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【書籍化・コミカライズ】偽・聖剣物語 ~幼なじみの聖女を売ったら道連れにされた~  作者: 溝上 良
最終章 アリスター消失編

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第134話 逃げられると思うなよ

 










 勇者(アリスター)を探そうとしていたら勇者(知らん奴)が見つかった。

 な、何が起きているのかしら……!?


 私、こんな勇者知らないんだけど。私が知らないだけで、勇者って何人もいるものだっけ?

 ……いや、確か勇者は聖剣の適合者のはずだし、そもそも聖剣が複数もないだろうし……。


 …………なんだこいつ!?


「どうかされましたか、聖女様?」

「え、いや、そのぉ……」


 ヘルゲが尋ねてくる。

 どうしたらいいのかしら……。正直に、こいつ誰って言っちゃってもいいのかしら?


 で、でも、ヘルゲはこの知らんイケメンを勇者って言っていたし……。


「久しぶりに会ったから話すことでもあるのかな? ヘルゲさん、申し訳ないけれど、二人にしてもらえませんか?」

「……まあ、勇者ならば大丈夫だろう。それでは、聖女様。何かあればお呼びください」

「あっ……」


 助け船を出されたのかしら?

 ただ、このわけのわからない勇者くんと二人きりにさせられる方が何だかマズイような気もするのだけれど。


 こんな男は知らない。

 それなのに、ヘルゲは随分と彼のことを信頼しているように見えた。


 まるで、彼がアリスターに向けていた感情がそのまま彼に向けられているようで……。


「…………で、あなたは誰?」


 もう、この場には私とこのエセ勇者しかいない。

 そのため、猫をかぶって人の好さを演出することはせず、本来の私を出すことにした。


 この本性は知らなかったようで、目を丸くする勇者。

 ……やっぱり、こいつはアリスターではない。


「驚いた。素はこんな感じなのか? 誰にでも物腰柔らかで優しい聖女だと思っていたが……腹に抱えていたようだな」

「そんなことはどうでもいいから、私の質問に答えてくれないかしら? あなた、誰なの? 勇者って、どういうことなのかしら?」


 ヘルゲがいた時と、また雰囲気がスッと変わった目の前の男。

 彼もまた演技を……いえ、演技なんて言えるほど大層なものでもないわね。


 ただ、隠していたというか、本性をさらしたのもまた事実だった。


「……ふーむ……どうして君には効いていないんだろうな? 聖女の能力のせいか? やはり、聖女と勇者は特別な存在なんだな。俺が言うのもなんだが」

「はあ?」


 こいつ、私の質問に答える気あるのかしら?

 勝手に独り言で自己完結してんじゃないわよ。


 そんな私の抗議の目に気づいたのだろうか、彼は私を見てニッコリと誤魔化すように微笑んだ。


「俺の名前はフロール・ヴァンローイ。勇者だよ」


 そう言って、目の前の男――――フロールとやらは笑った。

 ……やっぱり、アリスターじゃないわけね。


 ならば、彼からアリスターのことを聞きださなければならない。


「別に、あなたの名前なんてどうでもいいわ。嘘をつかないで。私の知っている勇者は、もっと猫かぶりがうまくて他人を見下していて自分のことしか考えていないクズよ。あなたとは比べものにならないわ」

「……あれ? 俺じゃなくて彼を罵倒していない? おかしくない?」


 何故だかこちらを呆れたように見るフロール。

 おかしくないわよ。アリスターはそういう男なのよ。


 彼の本性を知らないのに、よく彼に成り代わろうとしているわね、この男。


「いやいや、俺は何も嘘なんて言っていないさ。俺は確かに勇者だ」

「だから、そんなはずないでしょう」


 まだ言うか、このわけのわからない男は。


「……本当に君は彼のことを忘れていないんだな。まあ、一人くらいは誤差か」


 うんうんと頷くフロール。

 やはり、アリスターがシルクやヘルゲから忘れられているのは、こいつのやったことということね。


 ……ふざけないで。


「俺は、勇者だよ。君が今何を思っていようが、何を言おうが、俺は勇者だ。今、この世界はそうなっている」


 世界が……? 世界そのものに干渉してアリスターを追い落としたということ?

 ……そんなバカげた力を持っているというの、この男は。


 あれ、とりあえず跪いていた方がいいかしら?

