第146話 ここは俺に任せて先に行け!
「ここが、古都ヴィトリー……」
俺たちの目の前に広がるのは、立派な造りの建物。
しかし、そこに人の気配はまったくなく、荘厳さがあるのにもかかわらず伝わってくるのは寂しげな雰囲気だった。
そんな所を眼前にした俺の心境はというと……。
帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい。
もうこれだけしか考えていなかった。
『もうここまで来たんだから腹をくくりなよ』
うるせえ! 腹なんかくくれるか!
だって俺のためじゃないんだもん! 微塵も俺のメリットないんだもん!
助けたくもないマガリのためにめちゃくちゃ強そうな連中に突撃をかけるってすっごい嫌!
「どうしますか?」
「……ヴィトリーは都だった時もあるゆえに、非常に広い。聖女がどこに囚われているかはなかなか想像できないが……しいていうなら、古城だろう」
「確かに、一番立派な場所にいると考えた方がいいでしょうね」
ヘルゲとエリアがペラペラと話している。
古城ねぇ……。この古都の中心付近に見える一際高い建物……あれが、古城だろう。
「……今回は、マガリを救出することが第一目的です。だから、できる限り敵との接触は避けて彼女を確保、速やかに離脱することが最善だと思います」
とりあえず、理解されていなかったら大変なので、くぎを刺す意味を込めてそう告げた。
余計な戦闘をさせるんじゃねえぞ。
どうせ接敵したら先頭になって戦わなければならないのは俺になるんだからな。
「そうですわね。とりあえず、目の前に立ちはだかる連中をブッ飛ばせばいいんですわね」
俺の意見に同調するように頷くマーラだが、こいつ分かってねえだろ。
俺の言っていることと正反対のこと言ってるじゃねえか。
「勇者の言う通りだな。できる限り接敵は避け、無駄な戦闘は控えるようにしよう」
ようやくマシなことを言ったエリア。
……こいつ行く気満々だけど、絶対ダメだよな。王子だろ? 何戦場に突っ込もうとしてんの?
こいつ以外にも王位継承権持ってるやつっていたのだろうか? まあ、どうでもいいか。
そんなことを考えながら、古都ヴィトリーへ潜入する俺たち。
時折巡回しているフロールの手先みたいな連中もいたのだが、マーラの野性的なまでの勘と、水路に潜んで妨害工作を行ってくれたマルタのおかげで見つかることはなかった。
そのままひどく順調に進んで行って……。
「待っていたぜぇ……」
ついに、一人の男に見つかった。
筋骨隆々で、見るからに強そうな大男。俺だけなら絶対に関わらないような人種だ。
「よくここまで誰にも見つからずに来られたもんだ。歓迎するぜ」
「ちっ……貴様がフロールの……」
「ああ、部下の一人さぁ。この先にも、何人も待ち構えているぜ。雑魚の目から逃れることはできても、俺たちから逃げられるとは思うなよ」
忌々しげに顔を歪めるエリアに、大男は答える。
うーむ……こいつはフロールの言っていた魔王軍四天王に匹敵する部下だろうか?
こいつの言うことを信用するとすれば、この先に待ち構えている連中は俺たちが侵入していることにも気づいている。
つまり、奇襲は通用しないということか。
全面衝突はこちらも出血を強いられるからできる限り避けたかったのだが……とにかく、この大男を誰に押し付けるかだ。
俺は絶対嫌だ。見た目が強そうって言ってるもん。
さて、どうやって押し付けてやろうかと悩んでいると……。
…………ハッ!!
まるで、天啓を得たかのように、俺の身体に電流が走った。
「皆さん、ここは俺に任せて、先に行ってください」
「勇者!?」
「アリスターさん!?」
スッと彼らの前に出て、キリッとした表情で言う。
少しだけ顔を振り向くのがポイントである。
それに対して、驚きの声を上げるヘルゲとマーラ。
「こちらには数の利がある。貴様だけではなく、一斉にかかれば……」
「王子。最初にも言いましたが、この作戦は何も敵を叩き潰すことではありません。マガリの救出……それが第一目標です。可及的速やかにそれを行わなければなりません。ここで全員が足止めを喰らうと、敵の増援がやってくることだって考えられます。そして、足止めされているうちにマガリがまた別の場所に連れ攫われたら……今度こそ、彼女を見失うことになります」
「うむぅ……」
めっちゃ早口で言ってしまった……。
落ち着け、急くな。普通にやれば、達成できる。
「で、でしたら、わたくしも残りますわ!」
「いや、ダメです。マーラさんは非常に強い。奴の言うことを信じれば、奴と同等かそれ以上の敵がこの先も待ち構えているということになります。そうなったとき、一番頼りになるのがマーラさんです。ここで、俺と一緒に立ち止まっていては、戦力の大幅なダウンになります」
「うぅ……心配ですわ……」
一人ずつ意見を潰していく。
エリア、マーラ……俺の邪魔はさせん……!
