第140話 きえええあああああああ!!!!
「あぁ……まだ身体中が痛い……。あの黒化ってわけわからねえけど後遺症ヤバいじゃん。もう絶対使わねえ」
ずるずると痛む身体を引きずりながら、俺は王都を歩いていた。
ずっと部屋に引きこもっているのは良くない……という魔剣の主張により、嫌々散歩をさせられているのである。
少し前に頑張ったんだから、ゆっくりさせてくれよ……。
『使わないといけないときは使おうね』
「ああ、俺の命が危険な限りな」
『他の人の命が危険な限りね』
バカか、こいつ。
こんなつらい後遺症負ってんのに、何で他人のために使わないといけないんだよ。
それに、黒化って俺別に制御できるわけじゃないからな。
「ふざけんなよ。そもそも、お前がまともに戦って勝っていたらここまで苦しむ必要はなかったんだが? 全然ダメじゃん、聖剣の経験」
そうだそうだ。
何か最近この魔剣、負け続きじゃね?
操る俺の身体が貧弱なのが悪いっていう意見は黙殺する。
だったら、俺の身体を操って動き回るなって話だ。
魔剣も少しは自覚していたのだろうか、痛いところを突かれてしまったような声を漏らす。
『うっ……だ、だって、あんな強い奴と戦うの久しぶりだったし……。っていうか、君がそういうの集めやすい体質なんじゃない?』
「テメエが首突っ込ませなかったら巻き込まれなかったことばっかなんだよ!!」
俺の危機管理能力だと、だいたい逃げ切れているからね。
シルクの時はそもそも彼女に会いに行っていなかったし、マルタの時も見て見ぬふりしていたし、エリザベスなんて尚更だ。マーラは……寄生先候補だから分からないけど。
『あ、シルクだ』
追及から逃れるように呟く魔剣。
嘘を言っているのかと思って周りを見渡せば……あ、ホントだ。マジでいた。
よし、見て見ぬふりをしよう。
『挨拶くらいしろよ』
頭いったい!! また頭痛か!
まあ、流石にあれ以上しがらみとか面倒事を抱えているとは思えないし、挨拶くらいならいいかな。
そう思って、俺は猫をかぶって彼女に近づいて行った。
「やあ、こんにちは、シルク」
「……こんにちは?」
にこやかに笑いかければ、首を傾げながら返してきた。
「今日はどうしたんだ? いつも劇場で演劇の練習をしているのに、珍しいな」
「……いえ、そうでもないです」
シルクの会話を聞いて、違和感を覚える。
……敬語? それに、やけに壁があるというかなんというか……そっけない?
今まで彼女からこのような対応を受けたことがないので、俺も少し戸惑ってしまう。
「どうしたんだ? もしかして、何かあったのか?」
『力にならないとね!』
嫌だよ。
相変わらずの魔剣の言葉を内心で否定していると、シルクは無表情ながら何故か申し訳なさそうにして口を開いた。
「……あの、すみません。あなたは誰ですか?」
…………え?
