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【書籍化・コミカライズ】偽・聖剣物語 ~幼なじみの聖女を売ったら道連れにされた~  作者: 溝上 良
第一章 勇者聖女誕生編

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第23話 やったぜ

 










「へー、やるじゃない。私の初撃を躱すなんて……どこかで戦闘の手管を教わった?」


 目を丸くして驚くエドウィージュは、アリスターから距離を取って薄い笑みを浮かべながら聞く。

 しかし、それは油断や余裕からくる笑顔ではなく、警戒しつつ相手のことを探ろうとするようなものであった。


 彼女は、初撃を躱されるといいう経験がほとんどなかった。

 見た目はひょろ長いいかにもとろそうな女なので、事前情報なしにいきなり彼女のスピードを見せられたら、対応することができずに切り裂かれるというパターンが多い。


 今回は殺すつもりはなく、両手足を封じようとして行った攻撃であったが……それでも、防がれたことには驚愕した。

 それは、偶然ではなくちゃんと視認したからこそできることだからだ。


 なお、実際はアリスターはまったく視認できておらず、聖剣がいなければあっさりと腕を斬りおとされていたのだが。


「いいや。俺はただの農民さ」

「農民風情に防がれるような一撃ではなかったと思うんだけどぉ……」


 ドヤ顔を披露するアリスター。お前の力じゃないぞ。

 しかし、エドウィージュはまさか彼が聖剣に操られているとも知らないので、彼自身の純粋な実力だと勘違いする。


 そして、その実力が自分にとって脅威と言えるほどのものとも。


「それにぃ……その剣」


 チラリとエドウィージュの視線が、アリスターの持つ聖剣にいく。

 技量もさることながら、何よりも彼女の目を惹きつけるのはその禍々しい黒さを持つ剣であった。


「その禍々しさ、普通の剣じゃないわよね?」


 確かめるように尋ねてくるエドウィージュに、アリスターも隠し事をすることなく素直に頷いて認めた。


「ああ、魔剣だ」

『聖剣だよ!!』


 平然とした顔で聖剣を魔剣と称し、けなす。

 相変わらず内心は勇者どころか人としてもできていなかった。


「ま、魔剣だと!?」


 驚きの声を上げたのは、プリーモである。

 魔剣……それは、持ち主に多大な力を与える異質の剣のことである。


 しかし、大抵は持ち主にその力に見合うだけの代償を求める。

 ゆえに、使用者はそれ相応の覚悟をしなければならないのだが……。


 プリーモはその魔剣に欲を持った。

 強大な力を持つことができる魔剣があれば、今まで以上に好き勝手ができるだろうからだ。


 使用すれば代償があるのだが……彼には自分自身がその力を振るう考えなんて微塵もなかった。

 領民を適当に徴収して、そいつに魔剣を持たせて言うことをきかせればいい。


 そうすれば、自分の手を汚さずともその力を手に入れることができるのだから。


「魔剣かぁ。そんな凄いもの、農民なんかが手に入れられるはずがないし、やっぱりあんたは普通の人間じゃないわよぉ。魔剣の使い手ということなら、私の攻撃が防がれたのも納得できるわ」


