コミックス2巻発売記念(副題:アリスター、魚人帝国に宣戦布告する)
「アリスター! 早く早く!」
短く肩口で切りそろえられた青い髪を揺らしながら、俺の名前を呼ぶ女。
人魚のくせに、見事に足を形作っている。
そんな彼女に声をかけられて、俺はひどくげんなりとしていた。
「ああ……」
『テンションひくっ』
目の前でぴょんぴょんと跳ねているチビ……もとい、ノエル。
比較的豊かな胸部もぴょんぴょんしている。
しかし、俺はそんなところではなく、空を見上げていた。
そもそも、ノエルなんぞを俺の視界に入れることすらしていなかった。
『なんで急にたそがれているの?』
魔剣に対して、俺は深くため息をつく。
俺はな、疲れたんだよ……。
『切実だ……』
そらそうよ。
お前、ここ一年の間に俺に起きたことを考えてみ?
俺、もともと適当な豪商か豪農の娘と結婚して、楽して生きていくつもりだったんだぞ?
だというのに、お前と出会ってからというものの、反社会勢力と殺し合いをさせられるし、化け物と戦わせられるし……。
俺が何をしたって言うんだ。
『あ、ノエルが元気に呼んでいるよ』
ブンブンと手を振り続けているノエル。
分かったわかった。
もういいから。
というか、話のそらし方がへたくそすぎ……。
そんなことを考えながら、俺は、一か月に一度ほどある、人魚ノエルのご機嫌伺いをしているところだった。
『デートをご機嫌伺いと言える君が怖い』
いつからデートになったんだよ、これ……。
こいつ、適当に遊びに付き合ってやらないと、マジで俺の部屋に押し掛けてくるからな。
人間を水中に引きずり込む怪物が、俺の絶対安全圏にひょこひょこ入ってこられたら困るのだ。
『まだそんなことを言っているのか……』
俺とノエルは、人魚たちの住んでいる集落を歩いていた。
彼女はやけに懐いてきているが、それでも基本的に人間に良い感情を抱いていない。
同胞を誘拐されて売り飛ばされていたし、当然だろう。
俺のことも嫌ってくれていいのになあ……。
そんなことを考えていると、ノエルと眺めていた海面が空高く吹き上がった。
何事?
唖然としていると、そこから現れたのは、大きな魚人だった。
「……あれ? ノエルの友達が迎えに来たのかな?」
「僕にあんな友達いないけど!?」
ガーンとショックを受けた表情で俺を見るノエル。
化け物と化け物でお似合いじゃん?
まあ、超絶性格が良いイケメンの俺が何か悪いことをしたわけでもないので、目的はノエルだろう。
攫って行っていいぞ。
「えーと、何か用かな?」
「ガアアアアアアアアアアアアアッ!!」
尋ねるといきなり襲い掛かってくる魚人。
はあ!? ふざけんな!
磯臭いんだよ!!
◆
「で、結局何なんだ、君は……」
突然海面から飛び上がって襲い掛かってきた魚人。
魔剣による自動戦闘で、すでに相手は再起不能のダメージを負っていた。
そんな魚人に、アリスターは問いかける。
顔は心底迷惑だと言っていた。
「人間ハ、殺ス……! 人間ト協調スル人魚モ殺ス……!」
「何言ってんだこいつ」
明らかに不穏な言葉に、露骨に嫌そうにするアリスター。
これ、絶対にかかわりたくない案件である。
ひょっこりと彼の背後から覗き込んだノエルが、口を開く。
というか、距離感が近くて、柔らかいのが当たっていた。
「もしかしたら、彼らは魚人帝国の兵士かもしれない」
「魚人帝国?(こんなのがまだいるの? 喋る魚って珍しくないんだな)」
アリスター、魚人の認識が喋る魚レベルである。
魚が帝国を作っているなど、片腹痛い。
ナチュラルに見下した。
「我ら魚人帝国は、人類に対して宣戦布告する。また、人類と友好的な関係を築いている海の魔族も例外ではない。魔族は直ちに人類と協調するようなことは止め、魔族らしく、人類を滅ぼすことに励め」
しかし、事は一気に進んでいく。
魚人帝国による、人類に対する宣戦布告。
距離的に、アリスターたちがいる国が一番近く、心の底から絶望する。
「ちょっと。あなたのデートでとんでもないことを引き起こしてくれたわね」
ゲシゲシと脚を踏んづけてくるマガリ。
あまり効かないと悟れば、頭を振って長い髪でアタックだ。
アリスターに大ダメージ。
「どさくさに紛れて逃げよう」
「私も連れて行きなさい!」
さっそく王国を見捨てて逃げる算段をつけ始めるアリスターとマガリ。
二人とも、いい感じのところで相手を蹴落とそうと考える。
「私たちは、あなたたちを決して裏切りません。大恩を、今こそ返す時です」
魚人帝国による脅威にさらされながらも、人魚の集落のパメラは言う。
「私個人的にも、あなたには謝罪と感謝をしなければならないと思っていたんです。私を助けてくれた、勇者様……」
「お、お姉ちゃん!?」
スッと寄ってきて、ピトッとアリスターの胸に頬を寄せるパメラ。
ガーンとショックを受けるノエル。
顔を青ざめさせるアリスター。
「(お前が俺を洗脳しようとしたことは忘れていない。つまり、近寄るな)」
『あれは悪魔のせいだったじゃん』
「(関係ないんだよなあ……。いかなる理由があろうとも、俺に矛を向けたということが重罪である。死刑)」
自分を殺しにかかってきた大罪人(アリスター視点)に迫られ、心臓をバクバク言わせて憔悴するアリスター。
「友好的な人魚を守るため、ぜひ力を貸してくれ、聖女よ!」
「あ、アリスターだけで十分で……」
「我が妻、マガリもぜひともとのことです!!」
「はああああああああああ!?」
自分は関係ないを貫き通して逃げるつもり満々だったマガリ。
もちろんアリスターに引きずり込まれる。
「死ね、人魚をたぶらかす愚かな人間め!」
「(化け物をたぶらかすつもりなんてねえわ!)」
人類に対する怒りに燃える魚人との、激しい戦争が始まる。
帝国の圧倒的な兵数に、窮地に陥るアリスターたち。
彼らを助けたのは、意外な人物で……。
「どうやら、私の魔法は魚人には非常に効果的なようですね」
「君は……」
「まさか、あなたを助けることになるとは思っていませんでしたよ」
「(……誰?)」
『えーと、グレーギルドの……誰かさん』
薄く笑みを浮かべ、バチバチと雷魔法を駆使するグレーギルド『ヌーティネン』所属のトイミ。
誰からも名前を憶えられていないということは、内緒である。
「私は、人間に裏切られた……。あの時の苦しみと悲しみを、今を生きる魔族に……魚人の同胞に味わわせるわけにはいかんのだ! だから、ここで死んでくれ、勇者、聖女!」
「(お前の過去なんか知るか! 勝手に押し付けてきてんじゃねえよ!)」
「(というか、何で私もターゲットにされているの!?)」
そして、ついに魚人帝国の首班と相見える。
悲痛な過去に、アリスターとマガリはまったく興味がない!
「悲しい過去があったことは分かったよ。でも、だからこそ、僕はアリスターと離れたくないんだ!」
一歩前に出て、ノエルは決意に満ちた顔を向ける。
そして、アリスターの腕に抱き着いて、高らかに宣言した。
「僕とアリスターが、初めて人間と魔族の懸け橋になる!」
「(なりたくねえええええ!!)」
コミカライズ第2巻が発売されました!
よろしくお願いいたします。