「俺は大丈夫です。必ず後から追いつきますから。だから、マーラさんも気を付けて」
「……わかりましたわ」
男の決意の表情を見て、マーラは小さく頷いた。
あー……本当良い寄生先だ。生きて帰られたら養ってほしい。
「勇者……」
何とも言えない表情で俺を見るヘルゲ。
そんな彼に、俺は力強く頷いてみせる。
「マガリのこと、頼んだぞ……!」
「……ああ!」
これで、勝負は決した。
俺の意思に従って、彼らは先に向かおうと走り出す。
……あ、やっぱり精鋭の騎士を何人か肉盾に残してもらったらよかった……。
「おいおい、そう簡単に行かせるとでも思ってんのか?」
もちろん、敵の大男がそう言いだすことは想定していた。
見た目の筋肉に違わぬ力を見せつけ、近くに落ちていた瓦礫を拾い上げる。
そして、それをブンッと隣を走り去ろうとしているマーラたちに向かって投げつける。
直撃すれば大きなダメージは免れず、下手をすれば命の危険もあるような力強さで投げつけられた瓦礫。
まあ、それでもマーラならば何とでもしてしまえるのだろうが、俺は魔剣を抜き、それをスパッ! と見事に切り捨てた。
……俺というより、魔剣が操ってやったんだけどね。
まあ、そのおかげで、結局大男の妨害に足止めされることはなく、俺以外の連中は皆横を抜けて古城へと向かうことができた。
「お前も、そう簡単に妨害できると思っているのか?」
「ほう……」
ギロリとこちらを睨みつけてくる大男。
すでに彼の注意はこちらに向けられており、先に行った連中を追撃する様子はない。
その鋭い目は、俺をビビらせるには十分なのだが……今の俺は微塵も怯えていなかった。
なぜなら、俺の目的は完全に達成されたからである。
「ふー……」
うっひょおおおおおおおおおおおおおお!! うまくいったぜええええええええええええええ!!
先に行ったあいつら、ホントバカ! こういう展開の物語とか読んだことないのかな?
マガリとちょくちょく本を読んでいてよかったぜ……。
こういう敵が一人ずつ現れて親玉に迫っていくという展開の場合、仲間が一人ずつ残って主人公を先に行かせるという展開につながることが間々ある。
そして、そういう展開になった場合、往々にして最初に現れる敵が弱いのである。
親玉に近づいて行くにつれて、現れる敵の強さも強大なものになっていく。
つまり、一番楽をできるのは、この最初の敵なのである!
馬鹿め! この俺が『自分が囮になるから先に行け!』なんて言うわけがねえだろうが!
あいつらは俺以上に苦しく辛い戦いを強いられることになるのであり、何だったら俺はこいつを魔剣がぶっ倒した後、そのままマガリを助けに向かわずにスタコラ逃げ出すことだってできるのである。
素晴らしい……完璧な作戦だ……。
思わず自分にほれぼれとしてしまう。こんな頭の良いイケメンが存在してもいいのだろうか?
……と、そこまで考えて俺は身体を硬直させた。
「…………あれ?」
ふとおかしなことに気づいた。
いや、おかしいというより……不思議? 不可解?
そう、不可解だ。俺は魔剣に精神的な部分で憑りつかれており、そのためお互いの考えは筒抜け状態になっている。
全力で隠そうとすれば隠すこともできるかもしれないが、そんなことしようものなら頭痛を引き起こされるのでやったことはない。
だから、この完璧な計画も魔剣には筒抜けだったはずだ。
……それなのに、どうしてこいつは俺の邪魔をしなかった?
何かにつけて邪魔をして、妨害ばかりしてくる無機物。
そんなこれが、どうして……俺の邪魔をせず、俺の計画通りに物事を進ませた?
『あれ? 気づいていなかったのかい?』
…………なにが?
◆
「勇者は大丈夫だろうか……」
そう言うのは古城に向かっているヘルゲである。
彼の隣を走っていたマーラが、それに答える。
「アリスターさんは大丈夫ですわ! 彼はわたくしを救ってくださったヒーローですもの! ただ……」
スッと眉を悩ましげに寄せる。
「追いついてくるのは、大分後になるでしょうが」
その言葉に目を見開いたのはヘルゲである。
「な、何故だ? 勇者なら……」
勇者アリスターが強いことはマガリから又聞きをして知っている。
直接見たことはないから断言することはできないが、しかしそもそも彼は聖剣の適合者である。
聖剣は国宝にもなる凄まじい力を行使できる武器だし、何百年も現れなかった適合者として認められている時点で、アリスターは普通の人とは違うのである。
だから、そんな彼ならば、あの屈強な大男にも勝つことはできると思うのだが……。
「だって、あの男……信じられないくらい強いんですもの。おそらく、アリスターさん以外の皆で戦ったとしても、打ち負かされていたくらいに」
「なっ……!?」
ありえない。声を張り上げてそう叫びたかったが、ヘルゲはマーラの真剣な表情を見て黙り込むしかなかった。
そんなに……そんなに、あの大男は強いのか。
それを分かっていて、アリスターはたった一人で……。
「アリスターさんだって分かっていたはずです。それでも、アリスターさんは残られたんです。もう……男の人は、どうしてこんな格好つけたがりなんでしょうか」
むにむにと顔を歪めるマーラ。
しかし、次の瞬間には頬を赤らめた憧憬の表情を浮かべていた。
「……でも、すっごく格好いいですわ!」
◆
「……ふっ、流石は勇者ということか」
いきなり大男が口を開いた。
は? 何言いだしてんの、お前。いきなり褒められた? 俺まだ何にもしてないけど……。
あと、キャラ変わってない? 馬鹿そうな言動はどうした?
「いつから、俺だと気づいていた?」
「…………」
そんなことを考えていると、大男の全身がうっすらと光ったと思ったら、次の瞬間にはその巨躯が消え、見覚えのある青年……フロールが立っていた。
…………フロール?
えええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?
何でお前!? ほわっ!? んんんんん!?
何でラスボスがここに!? 雑魚キャラは!?
『フロールが変装した姿があれだって分かっていて残ったんだと思っていたよ』
んなわけでねえだろうがああああああああああああああああああ!!!!
そうか! だからお前黙り込んでいたのか! 言えよおおおおおおおおおおおおおお!!
そんなことを考えていると、建物の影から現れるのは、ニコニコ満面笑顔のマガリである。
「信じていたわよ、アリスター」
貴様あああああああああああああああああああああああああああああ!!!!