 魔剣を持てば強大な力を振るうことができるし、自分の初撃を防いだことも理解できる。

 出自が農民であろうとも、逆に言えば魔剣の類のものを持ちさえすれば、荒事になれたグレーギルドの人間をも相手にすることができるということである。


「手を引いてくれるのなら、今のうちだぞ。シルクに手を出さないでくれるのであれば、俺が戦う意味もないからな」


 聖剣をエドウィージュに向けながら格好いいことを言うアリスター。


「(どっか行って!)」


 内心はビビりまくっていた。恐ろしいほど情けなかった。


「ダメよ。雇い主さんはあんたを殺したいみたいだし、それに……」


 エドウィージュは簡潔にアリスターの提案を拒絶する。

 彼女はボサボサの髪からぎらつく瞳を覗かせた。


「あんたのこと、気に入っちゃったからぁっ! 絶対に持ち帰るわ!!」

「(やっべ。何も見えねえわ)」


 大きな声での宣言と共に、再びエドウィージュの姿が掻き消える。

 魔法やスキルで消えたというわけではない。ド素人のアリスターの目からは消えたように見えるほどの速さで動いているというだけである。


 まあ、その動きを補助する魔法やスキルを使っているかもしれないが、大本は彼女自身の身体能力である。

 農作業すらサボっていたアリスターとは比べ物にならない。


『大丈夫。任せてって言ったでしょ』

「(魔剣!!)」

『聖剣ね』


 頼もしい聖剣の言葉に、アリスターは顔を輝かせる。

 なお、『お前がこんな所に連れてこなかったら気持ち悪い女と戦わなくてすんでいたんだよ』という理由から感謝は微塵もしていない模様。


『確かに、この子の動く速度は大したものだよ。多くの人を、認識される前に殺すことができるだろう。だけど……』


 アリスターの聖剣を持つ腕が独りでに跳ね上がる。


「きゃっ……!?」


 その直後、エドウィージュの小さな悲鳴と金属音が鳴り響く。

 いつの間にかアリスターの背後に現れて振るわれていた短剣を、またもや弾いてみせたのだ。


『相手が悪かったね。僕は君以上の強者と、何度も戦ったことがあるんだよ』

「(お前の生きていた時代って化け物しかいないの?)」


 エドウィージュよりも強い存在を知らないアリスターは、聖剣の独白に戦慄していた。

 そんな存在、知りたくもないが。


「き、きき……きひひひひひっ! 凄い、凄いわぁっ! こんな強い人、私たちのギルドマスター以外で初めて!」


 エドウィージュは今までの攻撃を全て防がれながらも、怯えることなく凄惨な笑みを浮かべていた。

 長いボサボサの髪を振り乱しながら笑う彼女に、アリスターは頬を引きつらせていた。


 それに、彼には聞き捨てならない言葉を聞いてしまった。


「(こいつのいるギルドにこいつ並の化け物もいるのか!? 嫌あああああああああああ!!)」

『婦女子みたいな悲鳴あげないでよ』


 下手をすれば、この化け物女の後にそのギルドとも戦わなければならない可能性があるのである。

 エドウィージュの動きすら見えないのに、そんな彼女をして強いと言わしめるほどの存在がいるということに、アリスターは悲鳴を上げていた。


「私も出し惜しみなんてしている場合じゃないわね。本気で行くわよ」


 不敵に笑いながら言うエドウィージュに、アリスターは冷や汗を大量に流し始める。


「(おい、あんな嫌なこと言っているぞ! 今のうちに殺してしまえ!)」

『君ってやつは……』


 やられる前にやる。なお、自分の力ではない模様。


「これが、私の全力のスピード。だから……」


 エドウィージュはまるで地面を這うように、さらに身を低くした。

 それは、最初に見せていた時よりも、さらに低く……。


 彼女の全身に淡い光が灯る。

 それは、何かしらの魔法かスキルを使ったのは明白で……。


「――――――死なないでね?」


 ギィン!!


 エドウィージュが不敵に微笑んで言った途端、また金属音が鳴り響く。

 彼女の攻撃を、聖剣が防いだのだ。


『速いねー。スピードがさらに増した……。これは、大したものだよ。ねえ、アリスター?』


 これには、聖剣も少し驚いている様子。

 同意を求めるようにアリスターに声をかけるが……。


「(ふん! あの気持ち悪い女の手加減したスピードすら認識できなかったんだぞ? 本気の動きも当然見えないし、両方見えないから凄さもさっぱりわからん)」

『胸を張って言うことじゃないと思うんだけどなぁ……』


 視認できていたからこそ、先ほどよりも速くなったという感想を抱くことができる聖剣。

 一方、アリスターは本気を出していなかったエドウィージュの動きすら見えていなかったのだから、速くなったもクソもなかった。


 両方、目の前から消えているのだから一緒である。

 とはいえ、先ほどまでは攻撃を防がれた直後など、ちょくちょくエドウィージュの姿を見ることができていたのに、今は一切姿が見えない。


 今も高速で動き回っているのだろう。これはマズイ。


『だけど……』


 しかし、それはアリスターだけなら、という前提がある。

 身体を動かすのはアリスターだが、実際に戦うのは聖剣だ。


 そして……。


『僕の敵じゃないね』


 聖剣は腕を振るった。

 そこには、驚いて目を丸くしているエドウィージュの姿が……。


「(やったぜ!)」


 アリスターは勝利を確信して笑みを浮かべる。

 だが、その笑顔は次の瞬間凍りついた。


「――――――残念」


 エドウィージュの姿を切り捨てた……はずなのに、その感触が微塵も伝わってこなかったのである。

 それは、すなわち彼女の残像。いくら切り捨てたところで、彼女本体には何のダメージもない。


 そして、エドウィージュの本体は、凄惨な笑みを浮かべてアリスターの背後にあった。


「私、もっと早く動くことができるのよ」


 次の瞬間、彼めがけて短剣が振り下ろされたのであった。




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