 ……それは何だか癪だからやりたくないわね。アリスターなら一瞬の迷いもなくするのでしょうけれど……ここが私と彼の差ね。見習わなければ……。


「聖女、俺は別に君と敵対したいわけじゃあないんだよ。むしろ、手を取り合って共に進みたいと思っている」

「は?」


 そう言うと、フロールは私に手を伸ばしてくる。


「俺と結婚しよう。一緒になってくれ、聖女」

「嫌よ」


 ニッコリと笑って吐き気を催すようなことを言ってくる彼に、私は即答していた。

 はっ! こういうことはメリットデメリットを吟味するために少し時間をあけてから返答した方がいいのに。


 反射的というか、考える間もなく勝手に口が開いていたわ……。

 まあ、間違った選択ではないから、このままでいいんだけどね。


「……少しくらい考えてくれてもいいと思うんだがな」

「考えるまでもないわ。まず、あなたが私を求める理由がわからない」

「それは、君が美しいから……」

「そんなこと、あなたに言われなくても分かっているわ」

「…………お、おう」


 即答した私に、何だか残念な子を見るような目を向けてくるフロール。

 ……いや、だって私綺麗で可愛いでしょう?


 だからこそ、今までなんだかんだうまくいっていたわけで……。

 美人&愛想が良いの二つの武器で、私は今までやってこられたのだ。だから、美人は事実よ。


「ただ、あなたの目はそう言っていない。そのドロドロとした汚い目は、私を利用しようとしている人間の目よ。ここに来てから、そういった目を向けられることも急に増えたから、すぐにわかるわ」


 この王城には、貴族など寒村にいたころは決して交流することのできないような人たちとも会うことが多い。

 ましてや、王国の聖女なんてわけのわからない称号をいただいているので、あちらから接触してくることが多い。


 そんな彼らも、ただ善意で挨拶だけの気持ちでやってくることは少ない。

 何か私を利用とする者が多いし、そういった者たちの目はもう見慣れてしまった。


 そして、フロールもまたその目をしていたのである。

 それを指摘された彼は、やれやれと首を横に振った。


「……そうか。表情や声音はちゃんと作っていたと思うんだがな。目は盲点だった」

「私に生半可な演技は通用しないと思いなさい。私自身が演技しているし、アリスターという化け物も知っているのよ」


 そう、アリスター。彼は本当に化け物である。

 生まれながら、私以外には決して本性を見せることなく、またその一端を垣間見せることすらなかった。


 人は大なり小なり演じるものだ。本音と建て前と言えば分りやすいだろうか。

 だが、ずっと自分ではないものを演じ続けるのは、普通不可能である。


 そんなことをしていたら、本性と演技のはざまでもだえ苦しみ精神がまず押しつぶされてしまうだろう。

 だから、私だってそれほど完璧の演技を続けることはできない。


 だが、彼にはできる。できてしまう。

 ……やっぱ、あいつ頭おかしいわ。


「それに……」

「まだあるのか?」


 当たり前でしょう。

 私があなたを受け入れないのは、何よりもこれが一番大きい理由なのだから。


 私はギリッと強く歯を噛みしめ、血涙を流すほどの勢いで彼を睨みつけた。


「アリスターを勇者という面倒なしがらみから抜け出させたあなたを、絶対に許さないわ……! 彼だけ楽にするなんて……私のことも皆に忘れさせなさいよ……!!」

「えぇ……? 何か俺の考えていた聖女と勇者と違う……」


 この男、何勝手にアリスターを解放しているのよ……!

 私が彼をここまで引きずりこむのに、どれほど苦労したと思っているの!?


 ちょっとでも隙を見せたり油断をしたりしたら指の隙間から抜け出すように逃げおおせることのできるアリスター。

 彼をこの場に留まらせて苦しませるためだけに、私は生きてきたと言っても過言ではない。


 それなのに、この男は何が目的か知らないけれど、私の今までの血のにじむような努力をあっさりと無駄にしてくれやがったのである。

 そんな男、たとえ都合がいいとしても絶対に一緒になんてなってやらないわ……!!


「まあ、しかし……流石聖女というべきか。それとも、君とあの勇者が特別な絆で結ばれていたのか……」

「わけのわからない妄言はそこまでにしておきなさい。吐くわよ」

「えぇ……」


 特別な絆? 私とアリスターが?

 ……うっ、胃液が込み上げてきた。


 私と彼が何か繋がっているというだけでこれほどの気持ち悪さが襲ってくるなんて……。

 この男、精神攻撃も得意なようね。


「と、とにかく、だ。俺には、君が必要だ。もっと言えば、君の力がな。だから、絶対に君を俺のものにしてみせる。それまで、待っていろ」

「……今しないの?」


 そう言うと、フロールは背を向けて歩き出した。

 そこで、気になったことを尋ねてみる。


 もし、私をものにしたいと言うのであれば、今誰もいない二人きりの状況が絶好の機会なのではないだろうか?

 しかし、振り返った彼の顔は明らかに疲れていた。


「……何か色々衝撃的すぎて萎えた。また今度」

「そう」


 まあ、面倒くさそうだし放っておきましょう。

 私は去っていくフロールの背中を見送る。


 さあ、私がやるべきことは、アリスターをどこかから見つけ出し、再びこのしがらみと苦しみの中に放り込むことよ!

 逃げられると思うなよ、アリスター……!




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