第25話 何してくれとんねん!!
「ふぅ……」
地面に倒れ伏すエドウィージュを見て、俺は格好よく魔剣を納め、息を吐いた。
そう、外見は常にクールでなければならない。俺はイケメンだからな。
でも、内心は……ああああああああああああああああああああああああ!! 怖かったああああああああああああああああああ!!
ふざけやがってぇっ! 何で俺があんな化け物女と戦わないといけないんだよ!!
自分のためでもなく、他人のためなんかに!
『でもさ、人のために何かをするって気持ちいいでしょ?』
どこか得意げな声音で話してくる諸悪の根源。
そんなわけあるかあああっ!! 俺をそんな気狂いと一緒にしてんじゃねえぞ!!
『えぇ……』
それはこっちのセリフだ!
大体、そういう人のための行為はもっとこう……穏やかなものだろ!? 迷子さがしとか、落とし物探しとかさぁ!
誰がグレーギルドなるヤバい組織の女と戦うんだよバーカ!
俺、今まで殴り合いの喧嘩すらしたことないんだぞ!? 荒事専門でしかも強い奴と何で戦わないといけないんだ……。
『へー。じゃあ、日常では君が引くことも多いんだ』
いや、別に殴り倒すことだけが勝つんじゃないだろ。
外面完璧な俺と敵対するということは、村の連中のほとんどを敵に回すということだからな。
俺がやらなくても、誰かにやらせればそれでスッキリする。
『えぇ……』
「アリスター! 大丈夫……!?」
シルクが焦った様子で俺を見上げてくる。
常時無表情だったこいつがこんなに感情表現するのは驚いた。
そもそも、こいつがプリーモに絡まれていたのが原因だよな。本当ふざけんなよ。
「シルク。君の方こそ大丈夫か?」
でも、そのことを言えない。だって、何のために戦ったんだって話になるし。
「私は大丈夫。……でも、アリスターに迷惑をかけちゃった」
本当だよ。
申し訳なさそうにするんだったら、金輪際俺を巻き込むなよ。
「いいさ。君の夢を、こんな所で終わらせるわけにはいかないからな」
『どの口が言うんだ、どの口が』
俺がそう言えば、シルクは頬を赤らめて目を逸らす。
おう、感謝しろよ。この恩、いつか絶対に返せよ。
シルクは劇団で演劇を披露することが夢だ。
そこで、彼女を大活躍させて、演劇を見に行くことができるほど裕福な貴族の女を紹介してもらい、俺を囲ってもらって……なんて完璧で緻密な作戦なんだ……。
「さて、と。次はお前だな、プリーモ」
そのために、邪魔なのはこの髭デブ野郎である。
あのクソ女に怖い目に合わされたこともあるし、こいつで憂さ晴らししてやろう。
この髭デブオヤジはまったく強そうじゃないし、俺に危険はないだろう。
よし、魔剣。ズタズタにしてやれ。
俺は怯えながら後ずさりするプリーモに、魔剣を向けた。
『ダメだよ。悪人は生きて罪を償わせないと』
しかし、肝心の魔剣からはこんな返答。
はー、つっかえねえな、こいつ。
そう思っていたが、ふとあることを思い立った。
俺の目に映るのは、地面に倒れるぼさぼさ髪のエドウィージュである。
……そう言えば、ちゃんとあの女殺した?
『え? ううん。だから、生きて罪を償ってもらわないと……』
何言ってんだ! 今以上に執着されたらどうするつもりだ!? 今のうちに殺すんだよぉっ!!
