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【書籍化・コミカライズ】偽・聖剣物語 ~幼なじみの聖女を売ったら道連れにされた~  作者: 溝上 良
最終章 アリスター消失編

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第141話 かーえーれ。かーえーれ

 










「まあ、そっからはあれだよな。お前が俺のことを忘れている可能性もあったが、ないとは言い切れないし、故郷に帰ることはできずにこの廃村に住みついた。農作業とかサボっていたしクソみたいな労働だと思っていたが……いやいや、自分でやるととてもさわやかな気分になれるね。労働って気持ちいい……いや、自分のために行動するって、こんなにも楽しいことだったのか……。俺はそう思ったよ」


 汗水たらしながら作った作物の味は格別だった。

 最初は農作業なんてって思ったよ。しんどいし、暑いし、疲れるし、汚れるし。


 だけど、そうしないとそもそも生きていけないからな。追い詰められたら仕方なく嫌々やる男である俺は、かすかに記憶に残っていた農作業をやり始めたのだ。

 もちろん、普通のやり方でやっていたら、何も収穫することはできなかっただろう。


 だが、魔剣を畑にぶっ刺しておけば、成長スピードも味も段違いであることが発覚した後は、もうどんどんとめり込んだね。

 野菜だけだとあれだから、近くの川で釣りみたいなこともした。


 あまりうまくはなかったのだが、最近はよく釣れるようになった。

 自分で初めて釣った魚を焼いて食べた時……感動したなぁ……。


 そうそう、簡単なサウナも作ったんだ。

 流石に風呂を毎回沸かしたりするのは面倒だからなぁ……。熱した石に水をぶっかければいいだけのサウナは、とてもよかった。


 ボロボロの住まいもどうにかしないとなぁって考えていた時だったかな、クリスタを拾わせられたのは。

 まあ、彼女はとくに面倒事も抱えていなかったので、悪いことではなかった。


 なんだかんだクリスタが幸せそうに笑っていたら、俺もほっこりするし。

 それから、二人でゆっくりと生活の向上をしていって……。


「今に至るというわけだ」

「…………」


 俺の説明を聞いたマガリは、しばらく沈黙して……。


「なに悠々自適にスローライフ楽しんでんだ!? ふざけるなあああああああああああああああ!!!!」

「ぐえええええっ!? く、首絞まってる絞まってる……!!」


 テーブルを乗り越えて俺の首を絞めてきやがった……!

 細い指が首に食い込んでくるちい……!


 こいつ、どこにこんな力が……!?

 そんな時、やはり俺を助け出してくれる救世主が現れた。


「アリスターを苛めないで、性悪!」

「あ、あのね、クソガ……御嬢さん。私は性悪でも何でもないんですよ? どちらかと言えばこの男の方がクズです。だから、私は何も間違ったことはしていないんですよ」


 こいつ、クリスタのことをクソガキって言いそうになったな。

 今更にこやかな笑みと共に敬語を使った猫かぶりを始めるが、もう遅い。


「嘘つき! そんな優しい性格じゃなかった! もっと殺伐としていてどす黒かった! 性悪は信用しないからね!」

「ぐぅ……っ!?」


 キッとマガリを睨みつけるクリスタ。

 苦しげな声を漏らすマガリ。そんな彼女を見ていると、こみあげてくるものがあり……。


「……ふっ」

「なに笑ってんだ。お前の教育どうなってんのよ」

「素晴らしいだろうが」


 睨み合う俺とマガリ。

 こういうことも久しぶりで……まあ、別にやりたいってわけじゃないけど。


「はぁ……まあ、いいわ。ほら、さっさと戻ってあなたに成り代わってるフロールとかいうやつをぶっ殺しに行くわよ」


 当たり前のように言って立ち上がるマガリ。

 俺はそれを唖然として見上げるしかできない。何言ってんだこいつ?


「え? なんで?」

「は? いや、だって……あなたのことを皆から忘れさせて、あなたが積み上げてきたものを啜ってるゴミみたいなやつよ? 怒らないの?」


 怒る? 何で?


