コミックス6巻発売記念(副題:え、なにこの空気?)
「手駒が欲しい」
『……え、うん……え? いきなり何言ってんの、君? 馬鹿?』
もはや俺のものと言っても過言ではないほど、長い時間を過ごしている高級宿の一室。
そこで、俺は神妙な顔をしつつ呟いた。
魔剣が毎度のことながらクソみたいなことを言ってくるが、お前の意見なんか聞いてねえんだよ、カスが。
すると、当たり前のようにここにいるマガリが、同じく神妙な顔をしつつ頷いた。
「分かるわ」
『なんで分かる子が他にもいるの? 君たち本当バカなの?』
俺は馬鹿じゃない。マガリは馬鹿だが。
……あっちも反対のことを思っていそうだな。むかつく。
「なんかさあ、俺らって自分の仕事を全部自分でやってるじゃん?」
『……当たり前では?』
「違うわ。素晴らしい人間には手駒がいて、代わりにそいつらが些事をするのよ。ほら、経営者とか無駄に威張って部下に何でもさせようとするでしょ? 自分はぬくぬくと居心地のいい場所で居座って、適当に口だけ出してくるみたいな」
『金持ちに対するひがみが凄いけど……。というか、君たち今勇者と聖女の仕事のことを些事って言った? ダメだよね? 色々とおかしいよね?』
勇者と聖女の仕事って……ゴミじゃぁん……。
というか、勇者の仕事ってなに? 他人のために命がけで戦わせられること?
これ、絶対におかしいよな。
なんで俺がそんなことをしないといけないんだ。
マジで意味が分からん。
「ただなあ。こういう駒になれる奴ってほとんどいないと思うんだよ。というか、知り合いが誰もいねえ」
「何とか見つけてきなさいよ」
俺の胸板を背にしながら本を読んでいたマガリがむかつくことを言うので、頬を引っ張ってやる。
もちもちだ。
うにゃうにゃ言っているが無視である。
「候補すらいねえからなあ……。というか、仮に見つけてきたとしても、絶対にお前に使わせないから。俺だけのものだし」
「がるるるるるるっ!!」
「いでぇっ!? こいつ、獣みたいに噛みついてきやがって……!」
即座に反転して噛みついてくるマガリと、俺は決死の格闘を繰り広げる。
こいつ、普段からダラダラ怠けているくせに、どうして俺を攻撃するときだけこんなに機敏なんだ……!?
おい、魔剣! 『邪悪なる斬撃』だ! 早くしろぉ!
『聖女に必殺技を畳みかける勇者なんて許されるはずないだろ』
そんな負けられない戦いをしていた時だった。
コンコンと、扉をたたく音が聞こえた。
その瞬間、俺とマガリは速攻で距離を取り、にこやかな笑顔を浮かべる。
と同時に、もみくちゃになっていたお互いの衣服を丁寧に直した。
「はい、どうぞぉ」
『切り替えはやっ!』
というか、誰だよ面倒くせえなあ。
対応するのだるいわ。
そんなことを考えていると、扉がゆっくりと開いて……。
その前に立っていたのは、ぬぼーっとしている女? だった。
疑問符がつくのは、その身体のほとんどを黒い衣服で隠しており、身体の線が出ていないからだ。
顔も目元以外隠されているから、よく分からん。
「…………」
「えーと……?」
何だこいつ? 誰?
明らかに不審者なんだけど?
高級宿のくせに、何でこんな奴を入れてんだ。クレーム入れるぞ。
マガリと一緒に叩き出せ。
「(忍者よ、忍者。女っぽいしくノ一っていうのかしら? 東方の暗殺とか裏工作とかする奴らよ。本で読んだわ)」
コソコソと耳打ちしてくるマガリ。
え、犯罪者じゃん。こわ……。
『なんで二人とも覚えていないの!? あの子だよ、あの子! マーラと敵対していたなんちゃら商会の護衛をしていた、グレーギルドの……!』
なんちゃら商会って、お前もだいぶ忘れているじゃねえか。
というかなに? グレーギルドぉ!?
