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【書籍化・コミカライズ】偽・聖剣物語 ~幼なじみの聖女を売ったら道連れにされた~  作者: 溝上 良
最終章 アリスター消失編

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第152話 恋人同士じゃない、だと……!?

 










 地面から空に伸び、そして振り下ろされる数々の数えることもおっくうになるような黒い腕。

 それらは固く拳を握りしめ、地面に倒れるフロール目がけて何度も何度も、執拗に振り下ろされた。


 ズガン! と彼の身体を捉えきれなかった拳が地面を砕く。

 硬く舗装された大地を簡単に砕いてしまうほどの破壊力があるということを示していた。


 そして、そんな破壊力十分の拳を、絶え間なく全身で受け続けるフロール。

 寿命を代償にパワーアップした彼は、攻撃力だけでなく防御力も飛躍的に向上している。


 だからこそ、地面に叩き付けられても息があったのだが、あれは常人なら間違いなく命を落としていた。

 そんな高い耐久性のあるフロールであったが、それが今仇となっていた。


「がっ!? ぐっ、ぎゃっ!? た、たずげ……ぎゅぶっ!!」


 フロールの悲鳴が小さく上がり、助けを求める声は顔面を拳で打ち砕かれたことによって強制的に中断させられる。

 地獄、地獄だ。彼が今味わっているのは、まさしく地獄である。


 反撃も、逃げる隙も与えてくれない。

 ただただその場で突っ伏し、振り下ろされる硬い拳を受け続けるしかない。


「はぁ、はぁ……! えっ……?」


 唐突に黒い腕が消える。

 いきなり地獄から解放されて、フロールは喜ぶよりも困惑した。


 何故今になって解放されたのか? アリスターをチラリと見るが、未だに全身から黒い瘴気を立ち上らせており、元の彼に戻ったということはない。

 だったら、何故……?


