コミックス7巻発売記念(副題:捨ててきてください)
「いたーい。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたーい」
柔らかなベッドの上でゴロゴロと転がりまわる俺。
俺が普段拠点にしている最高級宿に勝るとも劣らない、見事なベッドだ。
なにせ、ここはマーラさんの邸宅のベッド。
すなわち、しっかりとした貴族のベッドだ。
無駄遣いや浪費をするとは思えないマーラさんだが、さすがにこういうところは貴族らしい生活をしているようだ。
まあ、こういうところも庶民的だと、むしろ領民や他の領地の貴族から舐められる可能性もあるからな。
無駄に金を使っていたら反感も抱かれるだろうが、貧乏性すぎるのも良くないのだ。
とくに、ベッドに金をかけているのはいいことだよな。
人間って、質のいい睡眠をとらないと日常生活がままならなくなるし。
ということで、俺はその高級ベッドの弾力性を満喫しつつゴロゴロ転がっていると……。
「うるっさいわね! 何度も同じ言葉吐くんじゃないわよ! 耳が痛くなっちゃうでしょ!」
「お前の声の方がうるせえ!」
『ここまでどっちもどっちという言葉が適切な時があるのだろうか? いいや、ない』
俺と同じベッドで寝転びながら本を読んでいたマガリがブチギレてくる。
当然俺も負けていられない。
声がでかい選手権では、俺も相当なものだぞ、おおん!?
魔剣? 言っていることはだいたい無視でオッケーだ。
しかし、痛かったのは事実なのだ。
少し前、俺は悪魔っぽい訳の分からん化け物と、マーラさんをかけて命がけの戦いをした。
どうやって決着がついたのか、なぜか戦っていた本人である俺も良く分からないのだが、まあ勝ったからヨシ!
ではあるのだが、ケガがね……。
「ふざけんなよ、マジ。いつも俺はかわいそうな目にあっているが、今回は飛びぬけてかわいそうだ。俺、背中えげつないほどの傷を負っていなかった? やばくなかった?」
「んー……」
俺の問いかけを受けて、少し考える仕草を見せたマガリは、にっこりと笑った。
「まあ、唾つけておけば治るレベルだったわ」
「嘘つけ。お前がガチで引いた顔をしたの覚えてんだからな。あのお前があんな引きつった顔をするとか、相当だろ」
「あのって何よ、あのって」
あのマガリが! あのマガリが、である!
俺が苦痛に悶えていたら大笑いしながら蹴りでも繰り出してくるような性格の女が、俺の傷を見て、ガチで引いていたのだ。
どれだけやばかったんだよ、俺の傷!
「まだ痛むんだったら、私の唾でもつけてあげるわよ。ほら、ぺっ」
「うおおおおおおおおっ!?」
唾を吐きかけてくるマガリ。
き、きたねえ!!
「てめえ! やる気か!?」
「やらないわよ。私はあなたと違って穏健平和美少女なんだから」
穏健……? 平和……? 美少女……は分かるにしても性格クソだけど……。
なんだか意味の分からない妄言ばかり聞いてしまったので、ぽかんとしてしまった。
「だいたい、私のよくわからない不思議パワーで治ってるでしょ? ごちゃごちゃ言わないでよ」
そう、重傷と言って差し支えなかった俺の傷も、なんだかよく分からないが、マガリのへんてこな力で完治している。
……あのレベルの傷だと我慢できないが、ちょっとだけ傷を残しておいて、それが原因で勇者引退とかできなかったのかな?
できない? そっかぁ……。
『不思議パワーって……。聖女の特別な力って言えばいいじゃん』
「いやよ。私、聖女なんてやりたくもないんだから」
「奇遇だな。俺も勇者辞めたい」
『今代の勇者と聖女って本当にひどい……』
ひどいのはお前の能天気な頭だよ。
無機物に脳みそがあるのかは知らないけど。
……本当、なんでこいつ無機物のくせに自我を持っているのだろうか?