またかよ! あのクソ犯罪者集団!
どれだけこっちに関わってくるんだぶっ飛ばすぞ! マガリが!
ということで、肉盾を起動しようとすると、いつの間にか俺の背後に回っていたマガリ。
は!? なにしてんのお前!?
「君はあの時の……。報復にでも来たのか? (おら、お前が前に出ろや! 俺の後ろに来ようとしてんじゃねえ!)」
「(黙りなさい、肉壁)」
「(ころしゅ)」
何とか引きずり込もうと腕を引っ張っていると、グレーギルドのゴミカス女がフルフルと首を横に振る。
それと同時に、どこからか筆記具と紙を取り出し、すらすらと字を書いていく。
ひ、筆談……?
「えーと、なになに……?」
正直、文字をすべて読めるというわけではないのだが、マガリの影響でいくらか簡単な字は読める。
なんで農民がそんなの覚えなきゃいけないのかという話だが、こいつの読書に付き合わされていると、必然的にそうなってしまったのである。
えーと、なになに……? 雇ってほしい?
うーむ、確かにそういう汚れ仕事を押し付けられる人材を探していたのだが……。
『いいんじゃない? 悪いことをしていても、改心してやり直す機会は与えられるべきだよ。それに、勇者と聖女と一緒にいるだけでもいい影響がある……ある、かな? でもこの二人だもんなあ……ないよなあ……』
無責任なことを言っておきながら、また一人で悩み始めた魔剣は無視する。
こいつの意見は、考慮するに値しないからだ。
「(というか、グレーギルドの人間と私たちがつるんでいたら、風評被害がマズイわよ。お世辞にも良い組織じゃないんだし)」
「(だよなあ。……ただ、使い勝手は良さそうなんだよなあ……。まあ、俺を傷つけたことは一生許さんが。思い出したら腹が立ってきたわ)」
どうしたものかと悩む。
グレーギルドと付き合いのある勇者と聖女とか、間違いなくダメだろう。
絶対に王城に呼び出されるわ。
……まあ、俺は魔剣を取り上げられて放逐されるくらいで済むかもしれないけどな。
しょせん、魔剣を見つけてしまっただけの男だし。
ただ、マガリはダメだろうなあ。
なにせ、神託で選ばれたらしいし。
確か、最初ちょろ騎士くんは、聖女でなかったら処刑するとかも言っていたし。
……あれ? これ、こいつを雇った方が、俺のメリットでかくない?
俺、逃げられる。マガリ、死ぬ。
……ふううううううううううううっ!!
『おい』
そんなことを考えていると、がらりと窓が開く音がした。
……え? なんで?
恐る恐る振り返れば、窓からにゅるりと身体を柔らかくくねらせながら部屋の中に侵入してくる奴が。
「はぁい、ダーリン。暇ぁ? また脱獄してきて時間があるから遊びましょぉ?」
ぎゃああああああああああ!? 痴女だあああああああああああ!!
『エドウィージュね。……この子、どれだけ脱獄してくるんだ……』
何を冷静に言ってんだ! 早く殺せ! 犯罪者だぞ、こいつぅ!
『何度か助けてもらっているのにこの警戒心の強さは凄い』
俺は一度俺を切りつけた奴を許すことはないからな。
油断なく見ていると、エドウィージュがグレーギルドの暗殺者を見つけた。
「あらぁ? あなた、グレーギルド『草影』の……。ダーリンに何の用ぉ?」
「…………」
ぴしりと空気に亀裂が入る音がした。
冷たく、硬く、そして悍ましい。
それを発しているのは、間違いなくエドウィージュとグレーギルドの奴で……。
え、なにこの空気?
コミカライズ第6巻が、本日発売されました!
読んでくださっている皆さんのおかげです。ありがとうございます。
下記の6巻の表紙をご参考に、ぜひ手に取ってください!
蟹蜜先生のおかげでとても面白くなっていると思います。
よろしくお願いします!




