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【書籍化・コミカライズ】偽・聖剣物語 ~幼なじみの聖女を売ったら道連れにされた~  作者: 溝上 良
最終章 アリスター消失編

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第133話 誰だよ!?

 










「……何であんな黒歴史を夢で見たのかしら」


 私は非常に不快だった。

 起きたとたんにこんな気持ちになるとか、今日最悪じゃないの。


 こういう時は、何もしないでベッドの上で二度寝をするに限るのだけれど……流石に今の状況的に、そんなことをしている余裕はないのよね。

 ……まるで、私がアリスターに影響されてこんな性格になったみたいな感じだった。止めてほしい。


 彼から何かしらの影響が及んでいると考えるだけで、吐き気がしそうだ。


「……って考えていることから、私はアリスターのことをちゃんと覚えているのよね」


 ベッドから抜け出しながら、私は自分で勝手に納得する。

 思い出すのは、先日のシルクの対応。


 まるで、アリスターという存在がそもそも存在していなかったようなそぶり。

 明らかに彼に好意を寄せていたシルクが、彼のことを忘れるとも考えづらい。


 ヘタな悪戯かとも思ったが、彼女がそんなことをするような人間ではないし、そこまで私と仲良くない。

 ……自分で言っていてなんだけどこういうこと思うのっておかしいわよね。


「シルクがアリスターを忘れた……っていうのは本当に考えづらいけれど、ないこともない……わよね」


 人の記憶というものは、ずっと確かに存在し続けるものではない。

 誰だって物忘れということで簡単な記憶は消えるだろう。


 シルクはアリスターにベタ惚れだったから彼のことは重要な記憶に入るのだろうが、それでも記憶喪失というものだって考えられる。

 頭部に強い衝撃を受けたり、精神的に非常に強いショックを受けたりしたら、大事な記憶も消えてしまうことがあるということは本を読んで理解している。


 問題は、シルクにそんなことにあった覚えがないということだけれど……。


「一番の問題は、そこじゃないのよ」


 私はおそらく今生まれてから最も深刻な表情をしているだろう。

 シルクがアリスターのことを忘れる。


 これもかなりの異常事態なのだが、非常に確率の低いことだがないことではない。

 疎ましいとまでは思っていなかったはずだが、アリスターにとってシルクから好意を寄せられることはあまり好ましいことではなかった気がする。


 彼にはマーラという最有力寄生先候補がいたし、彼女にアタックし続けるとするならば、他に自分にアタックしてくる女がいるというのも対応が面倒だろう。

 これらのことから、今回のことは彼が何かやらかしたのではないだろうかと決めつけた私は、シルクと別れてすぐさま彼が軟禁されていた最高級宿に突撃したのだが……。


「どうして、彼がいなくなっていたのかしら」


 そこに、アリスターの姿はなかった。

 いつもはそこで惰眠や退屈を貪っていたはずの男が、そこにはいなかった。


 いや、そういうこともあるだろう。

 彼だってたまには外に出て散歩をすることはあるだろうし、もしかしたら魔剣に引き連れられてまた厄介ごとに首を突っ込まされているのかもしれない。


 それだったら最高なのだけれど……。

 ……ただ、まるで人が生活しているような痕跡がなくなっていたのはおかしい。


 最高級の宿だから、サービスとして綺麗にされているのは分かる。

 だが、本当に一切の人の生活の様子というものが認められないのもおかしい。


 アリスターはあそこにずっと滞在していたのだ。一日や一週間ではない。

 ならばと思い、宿の使用人に尋ねたのだが……。


「彼らもアリスターを覚えていなかった……」


 そう、彼は使用人たちに覚えてすらいられなかったのだ。

 ずっと過ごしてきたはずだ。当然忘れることはないだろう。


 それなのに、彼らはそんな男がいたのかと、本当に理解していない様子だった。

 本当に、アリスターという存在が元からいなかったかのようで……。


「これを、アリスターができるの?」


 一番考えられるのは、彼自身が何かをしでかしたということだ。

 基本的に王都での生活を疎ましく感じていただろうし、隙あらば逃げ出そうとしていたのだから、自分の存在を撃ち消して雲隠れするということは考えられる。


 手段があるのだとしたら、私もそうするし。

 だけど、彼は自分の意思だけで行動することができなくなっている。


 それこそが、魔剣である。アリスターや私とは対極の存在であり、他人を慈しんで自分の身を省みず助けようとする存在。

 あれの存在でアリスターが好き勝手できずに苦しんでいるので私は嬉しいのだが……。


「あの魔剣が、他人の記憶を弄ることを認めるかしら……」


 アリスターがやったとは断定できない理由が、これである。

 魔剣が、彼がそのようなことをするのを許容して見逃すだろうか?


 記憶というものは非常に重要だ。その者の人格を形成するにも大きな要素の一つである。

 それを、自分勝手な理由で弄って逃げ出すことを許すとは、私はどうしても思うことができなかった。


 とすると、このような異常な事態が起きているのは……。


「アリスター以外の誰かが、彼を陥れた……?」


 第二の可能性としてあげられるのが、それだ。

 アリスターを追い落とすために誰かが暗躍し、それを成し遂げてしまったということ。


 ……あり得るのだろうか、そのようなことが。

 アリスターは戦闘能力的には弱い。魔剣がいなければ、その辺にいるチンピラにもボコボコにされるだろう。


 だけど、その弱さ故にか、彼は自分に向かう危険というものに対する対応の速さは非常に速かった。

 危機管理能力というのだろうか? 小動物のように、危険に対する察知能力は高かった。


 そんな彼が、何もできずにあっさりとやられる?

