最終話 偽・聖剣物語
【攫われた聖女を助け出した勇者。
たとえ、自分がどれほど傷つこうとしても、自分の唯一の対等な存在を見捨てることはできなかった。
世界を手中に収めんとする悪辣な敵によって、自分という存在を多くの人々から消される。
それが、どれほどのことか分かるだろうか?
今まで積み上げてきたものが、全てあっさりと無に帰されるのである。常人であれば、耐えられるはずもない。
自暴自棄になり、罪を犯す者だって多いだろう。
だが、勇者はそんなことは絶対にしなかった。
人々に忘れられて、心無い言葉を投げかけられたとしても、彼らに対して害を加えることは一切なかった。
それどころか、彼らに迷惑をかけまいと、たった一人誰もいない場所に向かったのである。
その自分を殺した献身性は、もはや涙なくして語れるものではない。
だが、それでも聖女マガリだけは彼のことを忘れることはなかった。
彼女は大敵フロールに接触されるという危険を冒しながらも、それでも単身勇者を探し出す。
その勇者を想う愛は、ただの勇者と聖女の関係を大きく超えるものだったのだろう。
圧倒的な力を見せつけて彼女をさらったフロールに対しても、勇者は決してあきらめることはなかった。
つまり、彼からも聖女に向ける無償の愛があったのだろう。
傷だらけになり、瀕死の状態になりながらも聖女を救い出した勇者。
悪辣なフロールが往生際の悪さを発揮して自爆を目論むと、勇者と聖女は疲弊しきっているにもかかわらず、これの対応に当たる。
彼らだけなら逃げ出すことだって可能だったのに、この爆発が他の者たちに多大なる被害を与えると知った彼らは、自らの危険を顧みずに立ち向かったのである。
その後、二人……とくに、勇者アリスターは甚大なるダメージを受けた。
生死の境を何か月もさまようような大きな負傷。その間、聖女マガリはひと時も彼の側を離れることはなく、献身な介護を続けた。
聖女の優しい心根と美しさに惹かれていたのは、王子を筆頭に多くの男たちがいたのだが、この関係を見て身を引くことができない愚か者はいなかった。
それゆえ、勇者アリスターが目を覚ましてすぐに、彼らの結婚式が挙げられることになったのである。
勇者と聖女の結婚。それは、遥か昔から続けられてきた伝統とも言えることだ。
彼らはそれを聞いて大いに驚き、『まだ自分たちにはやるべきことがある』と言って謙遜していたが、彼らの関係性が明るみに出た今そのことを聞く者は誰もいなかった。
これには、照れもあったのだろう。
結局、彼らは嬉しげに笑ってその結婚式を受け入れたのであった。
それは、王国にとって非常に大きな祭典となり、今代にまで『結婚祭』という祭りにまでつながっており、この日に多くのカップルが結婚をすることは誰もが知るところである。
死ぬときまで仲睦まじかったと言われている勇者アリスターと聖女マガリのことをかんがみ、自分たちもそのような夫婦でありたいとする者たちがこうして結婚するのである。
多くの人々から祝福される中、誓いのキスをした勇者アリスターと聖女マガリ。
しかし、彼らにすぐさま安寧の日々が訪れたわけではない。
この世界にはまだ悲しみ苦しんでいる者が多く存在し、そしてそんな彼らを二人は見捨てることなんてできなかった。
そのため、結婚した後も彼らは降りかかる巨大な苦難にも立ち向かった。
大女優を狙った大国との大戦争。人魚姫を狙う巨大幽霊艦隊との海戦。勇者教と巨大カルトとの宗教戦争。竜人を手中に収めんとする邪竜との怪物大戦。聖女マガリを狙う魔王軍との人魔大戦。そして、勇者アリスターを起点に勃発した神々との最終戦争――――ラグナロク。
常人ならばもちろん、世界ですら耐えられないであろう強大にして凶悪な苦難が彼らを襲った。
途中で折れ、崩れ落ちることだって十分に考えられる。
だが、それでも二人は決して折れることはなく、それらの苦難を次々に打ち破り、ついには世界中の人々を救って見せたのである。
もしかすると、彼らが一人ずつしかいなかったのであれば、その偉業を為すことはできなかったかもしれない。
彼らは二人で一つ。常に共に在り、苦楽を分かち合っていたからこそ、成し遂げられた栄光なのだろう。
この世界から暗黒を打ち払い、光を齎した勇者アリスターと聖女マガリの伝説を記した本書は、ひとまずここで終わりとしよう。
だが、彼らが成し遂げた偉業と今の時代にまでつながる功績は、この一冊に書き記すことのできないほど膨大なものである。
したがって、歴史専攻者やより知りたいと思う者は、まだタイトルは決まっていないが私の書く続きの本を手に取っていただけるとありがたい。
私たちも勇者アリスターと聖女マガリを模範とし、隣人を愛し助け、世界のために己を捧げるような人材になるよう励むことを確認しながら、少しでも彼らの背中に近づけるよう努力するべきだろう。
では、また】
『聖剣伝説』最終章より抜粋。
◆
外から聞こえてくる大きな歓声や笑い声。
王都は人も多くていつも賑やかなのだが、普段のものよりも数倍はうるさい。
控室とされている場所に俺とマガリは入り込み、誰もいなくなったことを確認し、さらに扉と窓がしっかりと締め切られていることを確認して……。
「「おええええええええええええええええっ!!」」
二人揃って口元をめちゃくちゃ拭いまくった。
おい! 俺がぬぐうのは良いけどお前はダメだろ! 失礼だろ!!
