第144話 デビル……!
なっ、なななななな何してくれとんじゃああああああああああああ!!!!
ごらあああああああああああああああああ!! 俺を誰だと思ってるんだああああああああああああああ!!!!
地面を不様に転がされた俺は、大絶叫していた。もちろん、内心で。
とっさのことでも本性が出ないようになっているのは、我ながら流石と言うべきものだろう。
だが! 痛い!!
『よっしゃ! ナイスパンチ!』
ふざけるなああああああああああああああ!! いってええええええええええええ!!!!
何いきなり人の顔ぶん殴ってくれちゃってるの!? 馬鹿なの!?
今まで王子だからってちやほやされてて人を殴ったらいけないって分からないの!?
気をつけろよ! 魔剣さんがお前を闇討ちするからな……!
『ナチュラルに僕に押し付けないで』
唖然として――――瞳の奥では憎悪と殺意をほとばしらせていたが――――見上げる俺を、エリアは怒りの形相で見下ろしていた。怒りたいのはこっちだわ!
「よくもそんな甘えた言葉を抜かせたな、勇者!!」
「え、エリア王子……」
このクソ王子! マガリを苦しめるために勝手に好意を寄せてくれたのは良かったが……このイケメンほっぺをぶん殴るとは何事だ! ぶっ殺すぞ!!
自分よりイケメンの俺を殴って顔面変形させ、魅力を失わせるということか?
そもそも、マガリは狙ってないから安心して突っ込んで玉砕しろ!
「な、何を……」
「腑抜けた男に塩を送るつもりは毛頭ないんだがな……。あまりにも醜くて、思わず手が出てしまったわ」
やれやれと首を横に振るエリア。
塩!? これが塩なんですか!?
人の顔面をいきなりぶん殴って塩とか、こいつ自分のこと美化しすぎじゃないですか!?
「何故立ち上がらない。何故助けに行かない?」
こいつ、人の話聞いていなかったの?
「……先ほども言ったでしょう。それが、マガリの想いだからです。俺は、彼女の想いを否定することはできません」
「馬鹿者め。それが、彼女の本当の想いだとでも思っているのか!?」
違うと思う。
「聖女は優しい……底抜けにな。だからこそ、自分の本当の想いを押し隠して、貴様を助けようとしたのではないのか?」
それも違うと思う。道連れにしようとしていたし。
「ならば、彼女の本当の想いをくみ取って、我らは行動しなければならん。そう、彼女の本当の想い……『助けてほしい』というものをな!」
ふっと笑って、言ってやったぜみたいな雰囲気を垂れ流すエリア。
ヘルゲも何だか感心したような顔をしている。もちろん、俺の心には微塵も響いていなかったが。
そんなにペラペラ話せるんだったら最初から話せよ。何一発殴ってくれてんの?
それにさぁ……じゃあ、勝手にお前らで行けよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
どうして頑なに俺を巻き込もうとするんだよおおおおおおお!! 俺が何したって言うんだよおおおおおおおおおおおお!!!!
「で、でも……」
『往生際わるっ!』
魔剣が何か言っているが、俺は諦めないぞ……!
俺の、俺による、俺のためのスローライフを送るんだ! 誰にも邪魔はさせん!
「お、俺には、クリスタがいる……。彼女を残してなんて……。か、彼女には、もう俺しかいないんだ……」
「勇者……」
ヘルゲが気遣わしげな視線を向けてくる。
流石の馬鹿のエリアでも、子供を盾にされては強く言いつのることはできないようだ。
これでなんとか……!!
『クリスタまで言い訳に使うとか最低だよ! 知ってたけど!』
うるせえ! 実際、庇護者がいないとあいつ一人じゃあ生きていけないだろうが!!
俺にとっても、クリスタにとっても素晴らしい提案なんだよ!
「アリスター」
何とか押し切れそうな空気になっていた時、クリスタが俺の名前を呼んだ。
ば、馬鹿な……もう意識を回復したのか……!
「く、クリスタ。起きて大丈夫なのか? 怪我をしているかもしれないから、まだ寝ておきなさい。ねっ? ねっ?」
『必死か』
「ううん、大丈夫」
俺の勧めも、ゆるゆると首を横に振って拒絶するクリスタ。
だいじょばないでぇ!
「アリスター、あの人を助けに行きたいの?」
「いや、そんなことはない」
『即答! 迷いがない! 最低!』
大丈夫、マガリはちゃんとしているから。自分で自分のことは何とかできる子だから。
俺の助けなんて必要ないから、行きたいもクソもないんだよ。
「……ふふっ、アリスターは優しいね。私に気を遣ってくれて……」
遣ってないです。本心です。
「私を拾ってくれたこともそう。美味しいご飯を食べさせてくれた。温かいベッドで寝させてくれた。私に……優しく笑いかけてくれた」
小さな手を握りしめ、大切そうにギュッと胸に押し当てる。
その顔はとても幸せそうで、安らかで……尊いと思わせられるような美しい笑顔だった。
……子供ってこんな顔できるのか。大人でもできそうにないのに。
『そう言えば、何で君クリスタにあんなに優しかったの? 君からしたら寄生もできないし、正直あれかなと思ってたんだけど』
なんだいきなり。水を差しやがって……。
俺がクリスタを助けた理由?
お前がいきなり頭痛を引き起こしたこともあるけど、あの王都のしがらみから解放されてテンションあがっていたからじゃない?
まあ、何よりもクリスタの天真爛漫さがマイエンジェルにふさわしい癒しを与えてくれたからかな。
じゃないと、助けてそのままさようならしていたから。
『そっか。クリスタ自身のことを慈しんでくれていたんだね。君が何を言っているのかさっぱりわからないけど』
何故だ。
「あのね、アリスター」
こちらを可愛らしく見上げてくるクリスタ。
おお、クリスタ! こいつらに言ってやってくれ!
彼女が馬鹿王子と馬鹿騎士を糾弾してくれることを期待して言葉を待っていると……。
「私が好きなのはね、優しいアリスターなの」
「…………」
……なんだ? この不穏な話の入り方は……。
何を言うつもりだ……?
「誰かを助けて、自分が助けられたように嬉しそうな笑みを浮かべる、アリスターが大好きなの」
クリスタが俺の人物像を話しているが……それ、俺じゃないよ、多分。俺そんな笑顔浮かべたことないから。
彼女はニッコリと綺麗な笑みを浮かべた。
「だから、あの性悪のお姉さんのこと、助けに行ってあげて。ここで助けに行かないと、アリスターはずっと笑顔を浮かべられなくなる。私のせいでそうなるのは、とっても悲しいよ」
「クリスタ……」
俺は愕然とした。
お、おま……お前!! そんな言い方したら……お前!!!!
行かざるを得んやろ! 断ったら変な空気なるやろ!!
『なんて良い子なんだ……。この子はエンジェルか……?』
俺にとってデビルになったけどな。
この一瞬でモデルチェンジとは恐れ入る。
「……その者のことは安心するがいい。これほどの器量のある子だ……王国が責任を持って庇護する」
「王子……!!」
ポンと俺の肩に手を置くエリア。この野郎……!
「行きましょう、勇者!」
「ヘルゲさん……!!」
空いていた肩に同じように手を置くヘルゲ。お前……!
「行ってらっしゃい、アリスター!」
「クリスタ……!!」
正面からニッコリと笑顔を浮かべて見送ってくれるクリスタ。デビル……!
お前ら、全員嫌い!!
こうして、俺は助けに行きたくないのにもかかわらず、明らかに危険な場所に突撃する羽目になるのであった。




