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【書籍化・コミカライズ】偽・聖剣物語 ~幼なじみの聖女を売ったら道連れにされた~  作者: 溝上 良
最終章 アリスター消失編

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第137話 そういうことなのね

 










「そうです。我らの主はいつも私たちを見守ってくださっています。だから、私たちも無垢で強烈な信仰心を捧げ続けなければなりません。分かりますね?」

『はい!!』


 荘厳で美しい教会で、一人の小さな女の子の言葉に多くの大人たちが声をそろえて返事した。

 子供を導くはずの大人が導かれ、導かれるはずの子供が大人を導く。


 何とも歪な関係であるが、この場この宗教においてこれは至極当たり前の光景であった。

 すなわち、勇者教。その聖女エリザベス・ストレームの説法は、多くの大人たちを導いていた。


 真剣に目を瞑って祈りをささげる彼らを、とても優しく温かい目で見つめるエリザベス。


「あら?」


 そんな彼女は、教会の入り口にいる少女を見つけるのであった。










 ◆



「おっす、マガリ。久しぶり……ってわけでもねえか」

「そうですね。マーラさんの結婚式以来ですから」


 教会の一室で、エリザベスとマガリは向かい合っていた。

 聖女と聖女の対面。両者を慕っている者たちからすると、とてつもなく神々しい光景だろう。

 まあ、一方は中身悪魔よりもどす黒いのだが。


「あれも大変だったよなぁ。悪魔とか、まさか本当にいるとは思ってなかったぜ」

「ふふっ。やっぱり、信者さんの前とは全然違いますね」


 やれやれと首を横に振るエリザベスに、思わずといった様子で笑うマガリ。

 信者たちの前で見せていた穏やかで優しい雰囲気と声音ではなく、どこか荒々しく男っぽい言動を見せるエリザベス。


 これで一気に信仰心を失うということはないだろうが、信者たちからすると少なからぬ衝撃を受けることだろう。


「あいつらも聖女がこんながさつな女だと嫌だろ。猫かぶりなんてずっとしてきたから、今更だ。それに、俺には受け入れてくれる奴もいるからな」


 ふふんとない胸を張るエリザベス。

 まだ彼女は子供なので、成長するという希望があるだけマシである。


 目の前の女はもはやその希望すらないのだから。

 しかし、マガリはそんなことを考えることなく、その受け入れてくれる奴という言葉にキラリと目を光らせていた。


「……あら? それは?」

「そりゃあもちろん…………あ?」


 自信満々に、その『奴』のことを自慢するように説明しようと得意げな表情を浮かべるエリザベス。

 どこか達観した子供らしからぬ雰囲気を醸し出す彼女だが、自慢の人を紹介しようとしている彼女はとても子供らしく可愛らしかった。


 しかし、その可愛らしい表情はすぐに凍り付いてしまう。


「い、いやいや、ちょっと待てよ。俺が仮想のそんな奴を作って寂しさを慰めていたってわけじゃねえからな」


 その理由は、その自慢したいとても大切なはずの『奴』のことが、さっぱり思い出せないのである。


「あいつ……あいつだろ? あの……」

「……ところで、この宗教の信仰対象ってなんでしたっけ?」


 見かねたようにマガリが助け船を出してくれる。

 子供ながらも聡明なエリザベスは、それに飛び乗る。


「え? い、言うまでもねえだろ。勇者だよ、勇者。勇者教って名前なんだから……」

「……その勇者って、どんな人ですか?」

「ゆ、勇者は……優しくて、強くて、俺みたいなひねくれ者も助けてくれて……」


 そうだ。それほど昔ではない記憶。

 自分もその勇者に助けてもらったからこそ、この勇者教の活動と布教に熱心に取り組むことができるのである。


 以前まで信仰していた天使の暴力から助けてくれ、父のかたき討ちをしてくれた優しい勇者。


「お、おかしいな? 何でだ? 何か……何かおかしい……。くっそ……頭が痛ぇ……!」


 だが、そんな彼のことが一切思い出せない。

 記憶の中にいるその人物は、霧に隠れてしまっているかのようにぼやけて輪郭が定かではない。


 見えそうで見えない。そんなもどかしさに心を痛めるエリザベス。

 そんな彼女を、どこか失望したように見たマガリが立ち上がった。


「すみません。余計な苦痛を与えてしまいましたね。もう私は行きます」

「お、おい! 待ってくれ! お前、知ってるのか!?」


 慌てて呼び止めるエリザベス。

 この忘れている人物が、決して忘れていい存在ではないことを心が訴えてくる。


 汗を垂らすほどの追い詰められている様子は、彼女が子供らしい可愛い容姿をしていることもあって、非常に痛々しかった。

 だから、マガリも口を開いた。


「そう、ですね。私だけが、彼を忘れないようです」

「あっ……」


 手がかりを手に入れることができなかったマガリは、あっさりと教会を後にした。

 そんな彼女に小さく手を伸ばすエリザベス。


「……誰なんだよ、そいつ」


 彼女の苦しみはこれからも続く。