何故こんなことをしているかというと、俺とマガリがキスをしたからである。
……いや、俺たちがやりたくて自ら進んでやったわけではない。当たり前のことだが、そういうことをしなければならないような状況に追い込まれた結果である。
訳のわからないことだが、俺とマガリは結婚をすることになっていた。
そして、つい先ほどその大々的な結婚式が終わったのである。絶望だ。
「ちょっと! この私とキスできたのに嫌がるってどういうこと!? こんな美少女なのに……頭おかしいんじゃないの!?」
「お前だってめっちゃ口拭いてるだろうが! 大体、それを言うんだったら俺みたいな超絶イケメンのファーストキスをもらっておいて何だその態度は! 土下座して感謝しろ馬鹿野郎!!」
「あぁん!? 野郎のファーストに価値なんてあるかボケェッ!!」
「あるんだよ!! 他の野郎になくても俺レベルだとあるんだよ!!」
ガルルッと唸りながら怒鳴り合う俺とマガリ。
かなりの至近距離で睨み合う。ちっ、ムカつく顔しやがって……!
『君たち元気だねぇ。お似合いカップルだよ』
「「カップルじゃねえ!!」」
魔剣の馬鹿の言葉に、俺とマガリは思わず声をそろえて否定してしまう。
こいつもなんだかんだで壊れていなかったし……最悪だ!
俺の代わりに死んでくれていてもよかったのに。
クソ! 馬鹿共が……! なにトチ狂って結婚式なんかさせてんの!?
エリア! ヘルゲ! お前らマガリが好きなんじゃなかったの!?
なに諦めてるんだ! 何でそこで諦めるんだ! やれるやれるできるできる!!
……なんて言ってももう遅いんですけどね。ちくしょう!
外堀完璧に埋められてるし勝手に進められていたから後から拒否することもできねえし!
国費出てる結婚式だからトンズラもできねえし!!
よりにもよって、こいつと結婚する羽目になるし……!!
「…………ッ!!」
マガリも同じ思いなのだろう、ちょうど睨みつけてきたので睨み合いである。
こいつと結婚してもメリットないじゃん! 楽な人生送られないじゃん!!
ふぅ……まあ、仕方ない。
ここは諦めて、マガリに寄生するとするか。
「じゃあ、マガリ。俺の代わりに働いてお金稼いできて。家事もよろしくな。聖女だし適当に国民に愛想振りまくだけでいいんだろ?」
「じゃあ、アリスター。私の代わりに働いてお金稼いできて。家事もよろしくね。勇者だし国民庇って血みどろの戦いするだけでいいんでしょ?」
「「……殺すぞ!!」」
ダメじゃん! どっちも寄生する気満々だからダメじゃん!
取っ組み合いをする俺たち。お互いの頬を引っ張り合う。
くそ! ムニムニしやがって……どこまでも伸びそうだって痛い痛い! 爪立てるのは止めろ!
『まあ、今はそういう風に楽しんでおきなよ。これからも、君たちは世のため人のために活動していかなくちゃいけないんだからね』
「「嫌だ!!」」
魔剣の言葉に、俺とマガリは仲良く拒絶する。
俺は絶対にあきらめんぞ……!
「絶対に……絶対に俺だけは逃げ切ってみせる……!!」
偽・聖剣物語 ~幼なじみの聖女を売ったら道連れにされた~ 終わり。
最終話です!
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
読者の皆様に感謝です。
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それでは!