俺は足を動かしてあの女の元に行こうとするが……。
『ダメだってば! そんなことしたらあいつらと一緒になっちゃうよ!?』
魔剣が俺の身体を制止する。
大丈夫だ。俺が苦渋の末に殺した的な演技をすれば、悲劇のヒーローになれるから。
『最低だ!!』
魔剣とギャアギャアと内心罵り合っていたのだが、ふと視界の端の方でプリーモが逃げ出そうとしていたので、彼の方を向く。
「おい、どこに行こうとしている」
「うっ……!」
デブめ、お前ほど鈍い動きなら俺でも見ることができるんだよ。
「な、何だ!? 私がどこに行こうが勝手だろう! 平民風情が、貴族を呼び止めるな!!」
唾を撒き散らしながら怒鳴るプリーモ。
はっ、バカバカしい豚め。ここに俺とデブ、シルクしかいない以上、平民も貴族もあるか。
地位ってものは、ある程度の人数がいないと成り立たないんだよバーカ。
それに、こいつの陰湿さを考えると、このまま逃がせばいずれ俺に刃を向けてくることだって十分に考えられる。
未来の脅威は、早めに摘み取っておくに限る。
『ちょっと待って! まずは、シルクのことだから!』
俺のことよりも、他人のことだと……?
…………分かった。
『随分と間があったような……』
ここで邪魔をされたらかなわない。
それに、シルクのために魔剣にはいろいろと動かされていたし、それを使わないで徒労に終わるのも嫌だしな。
「そうかもしれない。だが、その前にシルクを解放してもらおうか。彼女には、立派な夢があるんだから」
「アリスター……」
シルクには、お金持ちの都合の良い女を紹介してもらわなければいけないんだ。
さっさと解放して劇団に入らせろ。
「ば、馬鹿なことを言うな!! シルクを奴隷として所有しているのは、私の正当な権利だぞ!? それを覆すことを、平民如きの貴様にできるはずがないだろうが!!」
確かに。
絶叫するプリーモの言葉にも一理ある。
『それを言ってくることを見越して、証拠を探していたんでしょ』
お前が強制的に探させたんだけどな。
しかし、魔剣の言う通りである。
「正当な権利、か……。それは、正当な過程を経て初めて言える言葉だな」
ふっと俺が笑みをこぼしながら言えば、あからさまに狼狽するプリーモ。
「な、何を……」
「ほれ」
俺は彼の前に書類をばらまいてやる。
受け取れ。俺が嫌々かき集めてきた証拠をな。
「こ、これは……?」
「あんたが不当なことをしてシルクを奴隷として所有している証拠だよ。シルクの両親を謀殺したこと、無理やり家を取りつぶしたこと、そして……何の落ち度もないシルクを奴隷に追い落としたこと。その証拠だ」
「な、なななななな……っ!?」
ガクガクと身体を震わせながら同じ単語を繰り返すプリーモ。ビビりすぎだろ。
まあ、怯えるのも仕方ないかもしれない。
なぜなら、いくらプリーモが貴族だからといって、人を謀殺したことは間違いなく罪になるからだ。
被害者が平民なら揉み消すことができたかもしれないが、彼が殺したのはシルクの両親……貴族である。
貴族が大小はあれど同じ立場の貴族を殺せば、間違いなく罪になる。
「嘘……どうやって……」
「シルクのためだからな、ちょっと頑張ったんだ」
ありえないものを見るように見上げてくる彼女に、俺は微笑んだ。
だから、都合の良い女紹介してくれよな。
「うぐぐぐぐぐぐ……っ!!」
プリーモは反論することができず、そのぜい肉を震わせながら怒る。
超笑えるわ、こいつの真っ赤な顔。
あはははははっ! 本当に豚みたいだな、こいつ!
『うっわー……最低だー……』
内心で何を思っていたってばれないんだからいいんだよ。外面は良くするし。
「罪を償え、プリーモ。そこに散らばっている証拠を潰したところで、控えはちゃんと残しているぞ」
「あ、あああああああああああっ!!」
急に発狂してビリビリと書類を破り捨てるプリーモ。
先ほども言ったが、それは本物の証拠ではないから無意味だ。
「わ、私を誰だと思っている!? プリーモ・サラーティ……貴族だぞ!! 平民如きが、調子にのりおってぇ……!!」
憤怒の目を向けてくるプリーモ。
あはははははっ! すげえ笑えるわ! 顔真っ赤にしてこんなことしか言えないのかよ!
俺が魔剣を持っていなかったら、自分よりはるかに地位が上のこいつにこんな不様なことさせることはできなかっただろうな。それだけは感謝してやる。
ほれほれー。魔剣がある限り、俺がこの髭デブに負けることはないんだよー。
どうしたどうした? お? 何かやってみろよ。お?
