第138話 見つけたああああああああ!!
私は必死に走っていた。
故郷では農作業をサボり、聖女として王都に来てからは馬車などで移動していたものだから、こんな運動をした記憶はほとんどない。
息が切れて、脚がもつれそうになるほど疲れる感覚も久しぶり……いや、もしかしたら初めてなのかもしれない。
だけど、ゆっくり歩くことは今の興奮状態の私ができるはずもなかった。
ようやく……ようやく、アリスターの居場所の手掛かりを手に入れたのだから。
いや、手掛かりなんて生ぬるいものではない。もう、彼の居場所を特定したと言っていいだろう。
「マーラ……まさか、彼女が私に答えをくれるなんて……。本当に感謝するわ!」
こんなに純粋に他人に感謝の想いを抱いたのは、私の人生初ではないだろうか?
マーラ……ただのアホ行き遅れ貴族じゃなかったのね……!
私はずっとアリスターがどこにいるのか見当もつかなかった。
フロールにその居場所をとってかわられた時、彼はどのような状況だったのだろうか?
少なくとも、あの強大な力を持つ魔剣が何もできていないことから察するに、とても突然のことだったに違いない。
すると、必然的に逃げられる場所は限られてくる。
私はずっと故郷の寒村近くだと思い込んでいたのだけれど……。
「それはないわね。冷静に考えれば、アリスターがそんな安直な思考で行動するとは思えないわ」
私にとって不倶戴天にして最大最強の敵はアリスターである。
そして、うぬぼれでなければ、彼にとってのそれは私だ。
そんな私が知っている場所に、彼は逃げ込むだろうか?
いや、絶対にない。そんなことをすれば、私にすぐに見つかって引き戻されることは分かっているはずだ。
そもそも、人から忘れられたということはアリスターにとって少なからぬダメージを与えたかもしれないが、勇者という立場をとってかわられたことに関してはそれほどでもないかもしれない。
彼は勇者という立場なんて物凄く嫌がっていたし、隙あらば魔剣を捨てて王都から逃げ出そうとしていた。
むしろ、これは好都合だったのでは?
そして、ようやく勇者という立場から解放されて王都から逃げ出すことができたこの機会、無駄にするはずがない。
では、どこに潜伏しているのだろうか?
マーラの言葉と私の記憶をたどれば、一つ思い当たるところがあった。
そう、それは、私とアリスターがたまたま一緒に外に出て散歩をしていた時の話だ。
◆
「休みたい……。俺、ゆっくり休みたいよ……」
私の隣で憔悴しきった様子でとぼとぼと歩くアリスター。
げっそりしている……雰囲気だけを醸し出しているが、実際の彼は血色も良いししっかりとした足取りだ。ずっと見ていたら分かる。
最高級宿で何不自由ない暮らしをしているからだろう。良い物も食べているから、むしろ故郷の寒村にいた時よりも栄養状態は良いだろう。
まあ、時折魔剣に操られて赤の他人を助けるために命を張らなければならないが……アリスターのことだから問題ない。私、関係ないし。
「今まで散々のんびり過ごしてきたでしょう。少しくらい働いてもいいんじゃないかしら」
今まで……というのは、彼が生まれてきてからのことだ。
私は一時とはいえ、トチ狂って他人のために一生懸命働いていたという過去があるが、彼には何もない。
生まれながらにしてだらけきっていた凄まじい男である。
私の言葉に、イラッとした様子を見せるアリスター。演技をしていないから分かりやすい。ちょっと面白い。
「その他人事止めろや。誰のせいで俺がこんな寄生虫に苦しめられつつ人助けなんて強制されてると思ってんだ」
「自業自得じゃないかしら」
「ぶっころ」
『ねえ。そんなことより、僕のこと寄生虫って呼んだ? 酷くない?』
魔剣の今更な声が響く。
アリスターを苦しめているからこそ私は喜んで彼のことを受け入れているが、もし私がアリスターの立場だったとすると、寄生虫と呼んでしかるべきだろう。
魔剣のやりたいことを宿主であるアリスターを操って成し遂げているのだから、当然である。
