第15話 厄ネタじゃねえか……!!
な、何故に……?
付き合うという言葉を聞いて、男女の関係うっほうとはならない。
俺は都合の良い女を見つける前に古傷は作らないと心に決めているからである。
というか、いくら演劇の練習でも夜中に一人でやっている奴なんて怪しすぎて心を許すことができない。
『君なんかに心を許す相手っているの?』
いないけど。
「……演劇は多くの人に見られる。でも、私はずっと一人で練習していたから、人に見られてやるっていうことができなかった。あなたには見られてしまったから、お願いしちゃおうって……」
図太すぎるぞ、このクソ女。
なるほど、確かに演劇はたくさんの人に見てもらうことが目的だし、理由は分かる。
だが、それで俺が付き合ってやる道理がどこにあるというのだろうか?
それに……。
「場所は……?」
「……ここ。ここしかない」
「時間は?」
「……この時間。昼間は忙しいから」
ひぃぃぃっ! 危険がいっぱいの夜の王都で明らかに戦えなさそうな女と二人きり!?
俺に死ねってのか!!
そもそも、その付き合いとやらはいつまで続くのだろうか?
今でこそ最高級宿での生活を謳歌するつもりだが、この魔剣を王族やらヘルゲやらに押し付けることが終われば、マガリをせせら笑いながらこの王都をおさらばする予定なのだ。
できることなら、都合の良い女に目星をつけておきたいところだが……。
ま、ともかく、この女に付き合う理由は微塵もないということである。
俺の答えは、もちろん拒否である。
「いや、悪いけどお断り――――――」
しっかりと拒絶の言葉を言おうとしたのだが、俺の口がガチン! と音を立てて強制的に閉じられた!
これでは、拒否の言葉を話すこともできない!
俺の意思にかかわらず強制的に身体が動かされたということは、犯人はこいつしかいない。
何すんだ魔剣!?
『何すんだじゃないよ! 彼女をこのまま一人で練習させるつもりかい!? そんなの、聖剣として認められないよ!!』
知るか!! 何で初対面の奴のためにそこまで命懸けなきゃならんのだ!!
今は暴漢の影もないが、いつか絶対来るだろう。
そんな連中と事を構えるなんて絶対に嫌だ。
危ないことに積極的に近づいていく馬鹿が、どこにいるというのだろうか。
俺は帰る!! もう二度とここに来ることはないだろう!
俺は力強く脚を踏み出そうとして……。
『また来よう!!』
うわあああああああああああああああああああっ!? 頭がああああああああああああああ!!
頭痛がひどい!! これ、マジで魔剣だろ!!
拒否したい……その気持ちはいつにもまして強いものだ。
だが、俺はこの頭痛を耐えてまでその言葉を吐くことができなかった。
農作業によるマメすら作ることのなかった俺は、痛みに対する耐性が微塵もないのである。
「わ、分かっだ……! まだ……ぐるよ……!!」
「ありがとう。……何でそんな複雑な顔つき?」
嫌々だからだよ!!
血を吐くような苦しみを持って、望まぬ言葉を言ってしまう。
あぁ……どうして俺がこんな目に……。
……まあ、マガリが俺以上に苦しんでいることを思えば、心が少しスッとする。
「……名前、教えておく。これから何度も会うだろうから」
そう言うと、女は手を差し出してきた。
……なに? その薄汚い手。
「……シルク。あなたは?」
……自己紹介か。名前教えたくないな。
『ダメだよ』
……頭痛は止めろよ。
「……俺はアリスターだ」
「……よろしく、アリスター」
女――――シルクは、初めてうっすらと表情を緩めて笑みを浮かべるのであった。
よろしくしたくない。
しかし、俺は細くて柔らかい手と握手をするのであった。
はぁ……次来るときに殺されてないかな、こいつ。
◆
結論から言うと、残念ながらシルクが暴漢に殺されていることはなかった。
次の日も、また次の日も……俺は危険な夜の王都にビクビクしながら出歩き、シルクの元に向かった。
クソ……掃き溜めみたいな連中は何をしているんだ!
