第16話 じゃん
「……驚いた?」
ああ、こんなマズイことしか起きないようなことを人に教える、お前の無神経さにな。
俺は無表情のまま首を傾げているシルクを見て、殺意すら覚えていた。
知ってしまったからには死んでもらう、的な展開はないよね? ね?
ま、まあ、別に奴隷というものがそれほど珍しいというわけでもない。
この国では合法だし、養えなくなった子供を売り払うようなことも多々あると聞く。
幸い、俺はイケメンフェイスと猫かぶりによって奴隷商人に売られるようなことはなかったが……うまく立ち回ったわけだ。
と、とりあえず、耳を塞いでこれから何も聞かなければセーフのはず……!
俺は手を上げようとして……。
『絶対に聞かないとダメだよ!』
魔剣の頭痛が炸裂した!
うごぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!? 頭がぁぁっ!!
お前が聞きたいんだったら一人で聞いてたらいいだろうがっ!!
「……もっと驚くことがあるよ?」
シルクはじっと俺を見上げてくる。
や、止めろぉ!! それ以上は聞きたくない!
聞いてしまえば、お前の持っているしがらみに俺も巻き込まれることになるだろうが!!
どうしてそこまで俺を追い詰めるんだ……。
「私、元貴族」
んほおおおおおおおおおおおおお!! ヤバすぎるネタが続いたああああああああ!!
元貴族の奴隷って、絶対何かあった系じゃん! ヤバいことがあった系じゃん!
だって、没落したってことだろ!? それ相応のことがあったに決まってんじゃん!
そして、シルクもへまをするような馬鹿ではないように見える。多分。
ということは、理不尽な目にあったとかで、そういうことを聞けばこの魔剣は……。
『話を聞こう。そして、手助けできるのであれば、全力で助けよう』
ほらなぁ……。知ってた……。
表情とか無機物だからまったくわからないのに、硬い決意をしたことが脳内に浮かんでくるようだ。
お前一人だったら勝手にしたらいいけど、それの道連れになるのはごめんだ。
「……私の家は小さな貴族だったけど、お父さんもお母さんも優しくて、愛してくれて……家族皆仲良く暮らしていた。あの時が、一番幸せだった」
懐かしむように顔を緩めて言うシルク。
へー。家族と仲良く暮らしたことがないから、そんな気持ちさっぱりわからん。
家族の大切さを知っている人に話せば共感は得られるだろうが、俺は微塵も理解できないぞ。無駄だ。
「領民の人にも優しくしていて、税金も安くしていたから、とても慕われていたと思う。『貴族は民のために尽くしなさい』。これが、お父さんの口癖だった」
なんだそのお父さん。
……ヤバい、本当に理解できない。
貴族とか、権力を生まれながらにして持っている超ラッキーヒューマンじゃん。
その権力を利用せずして、何が貴族か。
俺なら恨まれない程度に権力を濫用するね。
「でも、それが周りの貴族からすれば鬱陶しかった。彼らの領民たちは、自分とお父さんを比べて悪く言うから……。生まれながらにして持っている権力を自分のものと思って振りかざすような人たちは、私たちを……お父さんを憎んだ」
比較されることでさえ人によっては嫌がるのに、それで自分が下に見られたり悪いと思われたりしたら、そりゃあ良い気分にはなるまい。
まあ、そいつらが領民たちにそんな評価をされるような治世をしているから悪いのだが。
俺に自治権を与えてください。本当の治世というものを見せてやりますよ……。
そう、適度に俺がダラダラして生きていけるような、そんな治世を……。
『なんてことだ……。この国の貴族には、アリスターみたいなのもいるのか……』
俺は自分がしたことだと相手にばれるようなへまはしない!!
