウハウを持ってそうなグレーギルドからなんて、逃げ切れる自信ないわ……。
故郷に逃げ帰るというのも一つの手だが、そこさえも見つけ出されて追い詰められたら、本当に詰みだ。
それなら、まだ騎士や冒険者などに頼りやすい王都にいた方がマシだ。
『でも、シルクを解放できてよかったよ。これで、彼女も自由だね』
やりきった達成感を含んだ声音で言う魔剣。
確かに、あの後悪行の証拠と共に頬を腫れ上がらせたプリーモをヘルゲに突き出した。
いくら貴族とはいえど、あれほど明確な証拠があっては免れることはできないようだ。
というか、俺の処遇はまだなの? ヘルゲに聞いたら、今は聖女……マガリのことで忙しいとか……。
まあ、あいつが苦しんでいるんだったらそれもいいけどさぁ……早くこの魔剣を引き取ってくれない?
……なんとかしてマガリが焦燥している姿が見られないだろうか?
あぁ……最後の最後に嘲笑ってやって、そしてそれから一生会わない。完璧だ。
そして、違法に奴隷に貶められて所有されていたシルクも、当然解放されたわけだが……。
……こいつ、何も考えていなかったのか?
自由って……身寄りもいないのにどうするんだよ……。
『あ……』
あんまり興味ないからちゃんと聞いていなかったが、確かシルクは両親を殺されて家も取り潰されたんだろ?
じゃあ、自由になったのはいいけど、その後どうするんだ?
はぁ……助けた後のことを一切考えず、助けるという行為で自己満足に陥るとか一番しちゃいけないことだわ。
やっぱ魔剣ってクソだわ。
『そ、それは……君が彼女を養う、とか……?』
ふざけんな。むしろ、俺は自分を養ってくれる女を探してるんだっつの。
まだ目星すらつけられていないのに、シルクを養うことなんてできるわけないだろ。
それも、寒村の農民風情が。
魔剣の馬鹿な考えにイライラしていると……。
『アリスター様。お客様が来られていますが、お通ししますか?』
扉の向こう側から、宿の使用人が声をかけてきた。
客? いえ、結構です。
約束も何もないので、誰かと会うなんてことは絶対にしない。厄介ごとしかないだろうしな。
『とりあえず、誰が来たか聞いてみなよ』
うーん……まあ、それくらいだったらいいか。
「えっと……名前は言っていましたか?」
俺がそう聞けば、やはりできる最高級宿の使用人はすぐに答えてくれて……。
『はい、シルク様というお名前で……』
お帰り願って、どうぞ。
◆
「……アリスター」
「やあ、シルク」
魔剣が部屋に入れると言ってきかないので、嫌々シルクを部屋に招き入れる。
部屋に入ってくると、トテトテと近づいてくる。何だか距離が近くないか?
「……改めてお礼を言いにきた。あなたのおかげで、私は自由になれた。本当にありがとう、アリスター」
「いや、気にしないでくれ。俺がやりたいことをやっただけだからさ」
『どの口が言うんだ。というか、シルクがこれからどうするのか聞いてくれないかい? 君の言葉で不安になって……』
頭を下げるシルクに、俺は笑みを返す。
魔剣の言葉は聞こえない。
「シルクはこれからどうするんだ? 家を復興するのか?」
是非そうしてほしい。
そして、上流階級の女を紹介してほしい。
ちょろくて俺に甘いイケメン好きな女をよろしく。落とす自信がある。
「……やっぱり、それは難しい。一度潰した家を復興させるのは、何か大きな功績を上げないと……」
しかし、残念ながらシルクは否定する。
はー……こいつの使い道、ないじゃん。
大きな功績……わかりやすいのは戦功だろうか?
まあ、今この国はどこかと戦争をしているわけでもないし、シルクがそこに参戦しても何もできずに死ぬことは目に見えているな。
ということは、もうシルクの家が復興することはないということか……。
『いやいや。他にもいろいろと貢献する方法はあるでしょ。文化的な面での貢献とかさぁ』
「……だから、夢である劇団に入ることを目指そうと思う」
魔剣の言葉に根拠をつけるように、シルクは無表情でそう報告してくれた。
なるほど、演劇も文化の一つだし、確かにないとは言い切れない。
へー。だが、俺の興味は微塵もなかった。
まあ、無理だろ。文化的な貢献を認められて貴族に復活できるのって、どれほど長い時間がかかるの?