シルクも俺ほどとは言わないもののそれなりに整った容姿をしているのだから、さっさと襲わないか!
というか、俺をここに残して行ったヘルゲは何をしているのか。
さっさと報告をして、魔剣を奪い取ってくれよ。
この間、マガリも顔を見せないし……。
……俺の顔を嘲笑いに来る余裕がないほど追いつめられているのだとしたら、心が躍る。
あぁ……一度くらい、あいつが本気で苦しんでいる姿を見てみたいものだ。
今苦しんでいるのは俺だがな!
最初の方は、ただシルクのつまらん演技を見ているだけでよかった。
それなのに、次第にやつはさらに俺を利用し始めて……。
「ああ、どうしてあたしを置いて行ってしまうの」
切なげな表情を浮かべながら俺を見上げてくるシルク。
それを、俺は内心死んだ目で見返していた。
……そう、こいつは俺にも演技をさせ始めたのである。信じられない。
というか、こいつ普段は無表情で愛想の悪いくせに、演劇をしている時は表情がコロコロ変わるし声にも抑揚があるんだな。
最初からそうして俺の気分を良くしろや。毎回空気に気を遣って話するの大変なんだよ。
俺はチラリと渡された台本を見下ろし、自分にあてがわれたセリフを読む。
「……すまないな。だが、俺には行かなければならない理由があるのだ」
無論、棒読みである。
どうしてこんなことで、本気になって演技をしなければならないのか。
「理由? それって何? 私よりも大事なことなの?」
面倒くさい奴の言いそうなことだな、どっちが大事って。
まあ、俺は俺だけが大事という確固たる芯を持っている。
「……君よりも大切なものはないさ。君を守るため、俺は戦いに赴くのだ」
「そんな……」
他人を守るために戦うとか意味わかんなーい。
自分のために戦うんだったら理解できるが……。
愕然とした女の演技をしているシルクを見ながら、俺は内心で笑っていた。
「分かったわ。男が戦場に行くのを、女が止めることなんておかしいもの。それも、私のために戦ってくれようとする男を……」
とめろや。
俺の場合はとめろや。
内心で憤っている俺の胸に、シルクが寄りかかってくる。
ふと感じる柔らかさや匂いは女のものだが……この程度で俺の心は揺るがない。
金持ちで甘やかしてくれる女を持ってこい。
だから、濡れた目で俺を見上げてこられても、俺の心は冷めきったままであった。
「その代わり、証を残して行って……。私と一緒にいたということ……私を愛してくれていたということの、証を……」
「お前……」
愛してなんかいないぞ。
そういう台本なのだが……なんだ、エロい演劇なのか?
演劇なのにエロに走っていいの? 俺もろくに見たことないから適当に言っているけど。
シルクは俺の身体に抱き着いてきて、何とも物欲しそうな艶のある顔で見上げてくる。
他人の体温って気持ち悪いから嫌いなんだよな……離れてくれない?
しかし、シルクはより柔らかな身体を密着させるように迫ってきて……。
「……終わり」
後少しで顔が触れ合うというところまできて、いつもの無表情に戻してスッと離れた。
よかった……後少しで手が出ていたかもしれない……。
「……アリスターは演技が下手。格好いいのに、もったいない。笑わないようにすることが大変だった」
真面目にやる気がないからな。
しかし、そうか。俺は格好いいか。
ふっ、妥当だな……。
というか、笑わないようにするのが大変だっただと? こいつ、俺を侮辱してやがるのか?
「ははっ。演技は苦手だからね」
『どの口が言っているんだろう』
自分のため以外に演技はできないしするつもりもないので、嘘ではないぞ。
「……ありがとう、アリスター。あなたのおかげで、練習の幅も広がって上達していっている気がする」
気のせいじゃない?