 その答えは、すぐに分かることになった。


【オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!】


 アリスターが咆哮を上げて天を見上げる。

 すると、快晴だった空に暗雲が立ち込めはじめた。


 そして、その黒々とした雲は瞬く間に青い空を覆い隠していき、辺りは太陽の光が届かない暗黒の世界へと変わってしまった。

 何よりも異質なのは、その黒い雲がアリスターの上空を渦巻くようにして蠢いている点である。


 まるで、海に生じる渦潮のように、黒い雲がとぐろを巻いているのである。

 それは、離れた場所で戦闘を行っていた者たちもその手を止めて、呆然と空を見上げるほどの光景だった。


 ズズズ……とその渦から現れたもの。

 それは、黒く染まり脈動するように紅い筋がいくつも走っている巨大な巨大な拳だった。


「はっ、はは……っ」


 全身を殴打され、逃げるどころか立ち上がることすらできないフロールは、仰向けに寝転がりながら視界に入る天災を見て、渇いた笑い声を上げた。

 ああ、そうだ。残酷な世界を少しでも優しくしたい。


 そのために、強大な力を手に入れて、世界の頂点に自分が君臨しようと考えていた。

 これだけの力だ。それこそ、人間が相手ならばそうそう負けることはないだろう。


 その自信があったし、事実それだけの力があったからこそ彼に多くの同志が集まったのだ。

 だが……目の前にいるアリスターには、勝つことはできなかった。そもそも、無理なのだ。


 天災を相手に、人間が勝てるはずもない。


「次元が……違う……」


 そう呟いた瞬間、倒れるフロール目がけて空から巨大な拳が落とされた。

 大質量の……それこそ、隕石と変わらないそれは、うっすらと笑みを浮かべるフロールの身体を容易く破壊したのであった。











 ◆



「ぎゃあああああああああああああああああ!! あいつ私がいるって分かってないな!!」


 吹き荒れる暴風は凄まじかった。

 拳がフロールを破壊せんと振り下ろされ、地面に衝突した瞬間に、巨大な魔法が炸裂したような爆音と爆風が吹き荒れた。


 強固な造りの建物も簡単に瓦解し、瓦礫が飛びまわって非常に危険だ。

 そして、そんな爆心地にいた何の戦闘能力も持たないマガリは非常に危険な状態にあった。


 ゴロゴロと地面を転がり、アリスターに対する呪詛を吐く。

 それでも彼女が大きな怪我を負うことはなかったのは、近くに転がっていた聖剣が魔力の壁を作って彼女を守ったからだろう。


 今の聖剣は禍々しい雰囲気をあまり発していないので、純粋な聖剣だった時に使えた力も使用できるようになっていた。


『……やっぱり、僕がおかしくなったのってアリスターのせいじゃん』

「アリスターとフロールは?」


 ようやく衝撃が収まり、マガリは爆心地へと目を向ける。

 そこにいたのは、ピクリとも動かなくなったフロール。


 大きくて分厚い身体は、ところどころぐにゃりと曲がり、その厚さも薄くなってしまっていた。


「……えっぐ。魔剣、あなたの力?」

『そんなわけないじゃん……』


 マガリも聖剣も、この力には呆然とするしかない。

 彼女にとって能力を奪って殺すと言っていたことから、目下の脅威であるフロールが無力化できたのはよかった。


 ただ、問題は……。


「……アリスター、あのままなんだけど」


 そう、肝心のフロールを打ち倒したアリスターが、全身から瘴気を漂わせているままなのである。


「ふ、フロールさん!?」

「お前がやったのか!? 生かして帰さんぞ!!」


 天変地異が起こり、フロールを心配してやってきた彼の同志たち。

 巨大なクレーターの中心で沈んでいるフロールを見て、彼の眼前に立っている黒い男――――アリスターに怒りと敵意をぶつける。


 そして、彼らは魔法での攻撃や接近戦を仕掛けて……。


『ダメだ!!』


 そんな聖剣の言葉は、当然のことながら彼らに届くことはなかった。


【オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!】


 雄叫びを上げて地面を蹴り砕くアリスター。

 すると、再び地面が黒く染まり、そこから黒い腕が大量に伸びる。


「ぎゃああああああああああっ!?」

「うわあああああああああ!!」


 そこからは、一方的な蹂躙である。

 迫りくる魔法攻撃は簡単に腕が跳ねのけ、代わりに拳のカウンターをくらわせる。


 接近戦を仕掛けようとした者たちは、そもそも近づくことさえ許されない。

 一方的に、数々の腕によってなぎ倒されていった。


「あー……あれ、死んだんじゃない? 力強いわねぇ……」

『ちょっと! のんびり言っている場合じゃないよ! アリスターを何とかしないと……世界とまでは言わないけれど、少なくともこの国は大変なことになるよ!』

「国はどうでもいいから……」

『冷たい!』


 マガリと聖剣がいいあっている間にも、フロールの仇をとろうと襲い掛かった者たちは皆黒い腕になぎ倒されていった。