「しっかし、お前護衛は付けてないの? ヘルゲとか。お前に何かあっても、俺はお前を盾にして逃げるぞ?」
「大丈夫よ。魔剣が必ずあなたを盾にしてくれるわ」
「しない」
無表情で即答するアリスター。
残念ね。寄生虫に操られているあなたに、自由なんてないわ。
「それに、あなたも随分と信頼されるようになったということよ。あなたと一緒なら、護衛は必要ないってほどにね」
「うぇぇ……」
最初のうちは、いくら聖剣の適合者だとしてもそれほど信頼されていなかっただろう。
それも当然だ。どこの馬の骨とも知れない寒村の農民である。そんな彼を、中央の貴族や王族なんていう高い身分の人間が、おいそれと信用するはずがない。
まあ、寒村側のアリスターもまったく他人のことを信用していないので、どっちもどっちである。
しかし、彼は嫌々ながらも様々なことを成し遂げた。
シルクを助け出した過程で奴隷売買に手を伸ばしていた貴族を暴き、奴隷商人を王都から追い出す。
マルタを助け出す過程では同じく奴隷売買に手を染めていた貴族を暴き、また人魚という亜人と王国にほんの少しとはいえつながりができた。
エリザベスの過程では、カルトまっしぐらの天使教を撃滅し、余計な宗教的混乱を防いだ。まあ、勇者教という新たなカルトが生まれてしまったのだが。
マーラの過程では、大貴族に憑依していた悪魔を暴き、これを討滅した。
これらのことを考えれば、アリスターが信頼を寄せられるようになるのも当然というものだ。
「あら、ここは……?」
そんなことを考えながら歩いていると、ふと視界に立ちふさがるものが見えた。
『人はいないみたいだね』
「そっか。じゃあ、演技する必要ねえな」
魔剣の言葉を聞いて、背を伸ばすアリスター。
彼がこれほどおおっぴらにしているということは、大丈夫だろう。
人の気配どころか、動物の気配を感じても即座に猫を被る男だ。そんな彼がこうして無防備であるということは、本当に問題はないのだろう。
『栄枯盛衰を感じるねぇ……。こういうさびれた場所を見ると、繁栄していた時のことを勝手に妄想して何とも言えない気持ちになるよ』
「……静かなのはいいけれど、アンデッドみたいなのがわいてきそうで嫌だわ」
「怖いのか」
「ちげえよ」
こいつ、私がお化けに怯える生娘だとでも思っているのか?
全然そんなことないし。怖くないし。そもそもお化けなんていないし。
「こういうところは魔物が出なくても賊とか犯罪者とかが根城にしそうだから、俺も避けていたんだけどな。最近はそうでもなくなったわ」
「そうなの?」
目を丸くしてしまう。
アリスターなんて、少しでも危険があったら絶対にそこに近づこうとしないのに……。
そんな彼は、ふっと達観した笑みを浮かべて空を見上げた。
「もうそいつらがいてもいいから、ここに住みたい。可愛そうな俺を助けてあげたい……」
「ナルシストキモイ」
◆
そんな記憶を思い出した私。
アリスターが住みたいと、そう言っていた場所は……。
「はぁ、はぁ……! 着いたわ……!」
息を荒げながら、そこにたどり着く。
くたびれた家屋。人の気配が一切しない集合体。かつては家畜なども飼われていたであろう柵は、すでにボロボロだ。
そう、ここは廃村だ。アリスターと散歩していた時、たまたま見つけたさびれた村。
文明もクソもないが、ここに彼がいることを私は確信していた。
息を切らしているため、なかなか顔を上げておくのもしんどいのだが、私はギョロリと目を動かして辺りを探る。
壊れそうな家屋……いない。
広場であったのだろう簡素な噴水……いない。
家畜も逃げ出してしまったのであろう荒廃した農場……いない。
どこかに続くであろう細い道……のんきに鼻歌を歌っている一人の男の姿。
姿…………。
――――――。
「見つけたあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「ひぇ……」
私の絶叫を聞いて、その男――――アリスターは小さく悲鳴を上げたのであった。