「確かに、俺が嫌々とはいえ積み上げてきたものを利用されるのは腹立たしいが……それ以外は別に怒ってないっていうか、感謝してるっていうか……」

「こ、こいつ……」


 あのままずっと問題だらけの王都に閉じ込められていたら、魔剣にいつまで酷使され続けるかわかったものではない。

 金持ちの女に寄生するという俺の夢はいつまでたっても達成されないし、最近では化け物と戦わせられることも増えたから、マジで死にかねない。


 その状況から、なんだかんだで救いだしてくれた……その、フロール? とかいうやつには感謝こそすれ怒るはずもなかった。

 そんな俺をゴミを見るような目で見つめるマガリ。


 しまった、これだけではだめか。ならば……。


「ほら。えーと……皆から忘れられてショックだったからさ。王都に戻るのが怖いんだ……」

「嘘つき」


 ホロリと涙を流す名演技をしているのに、あっさりと見破ってくるマガリ。

 ふっ、やるな。流石は猫かぶり女。


「アリスター、大丈夫?」


 そんな俺を庇ってくれるのが、クリスタである。

 彼女は俺と正対すると、その小さな身体でギュッと抱きしめてきたのである。


「ちょっと。あなた私のことは見抜いたくせにアリスターは見抜かないとか節穴なの? 贔屓がひどくないかしら?」

「いいんだよ、アリスター。怖いことからも、嫌なことからも、逃げちゃっていいんだよ」

「いや、ダメでしょ。私にとってよくないわ」


 圧倒的包容力。なにこれ、馬鹿になりそう。

 頭がすっからかんになるほど甘い。甘い毒だ。


 だが、それに俺が抗うことはできず……。


「エンジェル……」

「うわっ、キモっ……」


 まるで、以前の天使教徒が天使を崇拝する時にしていたような目を、今の俺はしているだろう。

 マガリが全力で引いている声音だが、まったく気にならない。


 クリスタはエンジェルなんだ……。


「アリスターは、私を助けてくれたでしょ? それで、いいんだよ。これからもずーっと私と一緒にいようね」


 そう言って、ギュッと強く俺の顔を胸に抱きしめるクリスタ。

 母性の象徴はほとんど成長していないため、ゴリゴリと骨が当たるのだが……しかし、その包容力は凄まじいもので、俺は明らかにほだされていた。


 なんという……なんという……。

 そして、俺は一つの真理に到達する。


「ああ、これが……」


 バブみを感じておぎゃるということだったのか……。


『いや、それは違うと思うなぁ!! あと、気持ち悪いから止めた方がいいよ』


 耳ざわりな声が聞こえてきた。

 そちらを見ると、畑にぶっ刺しているはずの魔剣があった。


 呪いの人形みたいに戻ってきてんじゃねえぞ。


「あれ? どうしてここにいるんだ案山子」

『案山子じゃないから! 聖剣だから! マガリが持ってきてくれたんだよ。……引きずってたけど』


 チラリと見れば、むふーっと胸を張るマガリ。乳ないぞ。

 ちっ、また余計なことを。


 こいつ、俺が嫌がることなら本当に何でもしそうだな。


「とにかく、俺はもう王都には戻らん。ここでマイエンジェルと共にスローライフを謳歌するって決めてんだ」

『で、でも……』

「今回の被害者は、俺だけだ。別に、俺に成り代わった奴が地位を利用して悪逆非道なことをしているってことでもないんだろ? じゃあ、その唯一の被害者である俺がいいって言ってんだから、それでいいんだよ。今回ばかりは人助け理論は通用しないぞ」


 俺の言葉に黙り込む魔剣。

 今回言っていることは真実だ。被害者は俺以外誰もいない。


 俺が成り代わられただけで、他の人々の生活は何も変わっていない。

 勇者は未だに存在するし、俺がいた時と一切変わらない生活を皆送っている。


 だから、魔剣お得意のおせっかいで赤の他人を助けるために俺を操るという大義名分は存在しないのである。


「魔剣!」

『う、うーん……でも、確かに今回はアリスター以外に明確な被害者はいないわけで……。そのアリスターがしたくないって言っているのに、わざわざ強制することは……』


 慌てたようにマガリが魔剣に振るが、魔剣もこちら側だ。

 初めて役に立ったな、こいつ。


「ちっ、役立たず。そうだわ、私、あなたに成り代わった男に言い寄られたのよ? これ、私も被害者になるんじゃないかしら?」


 ゴミを見るような目を魔剣に向けた後、パッと顔を輝かせるマガリ。

 へー。こいつに惹かれるお目目節穴男はエリアとヘルゲ以外にもいたんだなぁ……。


 彼女は期待したようにこちらを見てくるが……。


「お前だったら何とでもできるだろ」

『まあ、確かに。自分でうまいことやりそう』

「おい」


 俺はもちろん、絶対他人助け出すマンの魔剣でさえもこの反応である。

 日頃の行いって大切なんだなって改めて思った。


「まっ、そういうわけだ。ほら、さっさと帰った帰った」

「うぐぅ……」


 かーえーれ。かーえーれ。

 そんな風にリズムにのって手を叩く俺。クリスタも楽しげに俺の物まねだ。


 苦しげに顔を歪めるマガリ。流石の彼女もどうすることもできないようだった。

 おそらく、魔剣を味方に引き入れて俺を無理やり操らせるつもりだったのだろうが……残念だったなぁっ!! 俺の勝ちだ!!


 そんな風に勝利宣言をしている時だった。


『アリスター!!』

「は?」


 魔剣の声と共に、俺の身体が急に動く。

 あっ、そんな急に無理な動きしたらまた俺の身体がぁぁぁ……!!


 そして、その直後、ズドォン! という凄まじい音と共に俺のスローライフ拠点がぶっ飛んだのであった。




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