 ◆



「時間を割いていただいてありがとうございます」

「いえいえ、お気になさらず。わたくしとあなたの仲ではありませんか。仕事も放り捨てますわー!」

「いや、それは……」


 冷や汗を流すマガリ。

 自分のせいで仕事を怠ったことが領民にばれて見当違いの恨みを抱えるのは困る。


 彼女の目の前にいて高らかに笑っているのは、マーラ・バルディーニ。バルディーニ領の領主であり、この国有数の貴族である。

 聖女になる前なら決して接点のないほどの相手だ。


「すみません、単刀直入にお聞きします。マーラさんは、アリスターのことを覚えていますか?」


 そんな彼女に対して、マガリはもはやろくに期待していない質問を投げかけた。

 今まで、シルク、マルタ、エリザベスと、比較的アリスターに接点の多かった者たちを尋ねて彼のことを探ろうとした。


 だが、総じて皆アリスターのことを忘れていた。

 となれば、マーラもまた同じと考えた方がいいだろう。


 マガリのそんな諦観を含んだ質問に対して、マーラは……。


「もちろんですわ」


 自信満々に頷いていた。

 その返答を聞いて、マガリは演技をすることも忘れてとんでもなく驚いた表情をしてしまう。


「えっ!? お、覚えているんですか!?」

「え、ええ。だって、わたくしが助けられてからそう時間も経っていませんし……この胸にある感謝と恋慕の気持ちは燃え上がっていますわ!」


 穏やかでいつも優しい笑顔を浮かべていたマガリが何とも形容しがたい表情を浮かべたので少し引いてしまったマーラであったが、やはり自信満々に頷く。

 ようやく……ようやく、一筋の希望の光が差し込んだ。


「ま、まさか、アリスターのことを覚えている人がまだいたなんて……」

「不思議なことを言いますわねぇ。忘れるはずがありませんわ…………」

「マーラさん……?」


 唐突にピタリと身体を硬直させたマーラを、訝しげに見るマガリ。

 しばらくして、マーラはバッと顔を跳ねあげる。


「あ、あらぁっ!? 何故だか名前がまったく思い出せませんわー!?」

「えっ……?」


 愕然とするマガリ。

 ついさっき知っていると言ったとたんに忘れた……? こいつは馬鹿なのか?


「名前も、お顔も……。おかしいですわ。あんなに格好いい顔だったのに、忘れるだなんて……」

「そ、そんな……マーラさんも……」


 いや、もしかしたら、そういう効力を持つ何かをフロールがやりやがったのかもしれない。

 彼女の中で、彼に対する恨みと怒りがマシマシである。


 またアリスターが逃げおおせる確率が上がったじゃないか……!


「くぅぅぅぅっ……! 何が起きているのかさっぱりですけれど、わたくしは負けませんわ。あの人はとても大切な方だった。それは、絶対に変わり様のないものなんですから!」

「(ちっ。こいつも使えねえのかよ)」


 忘れたにもかかわらず、キラキラと輝くマーラに何とも失礼なことを考えるマガリ。

 やはり、彼女とアリスターは似たクズだった。


 しかし、他の少女たちは皆一様に憔悴したものだが、こんなにも前向きなのはマーラの魅力なのかそれとも馬鹿なのか……。


「じゃあ、やっぱり彼がどこにいるのかなんてことは分からないですよね……」


 自分でやるしかないのか……とマガリは諦めて立ち上がろうとして……。


「う、うーん……? いえ、なんだか心当たりが……。それも急速に消えていっている感じがしますけれど」

「ほ、本当ですか!?」


 またもやマーラが今までとは違った反応を見せるので、凄まじい勢いで食いついた。

 うんうんと目を矢印にして悩みながら、マーラは急速に靄のかかっていく記憶を探る。


 そして、一つのことを思い出した。


「確か、誰にも知られていないような場所で二人きりでゆっくりしたいとおっしゃっていただいた記憶が……あるようなないような……照れますわー!」

「…………ッ!」


 キャアキャアと身体をくねらせて喜んでいるマーラ。自分のことを年増といっていた彼女ほどこにいったのか。

 しかし、そんな年甲斐のない姿も、今のマガリにとってはどうでもよかった。


 この言葉を聞いて、ハッと思いついたのである。

 アリスターの居場所の、重要なヒントとなった。


「ありがとうございました、マーラさん!」

「あっ! その方によろしく伝えておいてくださいまし! わたくしも思い出したらすぐ駆けつけますわー!」


 飛び出していくマガリを不敬として咎めることもなく、マーラは脳天気にふりふりと手を振って彼女を見送った。

 清潔に掃除された廊下を走りながら、マガリは笑う。


「(そうか。そういうことなのね、アリスター!)」


 彼の居場所がまったく想像できなかった。

 それこそ、故郷の近くにでもいるのではないかと思ったくらいだ。


 だが、違う。違うのだ。アリスターがそんな誰でも……いや、マガリが思いつくような場所に避難するはずがないのだ。

 マガリは新たに思いついた場所に向かって、歩み続けるのであった。




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