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【書籍化・コミカライズ】偽・聖剣物語 ~幼なじみの聖女を売ったら道連れにされた~  作者: 溝上 良
最終章 アリスター消失編

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第131話 きっかけ

 










「はっ……!?」


 ぱちくりと目を開けるマガリ。

 かなりぐっすり安眠していたのだろう、口元にはよだれの痕があり、それをごしごしと荒っぽくなりながらも拭い取る。


 空を見上げれば、寝る前に見ていた青い空はなく、黒い空に光り輝く星がいくつもちりばめられていた。

 とても美しい光景なのだが、今のマガリにそれを堪能している余裕はなかった。


「あ、アリスター! もうこんな遅いよ!?」

「んあ……? ふわぁぁぁ……いい頃合いだな……」


 ゆさゆさと激しく身体を揺らされて憂鬱そうに目を開けるアリスター。

 彼はマガリと違ってまったく慌てる様子を見せず、のんびりとしたようにグーッと凝り固まった背筋を伸ばしていた。


 その様子にマガリは唖然としてしまいながらも、すぐに言葉をかける。


「何言っているの!? お仕事をお手伝いしてお野菜とかもらわないといけなかったのに……。どうしよう……食べる物がないよ……」


 そう、マガリも無償で働いているというわけではない。

 いや、彼女の優しい性格を考えるとそれでもいいのかもしれないが、実際問題見返りとして作物などの食糧を分けてもらわないと、生きていくことができないのである。


 その言葉に今度は目を丸くしたのはアリスターである。


「……お前、備蓄とかしていなかったの?」

「びちく……?」

「……食べ物を溜めていざという時に備えるってことだよ」

「してないよ? だって、その日食べる物しかもらえないもの。我慢していたら倒れちゃうよ」


 ぎょっと目を丸くしたアリスターは、しばらく硬直した後呆れたようにため息を吐いた。


「……お前、あんなに働かせられていたのに、そんな必要最低限のものしかもらっていなかったのか……」

「…………?」


 首を傾げて何も分かっていない様子のマガリ。

 彼女が純粋無垢な子供だから分からないのも仕方ないかもしれないが、何よりもそんな彼女を不当にこき使っていた大人たちに失望してしまう。もともと失望するような感情なんて抱いていなかったが。


 まあ、村の大人たちも、何もマガリを使い潰してやろうなんて考えは持っていないだろう。

 あまり余裕がないというのもあるが、何も言ってこないのであれば……と必要最低限のお返ししかしていなかったのだ。


 それでも、こんな小さな女の子が一日食べるだけしか渡さないというのもなんだが。


「仕方ない。俺もそろそろ徴収に行こうと思っていたし、ついでだ。ほら、行くぞ」

「え、え……? 行くって、どこに?」


 スッと立ち上がったアリスターに、マガリは目を丸くする。

 そんな彼女に、彼はなんとなしに目的を告げたのであった。


「決まってるだろ。飯をたかりに行くんだ」











 ◆



「すみませーん」


 軽くどんどんと扉を叩かれる音と共に、まだ子供特有の高い声が届いてくる。

 すでに日も落ちた遅い時間に、いったい誰なのだろうか?


 本来であれば決して扉を開けることはしないのだが、子供の声ということもあって村人の男は外に出ることにしたのであった。


「……おや、アリスターか? どうした、こんな夜更けに」


 扉の前に立っていたのは、この村に住む子供のアリスターであった。

 マガリと共にまた複雑な家庭状況にあるのだが、彼もかなり容姿が整っており、また年上に甘えるのが上手い可愛らしい性格をしているためか、マガリかそれ以上に村の大人たちから受け入れられている存在である。