恐ろしいよ……。
「まあ、完治しているけど療養とかで王都に戻るの先送りにできているし良いじゃない。仮病、万歳」
そう。マガリの言う通り、俺の療養を理由にして王都にはまだ戻っていない。
あれだからね。痛かったのは本当だし、大怪我だったのも本当だしね。
完治しているとはいえ、幻痛に悩まされていることが無きにしも非ずだからね。
王都の最高級宿も良いところではあるのだが、やはりなんでもやってくれるマーラさんサービスがあるここと比べるとね……。
それに、戻ったところで、またくだらない仕事が増えるだけだし。
いらねえんだよ、俺に仕事なんて。
「ふっ。俺は転んでもただでは起きない男だ」
「やるじゃない。まあ、私も絶対にしないのに看病するとか言って帰るの延期しているしね」
『格好つけるところじゃないよね』
いや、マガリは帰れよ。
全然看病してねえだろ。
俺のいる部屋に押し入ってきては、ゴロゴロ本を読んで惰眠を貪っているだけじゃねえか。
「ふう。しかし、ここはいいな……。マーラがいるから治安もいいし、領民の質もいい」
もちろん、犯罪が一切ないとか、悪人がゼロというわけではないのだが、それでも他の領地からすると、とてつもなく上澄みだろう。
たぶん、ある程度の悪辣さがある犯罪をすると、マーラ直々にぶっ飛ばされるからだ。
なお、だいたいぶっ飛ばされたら死ぬ模様。
賊に対してもえげつないほど冷酷だったもんな、マーラさん。
でも、俺にはあまあまなんだよな。たまらねえな、おい。
『トップで随分と変わるからね、領地っていうのは。領民からとても愛されているから、マーラはとても良い貴族なんだろうね』
「だよな。貴族とか全員ゴミカスだと思っていたけど、そうでもないんだなと思えてきたわ」
会う貴族全員ゴミカスうんちマンばかりだったが、マーラさんだけは別だった。
もうこの国の貴族、全員マーラになればいいのに。
オールマーラ計画、始動!
「半魔だけどね」
「おい。俺の将来の花嫁を愚弄するな」
『勝手に結婚予定にするのやめない?』
なんて失礼なことを言うんだ、このクソ貧乳は。
持たざる者が持つ者に対して嫉妬は止めていただきたい。
「マーラも俺たちが傷ついたことに自責の念を持っていたから、そこをちくちく小突きながら楽して生活させてもらおう」
「同意ね」
『このクズ夫婦!!』
「「は?」」
なにふざけたこと言ってんの、この魔剣は?
本当に早く処分したいな、これ。
手放しても勝手に戻ってくる呪いを持っているし、焼却炉に入れようにも身体を操られてしまえばどうすることもできないしな……。
何か、超高度な解呪魔法とかかけてもらったら浄化できないだろうか?
王都に戻ったら、ちょっと聞いてみよう。
「アリスターさん、マガリさん! 大変ですわ!」
「どうしました、マーラさん。俺はあなたのためなら、たとえ火の中水の中……」
「…………」
『うっわぁ。すっごい白けた目……』
突然、マーラが部屋に飛び込んでくる。
急いでいてもお美しい……。見た目はどうでもいいけど……。
マガリの白い目が向けられるが、そんな些事は気にする必要すらない。
マーラがこっちに来てくれたのだ。
早く好感度を稼がなければ……。
「大変ですの! この子を見てくださいまし!」
「この子?」
そう思っていると、マーラがそんなことを言ってきた。
よく見れば、何かを抱えている。
子犬とか子猫かな?
マーラは優しいからな……。
俺はニコニコと微笑みながらマーラの胸の前を見て……。
【ぼ、母体……】
小さくて真っ黒な生物もどきを見て、顔を青ざめさせた。
俺と相対した時よりはるかに小さくなっているが、忘れられるはずもない。
つい先日、俺に致命傷を負わせた、この世で最も度し難く根絶させなければならないクソ虫……!
「こ、こいつ……ッ!」
「な、なんでこれがマーラさんと……!?」
俺とマガリが激しく困惑するのは、マーラが抱えている真っ黒な生物が、気味の悪い悪魔もどきだったからだ。
またマーラを狙いに来たのか!?
こいつは俺の女だって言ってんだろ!!
すると、マーラはぺかーっと輝くような笑顔で……。
「ええ。拾いましたの!!」
【拾ワレタ……】
なん、だと……?
俺とマガリは目を合わせ、にっこりと微笑んだ。
「「捨ててきてください」」
「そんなっ!?」
この気色の悪いデフォルメされた悪魔もどきが、また一騒動起こすのは余談である。
コミカライズ第7巻が、本日発売されました!
読んでくださっている皆さんのおかげです。ありがとうございます。
コミカライズオリジナルストーリーも収録されていますので、ぜひご覧ください。
よろしくお願いします!




