第21話 おしまいだぁ……
「……またね」
そう言って背を向けて走って行くシルクを見送る。
「(これが、シルクを見た最後であった)」
『ちょっと! 不穏なストーリーを作らないでよ!』
そんなストーリー通りだったらなぁ……俺ももうこんなつまらん演劇に付き合う必要なんてなくなるのになぁ……。
「それじゃあ、イスコさん。俺もここで……」
「ええ。ありがとうございました、アリスターくん」
さて、もうこんな場所にいる必要なんてない。
子供は嫌いではないのだが……付き合うのはしんどい。
まあ、もう夜も遅いし寝ているだろうが。
イスコは俺にもちゃんと謝礼を渡すと言ってくれたし……うん、なかなか常識のある男じゃないか。感心した。
さてと、安全な最高級宿でのんびりとさせてもらうとしようか。
俺は軽く欠伸をしながら歩いていると……。
『ちょっと待った! 君のせいでシルクのことが心配になってきたよ! ちゃんと送ろうよ!』
魔剣がおかしなことを脳内で叫び出した。
はあ? 何を言っているんだ、この魔剣は。
俺はやれやれと首を横に振る。
あのさぁ、シルクは奴隷だぞ?
自由がないんだから、プリーモとかいう性悪貴族から気づかれないように外に出ているに決まっているだろ。
今までうまくごまかしていたのを、俺が送って行ったら感づかれて台無しになってしまうかもしれないんだぞ。それでもいいのか?
『うぐ……!』
言葉を詰まらせる魔剣。
まあ、こんな頻繁に外出していて気づいていないのもおかしな話だが。
気付いていて見過ごしているんだったら、何を考えているかわからなくて気持ち悪いし。
気付いていないのであれば、ただの愚か者である。
『そう、だね……』
どうやら、俺はようやくこの馬鹿を納得させることができたようだ。
はぁ、やれやれだ。だが、久々に都合よく物事が進んだので、余計なことを考えてしまった。
シルクの話を聞く限り、あいつの主であるプリーモはクズ野郎である。
そのことを考えると、やはり気づいていてあえて見逃しているという説の方が強い気がする。
たとえば、シルクに役者になれるという夢や希望をちらつかせておいて、絶望に叩き落とす、みたいなことを考えているのかもしれない。
落差があった方が、人ってダメージ大きいからなー。
『…………』
まあ、俺には関係のない話だ。
プリーモがそう考えていようがいまいが、シルクがどうなろうが、知ったことではない。どうぞ、お好きになさってください。
はぁ……ヘルゲのやつ、さっさとこの魔剣を回収してくれないかな。
そうしたら、寒村に帰ることができるのに……。
そんなことを考えながら宿に向かって歩こうとすると……足が止まった。
もちろん、俺の意思ではない。呪いの魔剣の力である。
……おい? 何俺の脚止めてんだよ。
『今のアリスターの話を聞いて、絶対にシルクを見送ることに決めたんだ!!』
魔剣がのたまいやがった言葉に、俺はギョッとする。
こいつ、何も聞いていなかったのか!? 俺は面倒くさいから行きたくない……じゃなかった。
だから言ってるだろ! 俺が行ったら目立つって……!
『だったら、彼女の帰る場所のギリギリまで送ればいいだろ! ほら、行け!!』
うごおおおおおおおお!! 勝手に身体を動かすなテメエエエエエエエエエエエ!!