 だからこそ、彼もいきなり追い返すようなことはせず、理由を聞くのであった。


「すみません、ちょっと助けてほしくて……」

「助ける? 何かあったのか?」


 少し身体を硬くする男。

 アリスターのためならばできる限りのことはしてやりたいが、いくら何でも身に余るようなことを頼まれるのは困る。


 そう思って一言たりとも聞き逃すまいと耳を澄ましていると……。


「その……俺の友達のマガリが倒れちゃって……」

「えっ!? だ、大丈夫なのか!?」


 ぎょっとして身を乗り出してしまう。

 マガリ。アリスターと同じくらいに可愛がっている子供だ。


 そんな彼女が倒れたと聞けば、冷静ではいられない。

 彼だって、自分の畑作業を彼女に手伝ってもらったことが何度もあるし、今日だって手助けしてもらっていたのだ。


「うん、もう起きたよ。でも……」

「で、でも……?」

「マガリ、お腹すいたって言って倒れちゃったんです。いっぱいお仕事をして、疲れてたんだと思います」

「うっ……」


 心当たりがあった。

 別に、彼がマガリを無理やり働かせ続けていたというわけではない。


 ただ、彼女自身が非常に働き者であり、進んで自ら仕事を手伝ってくれることに甘えていたことは事実だろう。

 今日も子供とは思えないほど働いてくれていたし、今までが平気だったから気にしなかったが、確かに倒れてしまっても不思議ではない。


「マガリにお腹いっぱい食べさせてあげたいんですけど、俺のところにご飯がないから……」

「そ、そうか……」


 ダラダラと汗を流す男。

 どれほどの食糧を上げればいいのかと考え込んでいるのを、アリスターは細めた冷たい目で見据えて、最後の一押しをした。


「……やっぱり、おじさんのところも余裕はないよね? 他の人のところに行ってお願いしてきます。『マガリが働きすぎて倒れちゃった』って」

「ちょ、ちょっと待っていてくれ!」


 悲しそうに言って背中を向けようとするアリスターを慌てて止める。

 他人にマガリが倒れるまでこき使っていたなんて知られたら、どうなるかわかったものではない。


 事実は違うとしても、この話を聞けば確実にそう思うだろう。

 村八分にされないためにも、男はアリスターに背を向けて食糧をかき集め出す。


「ほら、持って行きな」


 そして、律儀に家の前で待っていたアリスターに、籠いっぱいになるまで詰められた食糧を渡すのであった。

 これを渡すと、彼だって苦しい状況になるかもしれない。


「え……こんなにいいの?」

「ああ、もちろんだ。いつもマガリちゃんには手伝ってもらっているからな、そのお礼だ」


 驚いているアリスターに頷いてみせる男。

 そう、お礼だ。それと、もう一つの理由も含まれている。口止めである。


「だからと言うわけじゃねえんだけど……」

「わー! こんなにあったら、他の人にお願いしなくてもいいや! ありがとう、おじさん!」


 それを当然察しているアリスターは、わざと大きな声でそんなことを言う。

 もう他人に言うつもりはないから安心しろという言葉に、あからさまにホッとした様子を見せる男。


「お、おう! マガリちゃんによろしくな」

「はーい!」


 男に見送られて、ニコニコ笑顔をしたアリスターは背を向けて歩いて行く。

 そして、彼からは見えないような死角に入ると……。


「……ほらな? ちょろいもんだぜ」


 そこで待っていたマガリに向かって、魔王でも引いてしまうようなあくどい笑みを浮かべるのであった。


「す、すごい。こんなにたくさん……。で、でも、嘘ついちゃうのは……」


 目の前の食糧に目を輝かせつつも、しかしその手段があまり正攻法とは言えないものなのでどこか心に突っかかりを覚える。


「いいんだよ。本当はあれくらいもらっていてもおかしくないんだ。お前、もうちょっと欲出した方がいいと思うぞ」

「アリスターほどはダメだけどね!」

「言いますねぇ……」


 しかし、そういうものもアリスターと話すことによって緩和される。

 また、『自分の労働はこれほどまでとは言わないが価値のあるものなのでは?』という考えにも至った。


 それは、将来の『あの』マガリを作り上げる第一歩だったのかもしれない。


「でも、ありがとう! これで、今日……ううん、一週間は食べられるよ!」


 ニコニコとした笑顔を浮かべるマガリ。

 もちろん、アリスターと分け合ってと考えての発言である。


 彼女が独り占めしたとすると、おそらく二週間は軽く持つだろう。

 だが、アリスターは首を傾げて理解不能といった様子を見せる。


「ん? 何言ってんだ?」

「え?」

「同じ手法で他の奴にもせびるに決まってるだろ。さあ、行くぞ」

「え、ええっ!? さっきの人には言わないって言ってたのに!?」


 ウキウキで他の村人の元に行こうとするアリスターに、マガリは唖然とする。


「他の奴に対して、あのおっさんに働かせられて倒れたなんて言わない。同じことを言えば、だいたい思い当たる節があって勝手にあっちが想像する。……そんな子供を働かせている方がダメだと思うけどな」


 というか、マガリがどれほど村人たちのことを手伝っているかということである。

 心当たりがある者が他にもいるのだとしたら、それはそれで問題だろう。


「で、でも……」

「よし、行くぞマガリ。楽して食糧を集めるぞ」

「ええええええええええ…………」


 ずるずるとアリスターに腕を引かれて引きずられていくマガリ。

 結論から言うと、数か月分の備蓄ができ、マガリはしばらくの間その日暮らしの手伝いをする必要がなくなった。


 マガリの心に、楽をするというゾクゾクとした快感が生まれたのもこれが初めてであった。

 これこそが、彼女を堕落させていくきっかけになるのかもしれない。




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