第14話 この女、嫌い
暴漢に襲われている女がいるかと思ったら、一人で仰々しい言動をとっている薬物中毒者だったでござる。
さ、逃げよ逃げよ。ああいう輩に絡まれるのが、一番厄介なのだ。
何故なら、話が通じないから。
話ができるのであれば、まだ分かり合ったり妥協し合ったりできるのだが、そもそも話ができないのであればどうしようもないのである。
今も月光に照らされながら自分に酔ったように独り言をブツブツと呟いている女から顔を逸らし、宿屋に戻ろうとする。
襲われてもいなかったし、文句はないだろ? 魔剣。
『聖剣。う、うーん……でもなぁ……。やっぱり、こんな夜中に女性一人でいるのを見過ごすわけには……』
どれだけ他人を助けたいんだ、こいつ。
別にいいだろ。大丈夫大丈夫。
自分の意思でここにいるみたいだし、そういう事態に陥ったとしても逃げ出す方法とかあるんじゃないか?
『た、確かにね……』
よしよし、説得はうまくいきそうだ。
思ったことではなかったことから、多少拍子抜けをしているのだろう。
俺も、いい意味で裏切られて幸せである。
それに、夜中に声を出すという目立つことをしながらも一人なんだ。何かあったとしても、自業自得だろう。
この見ず知らずの女がどうなろうが、俺の知ったことではないし。
『や、やっぱりここに残って見守ってあげようよ!』
バカかお前!! そんなことをしていたら、不審者は俺になるんだぞ!!
陰から女を見る男、面識はない……ヤバい奴だろ。
さっさと帰るぞ。
『で、でも……!!』
あー、ウザい。しつこいなぁ、この魔剣は。
だいたい、あちらからしても俺に見守られても嬉しくもなんともないだろう。
初対面の男が、危険かもしれないから陰からじっと見つめている……完全に犯罪となる光景である。
それでも、脚を地面にくっつけて中々動かそうとしない魔剣。おい!!
「……誰?」
そんなことでうじうじとこの場に留まっていたせいで、振り向いていた女がこちらを見てきた。
なるほど、気配を察することくらいはできるらしい。夜中に一人で外にいることだけはある。
俺はまったくできないからな。
それにしても……あーあ、魔剣のせいですっげえ警戒されてんじゃん。
何で俺がこんな目を向けられなければいけないのか。はー……テンション下がるわぁ……。
『ご、ごめん。でも、ここまで来たら話しかけてみようよ』
えぇ……どこまで善意の塊なんだ、こいつ。
ここでの最善の行動は、一言謝罪してさっさと安全な宿に戻ってベッドにもぐりこむことだぞ。
俺は、女のことを観察してみる。
短めに切りそろえられた茶色の髪は、あまり手入れのされていない様子だった。
マガリはいつか良い男を捕まえられるように髪を綺麗にしていたから、その違いがハッキリと分かってしまう。
ただし、見た目は良く整っていた。俺ほどではないが。
紫がかった目も大きいし、肌も白い……が、何だか薄汚れているような気もする。
寒村の人々もそんな感じなのだが、俺は汚れるような作業をサボっていたのでそれほど汚くない。
警戒したように歪めている顔つきは、それでもあまり感情が伺いにくい無表情である。
うーむ……甘やかしてくれる女が好きな俺からすれば、減点である。
『何様だよ』
黙っていろ、魔剣め。
「……何か用?」
警戒したような目を向けてくる女。
何か用だと? こっちのセリフだ、ボケ。
お前がこんな所でぼっちでおかしなことをしていなかったら、俺も魔剣に追い立てられてここに来ることはなかったんだよ。
何の目的で、こんな夜にたった一人で外に出ているのか……。
今頃、温かくてふわふわのベッドで最高の安眠を貪っていたというのに……この女、嫌いである。
『人の好き嫌いの判断が早い……!』
魔剣の声を無視して、俺はニッコリと微笑みかける。
「いや、女性の声がふと聞こえてね。こんな夜中に女性の声というのも不自然だったから、一応確認しにきたんだよ。もし、何かあった時に助けられるからね」
『ど、どの口が言うんだ……!』