「私には、『アコンテラ』が付いているんだぞ!!」
その言葉に、俺の内心での調子乗りは一瞬で静まり返った。
…………あ、そうだった。
エドウィージュを倒してうっかりしていたが、まだグレーギルドそのものがあいつに付いていることを忘れていた。
あの女みたいな化け物はそうそういないとは思うのだが……そう言えば、エドウィージュは自分より強いギルドマスターがいるとか言ってたっけ?
…………ふー。
俺は一つ深呼吸をした。
仕方ない。シルクを奴隷から解放するのは諦めようか。
『さっきまでの威勢の良さはどこに!?』
あー、残念だわー。でも、仕方ないよね。奴隷って制度として確立しているし、プリーモさんは何も悪くないし。
『さっき盛大に嘲笑っていたよね!? 急に敬称付け出してもダメだよ!!』
「ははははははっ! どうした!? 『アコンテラ』の名前がそんなに怖いか!?」
うん。
大笑いするプリーモに内心頷く。
「アリスター、ありがとう。私を助けてくれて」
さて、どうやって逃げようかと考えていると、シルクがまたお礼を言ってきた。
気にするな。ところで、貴族時代にチョロそうなお友達っていなかった?
イケメンが好きな子とか。
「でも、ここまででいい。グレーギルドを敵に回したらダメ」
うん。
真剣な目で言ってくるシルクに、内心頷く。その通りだ。
「私も、あなたを見て戦う意思を持つことの大切さを学んだ。ここからは、私が頑張るから」
うん。
晴れやかでいて、どこか儚げな笑みを浮かべるシルクに内心頷く。頑張れ。
『うんじゃないが』
「ふははははははははっ!! どうした!? 先ほどまでの威勢はどこにいった!? 貴様、このままタダで済むと思うなよ! 絶対に屈辱的な死を与えてやる!!」
ひぇぇ……何かブチ切れてる。いったいどうして……?
『どうしてもこうしてもないけど……ちょっとムカつくね』
は? おい、ちょっと……?
魔剣の言葉に不安を覚えると同時、俺の身体が勝手に動き出す。
その向かう先には、プリーモの姿が。
……お、おい、冗談だろ?
か、考え直せぇっ! そんなことをしたら……俺が想像している通りのことをすれば、俺の命がぁっ!!
「え……」
「な、なん――――――」
シルクとプリーモの唖然とした言動が目に留まる。
安心しろ、俺も唖然としてるから。
必死に身体を止めようとするが、俺の身体をむしばむ魔剣の呪いによって腕が振り上げられ……。
「ぶひぎゃぁっ!?」
たっぷりと肥えたプリーモの頬に、俺の拳がめり込んだのであった。
魔剣の呪いによってブーストされた力で、彼の巨体はぶっ飛んで行った。
普段の俺の力じゃ絶対にできないことだ。
涙や鼻血を撒き散らしながら、シルクを支配していた性悪貴族は地面に突っ伏したのであった。
『ふう、スッキリした』
な、ななななななななななな何してくれとんねん!!
◆
【勇者の善性が明らかになっている事例はいくつもあるが、様々な伝承の中でも最初に出てくることが多いのが、奴隷の少女シルクを救ったことだろう。両親を殺され、何の罪もないのに奴隷に追い落とされ、自分の夢すら追うことができなくなった少女。誰が見ても同情するような境遇だが、しかし実際に助ける行動に出られる者は少ない。なぜなら、貴族と対立すれば、それは自身の命が危ぶまれるからである。家族やそれと同等くらいに大切な友以外に、自分の危険を顧みずに助けられる者がどれほどいるだろうか? 聖剣の担い手アリスターは、それを為すことができる人格者であった。この善性こそが、聖剣に適合者として認められる要因だったのだろう。悪辣な貴族プリーモを倒し、彼の罪を白日の下にさらす。その後、勇者アリスターはグレーギルド『アコンテラ』との戦いに赴く。ひとえに、奴隷の少女シルクを助けたいがために。勇者は、聖女マガリと共に『アコンテラ』との戦いに臨むのであった】
『聖剣伝説』第二章より抜粋。




