第145話 私だけでも生かして
俺は忌まわしき説得によって、マガリを助けに行かざるを得ない状況に追い込まれた。
まさか、クリスタが俺を裏切るとは……。恩を知らないガキめ……!
『恩知らずはお前だろ』
「まず、聖女がどこに連れて行かれたかを調べねばならん。諜報部隊を動かして……」
ブツブツとこれからの計画を呟くエリア。
こいつ、何にも知らないでここに来たのか。どんだけマガリ好きなんだろう?
「……ヴィトリー」
「なに?」
「古都ヴィトリー。マガリを連れ去ったフロールは、そこにいると言っていました」
仕方ないので、情報を教えてやることにする。
まあ、エリアがマガリを好きってことは悪いことではないからな。あいつ嫌がりそうだし。
……あ! もしかして、教えなかったら適当な場所探して時間稼ぎができたのか!?
ぐあああああああああああああ!! やっちまったあああああああああ!!
「ヴィトリーか……。また何とも古臭い場所を選んだものだな」
「……じゃあ、とりあえず帰ってもらっていいですか? 色々準備もあると思いますし」
とりあえず、今日は疲れたわ……。
もう一番後ろからマガリ救出作戦にはついていってやるから、休ませてくんない?
そんな希望を込めて言ったのだが……エリアが馬鹿を見るような目でこちらを見ていた。
馬鹿はテメエだろ。
「何を言っている? 今すぐ出発するぞ」
「…………は?」
俺はこの馬鹿王子がいったい何を言っているのかわからなかった。
いや、わからないというより、理解できないという方が正しいだろう。
今すぐ出発? マガリ救出に?
「え、いや……まさか、これだけの人数で突っ込むとか言いませんよね?」
「当たり前だ。俺は王子だぞ? 護衛が貴様ら二人だけで勤まるものか」
エリアの言葉にホッと息を吐く。
よかったー。馬鹿王子も流石にそこまで馬鹿じゃないよね。
俺も王子のこと護衛する気なんか微塵もないからなおさらだ。
いざとなればこいつも盾にする。
「近くに少数精鋭の騎士団を置いてある。そいつらも連れて行って、突っ込むぞ」
結局少数やないか!!
「待ってください! フロールは魔王軍の四天王に匹敵する部下たちと一緒に待ち構えていると言っていました。もしそれが真実なのであれば、これだけの数では……」
「確かに……」
俺の言葉にヘルゲが頷く。
お前らが死ぬのは勝手だが、俺を巻き込むんじゃねえよ。
過剰ともいえるほどの数の暴力で押しつぶせ!
だいたい、この人数で突っ込んだら確実に基本的に戦うのが俺になるだろ。
一戦でも嫌なのに、二戦三戦と続いたらショック死する自信がある。
「しかし、あまり悠長にしていると、フロールがヴィトリーから移動することだって考えられる。そうなると、今度は居場所を特定することにまた時間がかかり……その間、聖女様がどのような目に合わせられるか……」
「時間はないということだな」
ヘルゲぇ! お前さっき俺の言葉に頷いていただろ! 何裏切ってんだ!
いや、大丈夫だろ。あいつならなんだかんだうまいことして時間稼ぎは余裕でやりそう。
だから、ちゃんと人員揃えようよ……。
い、いかん。マジでこいつらこの人数で突っ込む気だ……。
絶対返り討ちにされるって! 殺されるって!
なんとかしなければ……。
「なら、わたくしの出番ですわね!」
そんなとき、脳天気とも言えるほどの明るい元気な声が響き渡った。
き、聞き覚えが凄くある……。
振り返って見れば……。
「ま、マーラさん……!?」
やっぱり、そこにいたのはマーラだった。
俺の寄生先!? いったいどうしてここに……?
「記憶が戻ったんですわぁ! 申し訳ありません、アリスターさん! あなたのことをひと時とはいえ忘れてしまったことは、いくら悔やんでも悔やみきれませんわあ!」
「ああ、いや、大丈夫っす……」
シュバッと俺の眼前に現れて、おいおいと目を覆うマーラ。
その迫力に嫌味を言うこともできない。
まあ、俺の最有力寄生先でもあるし、あまり余計なことを言って好感度を下げるようなことはしない方がいいか。
「寂しかったことでしょう! ほら、ぎゅーってして差し上げますわ!」
両腕を唐突に広げて、俺を迎え入れる体勢を整えるマーラ。
別に寂しさとか一切感じなかったし、そういうことは気にしないでくれていいんだけど……。
あと、胸部に軽い装甲つけてるから、ギュッてされたら俺が痛いと思うんだ。
ということで、断ることにする。
「いや、だいじょ……」
「ぎゅうううううううううううううううう!!」
ガッと後頭部を掴まれてガッと装甲に頭をブチ当てられる。
人の話聞けよ!! ただただ痛いわ!!
「バルディーニか。お前、戦闘能力は……」
「ふっ……国境付近を治める貴族のはしくれ。殿下のお力になれると思いますわ!」
馬鹿王子と馬鹿貴族が何やら話しているが、俺はマーラの魔の手から逃れようと必死である。
クソ……力が強い……!
てか頭から血とか出てないよね? 救出の過程で出血なんてもってのほかだが、その前に流血って馬鹿らしくて笑えねえぞ。
「そうだな……よし、ならば、このまま迅速に古都ヴィトリーに突撃し、聖女を救い出すぞ!」
「はっ!!」
何とかマーラの魔の手から逃れると、すでに話が付いていた。
ちょっ……! いくら戦闘能力の高いマーラを連れて行ったとしても、それじゃあ肉の盾の数が少ないままだろうが!
「い、いやいや、だから……!」
「ご安心くださいまし。マルタさんも助っ人で来てくれるとのことですわ。彼女もアリスターさんのことを忘れていて、非常にショックを受けていましたから、優しく接してあげてくださいまし」
馬鹿王子を止めようとすると、そっとマーラが耳打ちしてきた。
えー……。マルタに優しくしてもメリットないしぃ……。
『死ねよ』
うーむ……しかし、マーラとマルタが救出に参加してくれるのか。
確かに、彼女たちは非常に戦闘能力が高い。
魔剣のない俺なんか瞬殺することができるほどだ。
……そんな彼女たちに任せられるのであれば、肉盾は少なくても大丈夫かもしれない。
それに、これ以上ごねるのは得策とは言えない。
クリスタの言葉で綺麗に送り出されることは確定していたわけだし、実際エリアもイライラした仕草を見せることが出てきている。
「さあ、行くぞ! 古都ヴィトリーへ!!」
意気揚々と宣言するエリア。
行きたくないなぁ……! 待っていないでくれ、マガリ!
◆
古都ヴィトリーの誰もいなくなった建物に、私は連れ攫われていた。
ニヤニヤと笑って私を見下ろすのは、フロールである。キモイ。
「さて、彼はお前を助けにやってくるかな?」
「来るわ」
私が即答したことに、驚いた様子を見せる。
「ほう、信頼しているんだな」
「ええ、信頼しているわ」
あいつの運のなさと魔剣のお人よしにね!
さあ、早く私を助けに来なさい、アリスター!
たとえ、あなたが死のうとも、何としてでも私だけでも生かして帰すのよ!
私は内心でそう祈りつつ、表向きはラスボスに攫われた悲劇の姫のように気丈に振る舞うのであった。