シルクの言葉を聞いて、唖然としたのは当然だろう。
少なからず交流があり、それなりに親しい(と見せかけていた)関係にある俺のことを、誰だと聞いてきたのである。
思わず頭が真っ白になってしまうほどの衝撃だった。
「……その、お会いしたこと、ありましたか? すみません、あまり人のことを覚えるのが得意ではなくて……」
『ど、どういうこと!?』
狼狽した様子の魔剣。そして、俺は……。
…………。
「俺はアリスターって言うんだが……覚えていないか?」
「あり、すたー……? ……っ? すみません」
少し頭が痛そうに顔を小さく歪めるが、やはり思い出すことはできないようで、謝られた。
俺は笑みを浮かべて、彼女に謝罪する。
「そうか。いや、申し訳ない。俺が人違いをしてしまったようだ。悪いが、俺は先に行かせてもらう。余計な時間をとらせてしまって、悪かった」
「あ……」
背を向けて歩き出す。
そんな背中にシルクの小さな声が届いたが、俺は振り返らなかった。
『アリスター……。あっ、そうだ! 他の人も確かめてみようよ! もしかしたら、シルクだけかもしれないし』
ああ、そうだな。
『アリスター……』
魔剣の気遣わしげな言葉も聞き流しながら、確認に向かった。
◆
「君は誰だ? もし用があるのであれば、別の騎士に聞いてくれ。私は忙しい」
「何だ貴様は。俺を誰だと思っている? 気安く話しかけるな!!」
ヘルゲやエリアとたまたま会うことができたので尋ねてみたが、やはりこの反応だった。
ヘルゲも騎士の中だとそこそこ高い地位にあるし、エリアは言うまでもなく王子だ。
そりゃあ、誰とも知れない奴にいきなり話しかけられたら、こんな反応になるだろうさ。
そして、遺憾ながら一番近しい距離にいるであろう連中には、そもそも会うことすらできなかった。
シルクはたまたま先ほど会えたとはいえ、王都演劇団の大人気の看板女優である。そうそう会うことなんてできない。
マルタは人魚だからそもそも人間を受け入れてないし、エリザベスは宗教の聖女だ。その宗教の信者でもないのに、部外者の俺が会えるはずもなかった。
マーラは貴族だし、門前払いである。それは、彼女の指示ではないだろうが、まあよくわからない奴が会いに来たとしても取り次ぐことはないだろう。
結果として、俺のことを覚えている人は、誰一人としていなかった。
『ど、どうなっているんだ? これはいったい……まるで、アリスターが世界から存在を消されたような……。やっぱり、誰かが君を貶めようとしているのか……?』
「…………」
魔剣がうろたえたように呟く。
まあ、自然現象ではないだろう。一人に忘れられていることはあっても、全員に一斉に突然忘れられるなんてことは、人為的だとしか考えられない。
『げ、元気を出して……なんて安易なことは言えないよね。こんなこと、ショックを受けないわけがない。クソ……! 僕は君のことを忘れない。だから、そのことだけは信じて……』
魔剣はとても優しい。
俺が落ち込んでいると思って、元気づけるようなことを言ってくれる。
だが……それは見当違いも甚だしい。
「…………た」
『え?』
俺の呟いた言葉が聞き取れなかった魔剣は、聞き返してくる。
俺はそんな様子に気づく余裕もなく、両足をいっぱいに広げて両手を大空に伸ばし……。
「やったああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
『ッ!?』
大絶叫した。これは、歓喜の叫びだった。
「うひょおおおおおおおおおおおお!! うひひひうほほほほっ! んぎょろあばかかかへぁあああああああああああ!!!!」
『アリスター!? ヤバいよ、めっちゃヤバいよ! 薬でもしていたの!?』
「おひょひょひょひょひょ!! おっほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
『アリスタあああああああああああ!!!!』
魔剣の言葉に、ようやく少し冷静になる。
だが、心を焼き尽くすようなほとばしる炎は、未だに燃え盛っていた。
それはそうだ。こんな……こんなことが起きてくれるなんて……!
「これで、俺は……自由だ……っ!!」
『――――――え?』
唖然とした声を漏らす魔剣。
「やっと……やっと俺は……! くっ……今日は祝杯だ! 乾杯だ! 世界の全てに感謝……!」
このしがらみは、ずっと振りほどけないと思っていた。
だが……だが……! 誰だか知らないが、俺を救い出してくれる人がいたんだ!
感謝……その人に対する絶大なる感謝を送りたい……!
『こ、こいつ……! 人に忘れられるっていうトラウマものの状況に追いやられて、むしろ喜んでいる、だと……!?』
「きええええああああああああああ!!!!」
俺は一層輝きを増した世界に飛び出していくのであった。
俺のハッピーライフは、これからだ!