 しかも、彼には魔剣もついている。先ほども考えていたが、魔剣の戦闘能力は確かなものだ。


 アリスターに危機管理能力と、魔剣の戦闘能力。これが合わされば、よっぽどのことがない限り彼らがどうにかされてしまうということは考えられない。


「……それほどの強大な敵が、アリスターをどこぞに追いやったということ?」


 ……思わず背筋がゾクリとしてしまう。

 私は、どうすれば……。


 とりあえず、大きな鏡の前に立つ。

 故郷では決して着ることのできないほどの、肌に優しく着心地が抜群な寝間着を脱ぐ。


 この王城での生活は聖女としての振る舞いや教育でストレスがかなりたまるのだが、待遇としては悪くない。

 故郷の寒村にいたときもそれなりに気を遣っていた長めの黒髪だが、ここでは貴族以上の手入れをしてくれるため、さらに艶も増して綺麗なものになっている。


 白い肌もよくわからない液体を塗りつけられたりするし、温かいお湯での入浴も毎日できるからとても清潔だろう。

 見た目はもともと整っていたけど、寒村にいた時よりも魅力的ね。


 下着姿になっている自分の身体を見るが……。

 ま、まあ、胸はちょっとだけ小さいかもしれないけれど、これくらいがいいのよ。


 大きいと将来垂れるしね。巨乳好きの男は全員クズで馬鹿だし。

 シルクとかマーラがおかしいのよ。ええ。


 スラリと長い脚もなかなかのものだし、張りのあるお尻もいいわ。

 ……うん。やっぱり、私は綺麗で可愛い。将来、都合のいい男を捕まえることは確実ね。


 そう考えながら、私は外に出るために聖女用の衣装を身に纏っていく。

 …………別に、アリスターを探しに行くというわけではない。


 いえ、探しには行くわね。行くけれど……別に、これが心配しての行為だと思われたら困るわ。

 アリスターが傷つけられたり苦しんでいたりすると嬉しいもの。


 彼が少しでも嫌な気持ちになっていてくれたら最高よ。

 ただ……まあ、私がそれを見て嘲笑うまでが一つの流れなのだから、彼が私の視界内にいないというのは問題なのよね。


 だから、とりあえず彼を攻撃している者が誰なのかは知らないけれど、私の側には置いておいてもらわないと困るのよ。

 ということで、着替え終わった私は意気揚々とアリスターを探しに部屋を出て……。


「おや? どちらに行かれるのでしょうか、聖女様」

「…………」


 部屋の前で待機していたヘルゲに捕まった。

 ……何でこいつ私の部屋の前にいるの?


「えーと……どうしてここに? ヘルゲさん」

「はっ。聖女様はこの国にとって……そして、私にとっても非常に大切なお方です。何かあってはいけませんので、こうして部屋の前で警護させていただいておりました」

「…………」


 ストーカーじゃね?

 ……とも思ったが、まあ警護してもらっていて悪いことはないからいい、わよね?


 扉もしっかりしているから中での独り言が聞かれることはないでしょうし、この王城も寒村よりははるかに安全だとしても絶対という言葉はないしね。

 それに、ヘルゲが部屋の前にいたらちょくちょくやってくるエリアへのけん制にもなるわね。


 相手するの、なかなかしんどいのよ……。


「そ、そうですか。ありがとうございます。それでは、私は少し失礼しますね」

「どちらへ? お供しますが……」


 そそくさとこの場を後にしようとする私に、ヘルゲがさらに尋ねてくる。

 どんだけ私のことを知りたいのよ。いや、警護してくれるというのだから、行動を知ろうとするのは当たり前か。


 ……まあ、人探しだし手伝ってもらった方がいいわね。

 何かストーカーっぽくてちょっと嫌だけれど。


「それでは、お願いしてもいいですか? ヘルゲさんにはいつもお世話になっていて心苦しいのですが……」

「もちろんです! 聖女様のお力になることこそ、私の生きがいですから!」


 それはちょっと……怖い……。

 なんだか最初に寒村にやってきたときと全然違うような気がするのだけれど……。


「それで、どの方を?」


 ヘルゲにそう尋ねられて、ハッとする。

 そうだ。彼はアリスターのことを覚えているのだろうか?


 ……っていうか、何で私は彼のことを覚えているのか。

 アリスターを陥れるためだったら、ちゃんと私の記憶も弄っておきなさいよ。


「えーと……ゆ、勇者さんなんですけど……」

「勇者、ですか……?」


 首を傾げるヘルゲ。

 あぁ……やっぱり、彼もアリスターのことは覚えていないようだ。


 ……しかし、シルクだけでなくヘルゲの記憶も弄っているとは……。彼の敵は、本当に強大なのかもしれない。

 私にその牙を向けないでね、誰かさん。


 と、その前に、まずはヘルゲにどう説明すればいいものか……。


「あのー、ですね。勇者というのは聖剣の適合者で、私の――――――」

「勇者でしたら、そちらに」

「えっ……?」


 もにもにと説明しようとしていると、ヘルゲがスッと指を私の真後ろに向けていた。

 えっ!? いるの!?


 私はハッと振り返って……端正に整った初めて見る男を視認した。


「やあ。俺に何か用か、聖女?」


 にこやかな笑みを浮かべて手を上げて挨拶をしてくる男。

 …………誰だよ!?




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