白い歯を煌めかせ、あくまでもお前のために来たんだよーっと強調すると……。
「……そう」
女は警戒の色を少し緩めてくれた……ようだった。無表情でいまいちわからん。
もちろん、まったく警戒しなくなったというわけではなく、顔に強張りは少し残っているが、それは当たり前である。
むしろ、いきなり信頼してきた方がビビる。
『ば、馬鹿な……アリスターの言うことを信じるだなんて……!』
驚愕の声を上げる魔剣は、何も分かっていないようだ。
仕方ない……この世の真理を教えてやろう。
ふっ……いいか、魔剣? 人というのはな、ほとんどが見た目で判断するんだよ。
『な、なんてことを……!』
ああ、確かに酷いだろう。
生まれながらのものなのだから、努力でどうこうできることはないのだから。
だが、俺みたいなイケメンが人の良さそうな笑みを浮かべて心配だった、なんて言ったら大概信じられるものさ。何故なら、イケメンだから。
『自画自賛が凄い!! というか、そこまで演技できる君には感服するよ……』
まったく女の心配をしていなくとも、あたかも心配していたかのように振る舞うのも当たり前だ。
これくらいの能力は、世界中の人々が持つべきだな。
まあ、人間は見た目じゃなくて中身だけどな。
俺はそう思っているが、世間はそうじゃないってことだ。
『えぇ!? どうしたんだい!? 君みたいなクズがまともなことを言うなんて……!!』
殺すぞ魔剣。
見た目で結婚とか、そんな馬鹿なことをするはずがないだろう。
いくら容姿が優れていても、金持ちじゃなかったり俺を甘やかしてくれなかったりするんだったら、結婚する意味がないからな。
『違う、結婚はそういうものじゃなくて……!』
「……余計な心配かけてごめん。……あなたには、私がしていたことを話した方がいい?」
いえ、結構です。
一人盛り上がる女を、俺は内心冷たい目で見ていた。
別に聞きたくないよ。薬物中毒者の妄想なんて。
いつ発狂して襲われるかもわからないんだし、さっさと退散したいのだが。
とはいえ、見た目は薄汚れているが薬物でボロボロになっているというようなことはないし、薄紫の目もしっかりと焦点が合っている。
まあ、聞くだけは聞いてやろう。
「私、演劇の練習をしていたの」
「そうなんだ。頑張ってね、それじゃ」
はい、おしまい。さよなら。
俺は手を振って女に背を向けるのであった。
『あっさりすぎだよ!!』
魔剣が怒鳴ってくるが、知るか。
というか、何でこんな夜中に一人で演劇の練習をしてるんだよ。おかしいだろ。
普通、演劇とかそういうものは、ちゃんとした劇団に入団して仲間と一緒に練習するものだろ?
劇場ではない外で、仲間とおらず一人で練習……もう、嫌な予感しかしない。
それに、俺は演劇なんか微塵も興味ない。
『えぇ……君の猫かぶりは相当な演技力だと思うけど……』
バカなことを言うなよ、魔剣め。
演技なんかで語れると思うなよ。
俺は物心ついた時から、この優れた容姿を活かすために猫をかぶり続けてきたのだ。
いくら世間が見た目でだいたい判断するとはいっても、それでも中身が悪ければその輝きは失せてしまう。
真のイケメンとは、見た目と共に性格もイケメンなのである。
そして、そうなってこそ、初めて自分に都合の良い女を見つけ出すことができるのだ。
そのあたりにいるような連中が多少練習したくらいで、俺と同じ次元に立てるはずがないだろう。
『格好いい言い方だけど何か違う!』
まあ、そういうわけだ。この女が、ここで練習をして優れた演者になるのもよし、俺や魔剣のように声を聞きつけてやってきた暴漢に襲われてもよし。
それは、こいつの人生だ。適当にやってくれ。
そう思った俺はクールに去ろうとして……。
「……ねえ、待って」
「は?」
いつの間にか近づいてきていた女に、袖を引っ張られていた。
何気安く触ってんだ、テメエ。
俺は心情を抑えつつ、表面上は笑みを浮かべて振り返って……。
「……ちょっと付き合って」
…………は?
無表情ながら上目づかいで女の言った言葉に、耳を疑うのであった。