『そこじゃないんだよなぁ……』
そこしかないんだよなぁ……。
汚くて私腹を肥やすようなことをしまくっていたとしても、それが一切露見せずに外見だけ良い人面をしていればうまくいくんだぞ。
今まで猫かぶりとイケメンだけで生きてきた俺が言うのだから、間違いない。
「そこからは、凄く速かった。お父さんとお母さんが謀殺されて、冤罪を吹っかけられて……私の家ヘーレン家は取り潰し。私も奴隷として売られた」
そっすか。急展開だけど、同情も何もしない。
まあ、そういうこともあるんじゃない? 世の中広いしさ。
『なんてことだ……! こんな横暴、見過ごしていいわけがない!!』
しかし、俺と同じような考えではないのが魔剣である。
何でこんな意思疎通できないのに、俺が適合者に選ばれたの?
「売られた私を買ったのが、お父さんとお母さんを謀殺した貴族……プリーモ・サラーティだったときは驚いた」
暢気すぎない? この子。ボーっとしすぎだと思うんですけど……。
『こ、こんなことって……!!』
無表情で淡々と話したシルクと、憤る魔剣。
うわー。趣味悪いな、そのプリーモとかいうやつ。
敵だった男の娘を奴隷に追い落として自分で買い取るとか……内心腐りすぎだろ。
シルクが苦労していたりこき使われたりしているのを見て、悦に浸っているのか。
それとも、見た目の良い彼女をそういった欲望の吐け口に使っているのか……。
まあ、そういうことをしていたら、こいつは舌を噛み切って死にそうなタイプだし、それはしていないのか。
多分、死なせるよりも苦しんでいるところを見たいんだろうな。
おお、怖い。近づいたら俺もやられそうだし、絶対に目も合わせないようにしないと。
「大変、だったんだな……」
別にそんなこと思ってないけど。
生きてたらそんなこともあるんじゃない? 俺はごめんだけど。
「……ごめん。こんなこと言われたって、あなたは反応に困るだけなのに」
顔を伏せてそんなことを言うシルク。
分かってんだったら話してんじゃねえよ。余計な情報知ってしまったじゃねえかよ。
本当に口封じみたいな展開にはならないよね? 大丈夫だよね?
『クズらしい思考をしている場合じゃないよ! 彼女を助けないと……!』
魔剣は案の定そんなことを言ってくるが……。
いや、無理だぞ。
俺はそうハッキリと断言した。
『君ってやつは……そこまでクズなのか!!』
今までの怒りよりも真剣みを帯びた強い怒気が伝わってくる。怖い。
クズじゃないわい。
というか、助けるつもりが毛頭ないのは事実だが、仮にあったとしても俺にはどうすることもできないぞ。
そう。俺は何も、自分の身可愛さだけで助けることができないと言ったわけではないのである。
『な、何で……!?』
……本当に理解していないのか?
この魔剣が助けると言っている内容は、おそらくシルクを奴隷という立場から解放するものなのだろうが……。
いや、何でもクソも……奴隷制度って、別に禁止されているわけでも違法でもない合法の制度だぞ?