 結局、アリスターに攻撃を届かせることもできない圧巻の力の差を見せつけられ、彼らは皆地面に倒れることになったのであった。


「うわぁ……死屍累々じゃない……」

『のんきに言っている場合!? このままだと、マーラたちの場所に行って仲間の彼女たちまで攻撃しちゃうんじゃ……!』


 基本的に他人なんてどうでもいいマガリも、自分を助けに来てくれた人たちにあの状態のアリスターをぶつけるのは、流石に気が引けた。

 聖剣の言う通り、何とか彼を止めようとするのは構わない。


 だが……。


「……止める作戦なんてあるの?」

『うっ……』


 あの状態のアリスターを止める手段は、聖剣を以てしても思い浮かばなかった。

 というか、何百年という長い年月を経て得た知識があるのだが、アリスターみたいな存在は今までいなかった。


 そもそも、あの黒い力が魔法のものなのかさえ分からないし、何故意識がなくなっているのかもわからない。


『アリスターの中に、何かいるのか……?』


 そんな仮説も立ててみたのだが……それは、今の彼をどうにかするために役立つことではなかった。

 そんな聖剣を見て、マガリは……。


「はぁ……仕方ないわね。まあ、あいつがあんな状態だと面白くないし」

『えっ? ちょ、ちょっと! 危ないよ!』


 やれやれと息を吐いたマガリは、そう言って歩き出した。

 その先にいるのは、未だに天変地異を引き起こすほどの圧倒的な力を辺りにばらまいているアリスターである。


 何の備えもせず、大して怯える様子もなく平然と歩み寄って行くその姿に、聖剣は慌てて彼女を止めようとするが、その言葉も聞くことなくスタスタと歩いて行く。


【オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!】


 大暴れしたままのアリスター。

 その力は少し掠っただけでも人の命を簡単に奪うことができるほどのものだ。


 無効化能力は持っているものの、それ以外は一般人と同様……もしくはそれ以下の身体能力であるマガリならば、あっさりと死んでしまうだろう。

 だが、そんな暴走しているアリスターに近づいて行く彼女の顔に、怯えの色は微塵もなかった。


 なぜなら、彼が自分を傷つけるようなことをするはずがないから。

 事実、周囲の建物などをめちゃくちゃに破壊しているが、その黒い腕はマガリには一切向けられることはなかった。


 そのため、瘴気を噴き出させる彼の元に簡単に近づくことができ、マガリは……。


「――――――ありがとう」


 そう言って、アリスターの黒い身体をふわりと抱きしめた。


「フロールと戦って、倒してくれてありがとう」


 それは、純粋な感謝の気持ち。


「本当は嫌だったでしょうに、私を追いかけてきてくれてありがとう」


 アリスターに対する、慈愛の気持ち。


「私を助けてくれて……ありがとう」


 何よりも、嬉しいという気持ちが溢れていた。

 そんなマガリの言葉を受けて、強張っていたアリスターの身体から力がゆっくりと抜けていく。


 空を覆っていた黒々とした渦巻いていた雲はゆっくりと消えていき、大地から噴き出していた黒い瘴気と腕もスッと消えた。


『マガリ……』


 その光景に、聖剣は懐かしいものを思い出した。

 かつての光景。古い記憶。


 人々を慈しみ、その慈愛で優しく抱きしめ王国の象徴とまで言われた彼女。

 聖女の原点である彼女の姿を、聖剣は思い出していた。


 そして、今のマガリは本当にあの時の聖女そのものの姿で……。

 聖剣がそんなことを考えていると、スーッとアリスターの身体から黒が抜けていった。


「……何俺に抱き着いてんだ、お前。俺のこと好きなの?」

『アリスター!』


 声を発したアリスターに、聖剣は歓喜の声を上げる。

 徐々に黒い瘴気が消えていく彼の声は、どこか呆れた様子だった。


 疲労しているのだろう。しっかりと自分の脚で立っていることができないようで、体重の半分ほどを抱きしめてくるマガリに預けていた。

 彼女も嫌がり避けることなく、むしろ強く抱きしめその体温と息遣いを感じるようにしていた。


 二人の関係性が露わになっていた。


「そんなわけないでしょ。大人しく抱っこされときなさい」

「いや、抱っこって感じじゃないけど……」

「何よ。嫌なの?」


 ムッとしたように頬を膨らませるマガリ。

 アリスターは膝を曲げているため、多少身長差のある彼女とお互いの肩に顎を置くようにしているため表情を見ることはできないが、柔らかな頬が当たったためだいたい察する。


 それに、そもそも嫌なのかと言われると……。


「……いや、別に」

「じゃ、いいじゃない」

「……そっか」


 満足したような笑みを浮かべるマガリ。

 それに対して、アリスターもスッと目を閉じる。


 大きなクレーターや残骸となった建物、そして死屍累々のフロールたちというまさに激戦地というような場所で、何とも穏やかでほんわかとした空気が流れる。


『これで恋人同士じゃない、だと……!?』


 何よりも戦慄していたのは、聖剣だった。




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