必死の抵抗虚しく、俺はあまりにもぎこちない挙動でシルクの後を追いかけるのであった。
◆
「随分と楽しそうではないか、シルクよ」
「な、なんでここに……」
うわっ……よりにもよって今日かよ……。
俺は壁に隠れながらも、状況を把握して深いため息を吐いた。
追いついたと思ったら、シルクが気持ち悪い男女と向かい合っていた。
魔剣も唖然としているのか、支配が及ばなくなっていた。
俺はその隙にいきなり彼らの前に出るのではなく、建物の影に隠れたのであった。
おそらく、シルクと相対している男がプリーモ・サラーティなのだろうが……見るからにヤバそうな奴でげんなりとする。
人は見た目で判断してはいけない。まあ、それは建前で多くの人が見た目で判断しているが、イケメンで性格のいい俺はそんなことは基本的にはしない。
しないのだが……プリーモだけは別だ。明らかに性格が悪そうでひねくれていそうだ。
基本的に、身だしなみが清潔でない者は、性格的にも問題がある者が多い。多分。
で、このプリーモとやらは、不摂生を象徴するかのようなデブ、汚らしい髭面、爛々と輝く大きな目……ああ、気持ち悪い。
それでも、清潔に気を配る余裕がないのであれば分かるが……あいつ、貴族だろ? 余裕あるくせに何で汚らしいんだ。
性格の悪さもにじみ出ているし、ああいう輩には触れるどころか接近することもしてはならない。
逆に言えば、近づきさえしなければ、だいたいそういうやつらによる災害は避けることができるのである。
俺はそこまで考えて、ぐぐっと背伸びをする。
ふー……さっさとお暇させていただくとしようか。
これは、シルクとプリーモの問題である。
『ダメに決まってるだろ!!』
また石のように俺の脚が動かなくなる。
くそっ!!
「ふんっ、ふんっ! なに、安心しろ、シルク。私がもっと良いドレスをお前に買い与えてやるさ。こんな劣悪品などとは比べ物にならないほどの、素晴らしい高級品をな」
あちらを覗き見れば、プリーモが気持ち悪く汗を流しながら熱心に何かを踏んづけて……ああああああああああああああっ!? お、俺が嫌々泣きながら死ぬほどの思いをして買ってやったドレスがあああああああああああああ!?
俺はプリーモがドスドス踏んづけている物を見て、内心絶叫した。
ふ、ふざけるなぁっ! 俺が……俺がどれほど怖い思いをしてそれを買う金を稼いだと思ってんだ!!
ワイバーンみたいな化け物と正対させられて、俺の生活数か月分のお金で買ったやつだぞ!?
それを、ぐちゃぐちゃに踏みつけやがって……許さん!!
怒りのあまり、俺は奴らの前に姿を現そうとしていた。
『怒り方はどうかと思うけど、君が戦う気になってくれてよかったよ! さあ、行こう!』
俺は魔剣の言葉にコクリと頷く。
ああ、シルクはどうでもいいが……あの髭デブをボコボコにしてやる……魔剣がな!
俺はしない。俺だけの力なら、あのデブにも勝てそうにないし。
「きひひひひひっ!! あんたの顔も、ドレスも、ズタズタにしてやるよぉっ!!」
「うっ……ぐっ……!」
とか思っていたら、なんかいかにもヤバそうな女が出張ってきていたでござる。
え、なにあのあからさまにヤバそうな女……怖いんですけど。
俺の燃え上がっていた戦意と敵意がみるみるとしぼんでいく。
……よし、やっぱりここは見なかったことにしてフェードアウトだ。大人しく最高級宿に戻るとしよう。
プリーモが俺のドレスを踏みにじったことは腹が立つが……まあ、不幸になることを毎日祈ることで勘弁してやろう。
あんな見た目からして気狂いを相手にしてられるか。
じゃ、俺はこれで失礼を……。
『行こうって言ってるだろ!!』
嫌じゃあああああああああ!! あんな頭のねじが何本もぶっ飛んでそうな女と戦うなんて嫌じゃああああああああああ!!
ああいう輩は、高い場所から嘲笑うのが一番いいんだよ! 絶対に関わるべきじゃないんだよ!!
あっちからは見えない場所でせせら笑うのが一番なんだ!!
シルクは残念だけど自分でどうにかしてもらうとしよう。
ほら、人の力ばかり借りていたら馬鹿になるって言うじゃん?
『もう!! 勝手に身体動かすからね!!』
俺の必死の説得も、無情な魔剣には通用しなかった。
俺の身体を勝手に動かし、シルクの元に送り込もうとする。
あぁっ!? 魔剣テメエ!!
必死にこらえようとするのだが、やはりただのイケメンで性格の良い好青年である俺には、極悪非道の魔剣の力に抗うことは難しく……。
「間違い、だったの……?」
「――――――いや、間違いなんかじゃないさ」
とりあえず、格好つけることは忘れなかった。
しかし、性格も見た目もヤバい男女と相対させられる俺の心の内は……。
あぁ……もうダメだ、おしまいだぁ……。