まあ、こいつの両親を謀殺したってことは証拠さえあればプリーモとかいう性悪貴族を糾弾することはできるだろうが……奴隷どうこうに関してはまったくできない。無理である。
俺がこの国の体制に口出しできるような大貴族やそれに類する力を持っていたのであれば奴隷という制度にも突っ込むことができたかもしれないが、ただの寒村の人間に何とかすることなんてできない。
お前が義憤に燃えているのは別に良いし知ったことではないが、国の体制そのものと強大な権力を持つ貴族を相手にして俺に何ができるというのだろうか。
何もできず、人知れず処分されるだけだろう。身の程を知れってことだな。
『そ、そんな……』
愕然とした声を漏らす魔剣。
残念だったな。お前が寄生する俺は、力なんてろくに持ってない性格の良いイケメンでしかない。
ほら、俺から離れて力のある奴を適合者にした方がいいぞ。
マガリとかどう? あいつは性格が良くて聖剣にふさわしいと思うですはい。
とりあえず、奴に押し付けておこうと考えていると、シルクがさらに話しかけてきた。
「……でも、私には夢がある」
「夢……?」
興味ないっす……。
ただ、夢を持つということを俺は否定しない。
『嘘……君なら夢じゃなくて現実を見ろ、とか言いそうなのに……』
そりゃあ、夢ばかり見ていたらそう言うかもしれないが……目標とするのであれば別にいいじゃん。
俺だって、金持ちで甘い女を捕まえることを夢……いや、目標にしているしな。
「……そう。王都演劇団に入って、たくさんの人の心を動かすような演劇をすること……。それが、私の小さいころからの夢」
そう言うシルクの表情は、無表情ながら強い意思を秘めているように見えた。
そう……。興味ないけど。
というか、王都演劇団ってなんだよ。
『確か、この国で一番大きくて立派な演劇団じゃなかったかな。王都を拠点にしていて、自前の劇場も持っているから、数多くある劇団の中でもトップを走る演劇団だね。歴史と伝統もあるし』
何百年も打ち捨てられていたお前が知っているということは、それくらい前からあるということだもんな。
……そんな凄い所に、こんな薄暗い場所で一人練習していて入れるものなのか? 無理じゃね?
ここは、現実を教えて俺も練習に付き合わなくてよくなることを狙った方が……。
「日中はこき使われて忙しいけど、夜になると演劇の練習もできる。コツコツ努力を積み重ねて、いつか……」
夜空を見上げるシルク。
その目には、多くの人が詰めかけた劇場の中で、華やかな衣装に身を包んだ自分が楽しそうに演劇をしている姿でも映っているのだろうか?
「大変じゃないか?」
「……あまり寝る時間はない」
無表情のシルクを見れば、疲れているのかさっぱりわからん。
しかし、すぐに彼女は首を横に振った。
「でも、私の夢。夢のために頑張っていて、大変だと思うことなんてない」
そう言うシルクの表情は、しっかりとした思いを持った強い人間のするものだった。
ほーん。まあ、俺も分からんでもない。
『嘘……』
何でお前が反応するんだよ、魔剣。
俺だって、夢のために毎日努力を欠かしていない。
そう、金持ちで甘い女を捕まえるために、俺はこのクソ気持ち悪い猫かぶりを物心が付いたころから続けているのだ。
絶対に報われないと世界を呪い殺してやる……!
「……それに、最近はアリスターとも会えた。この時間は、とても楽しい」
俺の袖を小さく摘まんで、何とも殊勝なことを言うシルク。
俺は苦痛で仕方ないわ。
「……アリスター」
「うん?」
シルクは、うっすらと演技ではない本当の笑顔を俺に向けてきた。
「私の夢をかなえるまで、付き合ってくれる?」
ふっ……嫌だぜ。
ただでさえ、危険な夜の王都に出てこいつの演劇練習に付き合うのも嫌だったのに、こいつの背景があんな濃いものだと知って、誰が付き合ってやるか。
絶対に厄介ごとがある。ここは、速やかにフェードアウトすることこそが肝要……。
『せめて……せめて、これくらいの手助けは……!』
ぐあああああああああああああああああああああああああっ!?
また頭痛かテメエエエエエエエエエエエエエエ!!
「あ、ああ……」
俺はまたあっけなく屈してしまった。
俺の返答を受けて、シルクは本当に嬉しそうに笑った。
俺は悲しくて仕方ない……。
『これからは、シルクを所有しているプリーモがご両親を殺した証拠を集めて、彼女を解放しよう!』
さらに、魔剣が脳内で言うことにぎょっとしてしまう。
バカかこいつ。
やだよ。目つけられたらシルクの両親みたく殺されるじゃん。
しかも、俺は彼らのように貴族でもないため、謀殺されるまでもなく適当に殺されるじゃん。
そんなの、嫌じゃん?
『やろう!』
あああああああああああああ!! わかりましたぁっ!!
この時、俺たちを見ている人影に、俺もシルクも気づくことはなかったのであった。