俺はお前の演技を見ても、心に響くものはなにもなかったのだが……。
『いや、実際に凄くうまいよ。情景が見えてくるし、感情が引き起こされるよ。思わず僕も涙が……』
無機物が何言ってんだ。
しかし、俺よりも無駄に経験がありそうな魔剣が言うのであれば、それは本当なのかもしれない。
俺のいた寒村に劇団が来るはずもないので、演劇を俺は一度も見たことがないからな。
「……アリスター」
「なんだ?」
そんなことを考えていると、シルクが声をかけてくる。
なんだ、いつも何を考えているかわからない感じなのに、今は少し照れて緊張している様子が伝わってくる。
正直、もじもじが気持ち悪い。
「その……いつものお礼……」
そんなことを言って、シルクが差し出してきたのは……。
「……弁当?」
布に包まれた箱らしきもの……明らかに弁当だった。
うわー……俺、他人の手料理って料理人でもない限りキツイんだよな。
何が入っているかわかったもんじゃないし、不味かったら気遣わないといけないし、食べた後も腹壊すかもしれないし……。
……よし、拒否るか。
俺はニコニコ笑顔で拒否しようとして……。
『もし拒否したら、僕のありったけを使って……!』
頭の中でとんでもなく恐ろしいことを言う魔剣。
わ、分かった。分かったから頭痛は止めて……。
「ありがとう、いただくよ」
いただきたくないけど。
腹壊したりしたらどうしよう……。寒村でも、適当なおばちゃんたらしこんで質のいい食糧を分けてもらっていたから、胃が強いわけでもないんだよなぁ……。
マガリもおっちゃんに対して似たようなことをして食糧をかすめ取っていた。薄汚い野郎だ。
そんなことを考えながら弁当箱を開ける。
……見た目は悪くない。匂いを嗅いでも、あからさまに腐っているようなことはなかった。
流石に毒ということは分からないが、シルクが俺にそこまでする理由もないだろう。
……しかし、怖いことは怖い。
俺はおそるおそるといった様子で弁当箱の中に入っていたものを口に入れて……。
「おっ、美味い」
まともなものだったら何でもよかったのだが、かなり美味しかった。
それこそ、寒村ではなかなか食べたことがないほどだ。
まあ、つい先ほど最高級宿で素晴らしい料理を食したから感動もあまりないが、しかし十分すぎるほどである。
「……本当?……よかった」
ほっとしたような笑みを浮かべるシルク。だから、最初からそういう風に表情を出せ。
あと、ちゃんと俺の前に誰かに食わせろよな。俺を実験台にしてんじゃねえぞ。
意外にいけたので、俺はガツガツと食べていた。
といっても、がっつくほど美味しいというわけではない。
ただ、この危険な夜の王都でのんびりと飯を食べる気分にはならなかっただけだ。
残したら魔剣が頭痛を引き起こしそうなので、さっさと全て食べきってしまうのが吉である。
そう考えながら弁当を食べていると……。
「……付いてる」
シルクはそう言って俺の頬についていたものを指で掬い取ると、自身の口に含んでしまった。
……え、こいつ馬鹿なの?
言葉にして言えよ、気味悪いだろ。
これも、彼女の演技のうちなのかもしれない。
『疑いすぎだよ……』
それでも、俺は弁当を食べ続けて……。
「ごちそうさま。美味かったよ」
「……お粗末様」
完食した。うん、悪くなかったな。
嫌々ではあるが、練習に付き合ってやった甲斐があるというものだ。
これで、もう二度と俺を付きあわせなければ……そこまでは無理でも、この時間帯はどうにかしてくれませんかね……?
怖いんですけど。
「……楽しい時間をまた過ごすことができるなんて、思ってもいなかった」
シルクは空を見上げながら、そんなことを言いだした。
……なに、その不穏な言葉。
ま、マズイぞ。何だか嫌な予感がする……!
ここは、さっさとお礼を言って逃げ出すことが……!
しかし、それよりも早くシルクが口を開く。
「……アリスター。私――――――」
短めに切りそろえられた茶色の髪をかきあげ、彼女は無表情で言ってのけた。
「――――――奴隷なの」
とんでもない厄ネタじゃねえか……!!




