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第2話 行こう

 










 騎士――――ヘルゲとかいう奴が言った言葉に、村人たちはポカンと口を開けている。

 そして、それは丘の上から様子を窺っていた俺と名前の出されたマガリも同様である。


 ……聖女? 誰が? マガリが?


「嘘だろ? こんな腹黒性格ブス女が、聖女って……」

「殺すぞテメエ」


 ほっぺをつねってくるマガリ。

 痛いからやめろ!!


「……ってか、聖女ってなんだよ?」

「聖女というのは、神託によって選ばれる女性のことね。その慈悲深さで人を救い、敵である魔を滅する存在よ」

「じ、慈悲深さっすか。ぶふっ」

「何噴き出してんだ」


 頬を引っ張ってくるが、どうしても笑みを隠しきれない。

 慈悲深さ、聖女。


 どれもマガリには似合わない言葉だった。

 意地汚さ、悪女の間違いじゃねえの?


「さて、と……」


 マガリはそう言うと、立ち上がった。

 ……あれ? あのヘルゲとかいうやつのところに行かねえの?


「おい、どこ行くんだよ。お前が行くべきなのは、あっちだろ」

「いいえ、違うわ。さっさと逃げさせてもらうわ」


 ……は? 何でだ?

 聖女が何なのかいまいちわからねえけど、それに選ばれることはマガリにとって悪い話ではないのではないかと思う。


 だって、何だか大切そうな存在だし。家名持ちの貴族であるヘルゲも、マガリ様とか言っていたし。

 王都に連れて行かれて、ちやほやされるんだったら望むところじゃないのか?


「聖女っていうのは、そんな気楽なものじゃないのよ。本を見る限り、勇者に並んで人々の希望とか書いてあったしね。私はあなたと違って、猫かぶりを一年中することはできないもの。注目されるのなんて、御免だわ」


 これで話は終わりだとばかりに考え込む。

 おそらく、逃亡ルートを探っているのだろう。俺だったらそうするからな。


 ふーん……まあ、どこに逃げるのかは知らないけど、どこに行くかはあいつの自由だ。

 俺からすれば、本性を知る唯一の人間が消えてくれるのだから、止めるはずもない。


 おそらくは、一番近い街に行くのだろうが……まあ、途中でのたれ死なないように祈るくらいはしてやろう。

 しかし、気分が楽になるなぁ、マガリがいなくなると。


 思わず上機嫌になり、鼻歌でも歌いそうになっていたところ、爽やかな風に乗って村長とヘルゲの会話が聞こえてくる。


「マガリ様はどこにおられる?」

「そ、それが……いつもは部屋で勉学に励んでいるのですが、どうにも今日はその姿が見えませんようで……」

「なに……?」


 ここにいますよー、マガリさんはー。

 そう教えてあげたいのだが、そうするとマガリが何をし出すかわからないから、大人しく黙っておく。


 どうせ、もうすぐいなくなってくれるのだ。

 ならば、余計なことをする必要はないだろう。


 あのヘルゲとかいうおっさんも、王都からの長旅はご苦労様なのだが、まあ何も得られずに帰ってくれ。

 のんきにそんなことを考えていると……。


「貴様……よもや、マガリ様を隠そうとしているのではあるまいな?」

「そ、そんな! 滅相もありません!」


 ……おやおやー? 何だか不穏な空気になってきたぞー?

 村長のジジイも、身体を震えさせている。


 老い先短いのだから、もう少し優しくしてやれよ。

 しかし、俺の想いも届かず、ヘルゲは威圧するように自分の身体を村長に寄せる。


 巨大な身体がぬっとあらわれ、細くて小さい村長は押しつぶされてしまいそうだ。


「マガリ様は、この国にとって重要なお人になられたのだ。もし、貴様らが隠し立てするのであれば、この村を徹底的に探し回ってもいいのだぞ? その過程で村がボロボロになっても、我らは関知しないからな」

「そ、そんな……!」


 …………。

 俺は何も言わずに立ち上がり、マガリの元に向かう。


「……まずはやっぱり街に行かないとね。私にはシティガールがふさわしいわ。どうやって魔物に会わないで行くかが問題だけど……商人に上目づかいで頼んだら余裕でしょ――――――あら、アリスター? どうして私の手を掴むのかしら? 気持ち悪いのだけど」


 俺がマガリの手を掴めば、露骨に嫌そうな顔を向けてくる。

 ごめんな、我慢してくれ。


 俺もお前の手を握るのなんて、普通に嫌なのだから。反吐が出そうだ。

 普段の俺なら決してしない行動に対して怪訝そうな顔をしている彼女に、ニッコリと微笑みかける。


「――――――行こう」

「…………ッ!?」


 たった一言で俺の目的が分かったのか、顔を真っ青にさせるマガリ。

 相変わらず賢いな。だが、無意味だ。


 俺はがっしりとマガリの手を握ると、ズンズンとヘルゲたちの元に向かうのであった。


「ちょっ、待っ……離しなさい! あなた、何トチ狂っているの!? ちょっ、本当に……やめろぉっ!!」


 普段の物静かさからは考えられないような怒声。

 本性を知っている俺からすればまったく怯まないが、彼女の猫かぶりを信じている人々からすれば、本物のマガリが言っているのか疑うほどではないだろうか。


「暴れるのはおやめください、聖女様」

「なに私を聖女って受け入れているのよ!? あなた、さっき似合わないとか言ってきたでしょう!?」

「聖女様のお力で、この国を救ってください」

「本当に頭がおかしくなったの、アリスター!? 下種の塊であるあなたが、そんな殊勝な考えを持っているはずないわ!」


 失礼だな、こいつ。下種はお前もだろ。

 しかし、今までで見たことないくらい抵抗してくるな。


 そんなに、聖女とやらはなりたくないものなのか……?

 ……だが、マガリがこんなに嫌がっているということは、俺にとっては良いことが待っているということだ。


「ちょっと! 本当にぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

「おいおい、聖女様よ。騒いでもいいが、あの騎士たちにばれちまうんじゃねえのか?」

「ッ!!」


 ビクッと身体を止めるマガリ。

 まあ、どっちにしろこいつは詰みなのだ。


 暴れて騒いでもあいつらにばれるだろうし、大人しくしていれば俺に連れて行かれてしまう。

 もう、諦めて聖女になるしかないのだ。


 すまんな。でも、生活基盤である村をめちゃくちゃにされるわけにはいかんのだ。

 マガリ一人の犠牲で村が救えるのであれば……安いものじゃん?


「がるるるるるるるるぅっ!!」

「あぁっ! 痛いっ!? 何噛んでんだテメェッ!?」


 まるで、犬のように食らいついてくるマガリ。

 どんだけ聖女になるのが嫌なんだ?


 しかし、俺も手を離してこいつを逃がすわけにはいかない。

 俺の安定した生活のために、マガリには生贄になってもらう。


 俺は食らいついてくるマガリを引きずって、ヘルゲや村長たちの元に向かうのであった。




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