そんなに待ってられねえよ。
「……明日に王都演劇団の入団テストがある」
そう……。
嬉しそうに報告してくるシルクだが、本当に興味ない。
彼女が使えないのであれば、何か別の方法で都合の良い金持ち女を探さなければ……。
「王都演劇団の入団テストを受けるのは、小さなころから入団を目標にして努力を続けてきた裕福な子女が多い。でも、私も夢だから……頑張ってみる」
そっすか。
というか、そんな名門の場所目指さなくても小さいところ受ければいいのに。
正直、奴隷として過ごしてきた時間の長いシルクじゃあ受かるわけないじゃん。
「アリスターが守ってくれた夢だから。だから、大切にして、頑張る」
ほーん。
まあ、頑張ればいいんじゃない? 俺は関係ないし。
『興味持てよ!!』
無茶言うな。俺だって、都合の良い女を見つけてよろしくしないといけないんだから、余裕がないんだよ。
邪魔はするつもりなんて微塵もないんだから、別にいいだろ。
「テストでする劇も、もう教えられた。『エリアス物語』」
シルクがまるで親に自分のことを知ってもらおうと必死に話す子供のように、俺に伝えてくる。
だから、別に俺は関係ないからお好きに……。
その『エリアス物語』って話も、俺知らないし。
『結構昔からある有名な童話みたいなものだよ。よくある王道の話だね。ピンチに陥るヒロインを、ヒーローが助ける話。僕が封印される前から有名だったよ。演劇にもなってるんだね』
聞いても興味ないな。
本の虫だったマガリだったら、知っていたかもしれないな。
しかし、あいつは今どういう生活を送っているのだろうか。苦しんでいてくれると嬉しいなって。
「そうか。頑張ってくれ。俺も応援だけだが、させてもらうよ」
話を切り上げようと、俺は笑顔でそうシルクに伝える。
さあ、出て行け。もうシルクの演劇練習に付き合う必要もないので、俺はヘルゲが魔剣を引き取ってくれるまでこの最高級宿で自堕落に過ごすって決めてんだ。
ああ、一応お金持ちの女を探すこともしておこうかな?
王都ということもあって、夜はともかく昼間はそれほど治安も悪くないだろうし。
「……そのことなんだけど……」
すると、シルクは頬を赤らめて恥ずかしそうにもじもじとしている。
……なんだ。嫌な予感はしないが、面倒そうな予感がする。
聞かなかったふりってありかな?
「これ、受け取ってくれる……?」
「これは……?」
シルクがおずおずと差し出してきたものを叩き落とすわけにもいかず、嫌々手に取ってみる。
それは、何やら文字が書かれた紙であった。
農民だから教育は受けていないのだが、マガリに煽られたのが腹立たしかったので文字を読むことはできる。
まあ、俺に教育なんて必要ないんだけどな。生まれながらにして完璧だし。
「……入団テストを見ることができる券。本当は保護者を招待するものだけど、私はいないから」
重ぉい!
無表情で言うシルクに、俺は何も言えない。
そんなに見に来てほしいものなのか? 落とされた時恥ずかしくなるし、別にいいんじゃね?
「よかったらでいいんだけど……見に来てくれる……?」
おずおずと俺の顔を見上げて尋ねてくるシルク。
嫌ですけど……。
そう答えようとした瞬間、凄まじい頭痛が俺を襲う!
『シルクが精いっぱい勇気を振り絞って誘ってきたんだぞ! それも、君以外に見に来てくれる人がいないんだぞ! 彼女の夢への第一歩なんだぞ!? 見に行くに決まっているだろ!!』
うぎゃあああああああああああああ!! わ、わかりましたぁっ!!
魔剣の暴力を伴った恫喝に、俺は屈するしかなかった。
なんて不幸なイケメンなんだ……。神という存在がいるんだったら、金持ちで甘やかしてくれる女と縁を結んでくれ……。
「もちろんだ。シルクの演技、楽しみにしてる」
「……うん」
俺が頭痛による冷や汗を大量に浮かび上がらせながら笑みを浮かべて了承すれば、うっすらと嬉しそうに破顔するシルク。別に見たくなかったけど。
こうして、俺は不本意にも彼女の演劇を見る羽目になったのであった。
まあ、今回はエドウィージュみたいな化け物と戦えというようなものでもないので、それほど拒絶反応が出るものではなかったが……それでも、面倒くさいけど。
『まあ、シルクに頼れる人ができたらさっさと離れるけどね。君みたいなのは、シルクみたいな良い子にはふさわしくないから』
殺すぞ。




