第130話 なんだこの過去
「せっかく気持ち良く寝てたんだから起こすなよ……」
「もう! ダメだよ、アリスター。ちゃんと農作業を手伝わないと。皆一生懸命働いてるよ?」
ぼりぼりと寝癖のある頭をかきながら、大きな欠伸を見せるアリスター。
そんな彼に対して、頬を膨らませて腰に手を当て、メッとしかりつけるのはマガリである。
二人の関係性は、だいたいいつもこんな感じだった。
農作業をサボっているアリスターを必ず見つけ出し、軽い注意をする。
そして、彼はそれをボーっとしたある種無防備な姿を見せながら聞き流す。
これこそが、他の村人たちも知らない彼らの関係性であった。
「皆がしているから自分もするっていう主体性のない人間にはなりたくないなって」
「……しゅたいせい?」
「……他人の意見に流され続けるより、自分の意見もちゃんと持っておこうって話」
「なるほどー!」
首を傾げるマガリに、アリスターは苦笑いしながら適当を言う。
純粋無垢な彼女はあっさりと彼の言葉を受け入れ、色々なことを知っているねとキラキラとした目を向けてくる。
「でもでも! それって農作業を手伝わなくてもいいっていうことじゃないと思うけど……」
「賢いなー、マガリは」
「えへへ」
軽く綺麗な黒髪の上から頭を撫でてやると、嬉しそうに破顔するマガリ。
農作業を手伝って大人に褒められている時よりも嬉しそうだ。
そんな彼女にニッコリと笑いかけて……。
「まあ、俺は手伝わないけど」
アリスターは自分を貫いた。
この大天使マガリに対しても自分を曲げないのは、彼の美点の一つかもしれない。
貫いている方向が間違っているが。
「お昼寝だったら、お仕事した後の方が気持ち良くぐっすりと寝られるよ?」
「皆が働いている時にサボって寝ているっていうのがいいんじゃないか。他の奴らが汗を大量に流してあくせく働いている時に、俺はのんびり寝ているんだ。気持ちいいぞ~? お前も寝てみる?」
クズの中のクズ発言をするアリスターは、マガリを引き込みにかかる。
毎回毎回働けと言われるのもなかなかに鬱陶しいものだ。
しかし、大天使マガリを突き放すというのもなけなしのミジンコほどの大きさの良心が痛む。
ならば、彼女をこちら側に引き込んでしまえばいい。
「…………だ、ダメだよ。この後もお仕事のお手伝いをしなきゃいけないんだから」
「悩んだな」
「うぅ……」
少し想像して、確かに他の人が働いている間にぼけーっと過ごすことができれば、それはそれで優越感があって楽しいかもしれない。
悩んだ様子を見せたマガリを見て、彼女は才能があるとアリスターは確信する。
「まあ、一回寝転がってみ?」
「だ、だからダメだって……」
「いいからいいから」
「あっ……!」
マガリの細い腕を掴んで引っ張り、自分のすぐ隣に寝させる。
多少強引になったかもしれないが、下は柔らかな草でクッションのようになっているので、怪我をすることはなかった。
「て、手伝わないとお野菜とかもらえなくなるよ……」
「大丈夫だ。俺もお前も顔立ちが整っているから、子供らしい演技と一緒に上目づかいでお願いしたら、絶対にもらえる」
「…………?」
「……可愛いってことだよ」
「か、可愛い? えへへ……」
やはり嬉しそうに笑うマガリ。
すでに将来のクズさがほぼ完成しているアリスターだが、彼女の子供らしい邪気のない笑みに思わず苦笑いしてしまう。
「まあ、とにかくゆっくり寝てみろよ。お前、ずっと働きっぱなしだろ? そんなの、子供がすることじゃねえよ。面倒事は大人に任せとけばいいんだよ。どうせ、俺たちだっていずれ大人になるんだし」
ぐーっと伸びをしながら言うアリスター。
二度寝の態勢に突入した。
マガリも見よう見まねで同じことをしつつ、彼の顔を興味深そうに覗き込む。
「アリスターは大人になったら頑張るの?」
「いや、頑張らねえ。俺以外の大人が頑張ればいい。俺は楽に人生を舐めて生きていくんだ」
「……それってどうなんだろ……」
首を傾げるマガリ。
「そのための努力は怠らない。俺の演技力は今やこの村にいる奴ら全員を騙せているし、農作業とかしまくって俺のイケメンに傷一つつけやしない。絶対に俺は都合のいい女を捕まえてみせる……!!」
「凄い熱意……! だけど、言っていることはダメだと思う……!」
目をキラキラさせ、力強い握り拳を作りながら言うアリスター。
どうしてこうなってしまったのだろうか?
マガリもその熱さに当てられながらも、何か違うと直感で感じていた。
「まあ、とにかく寝てみな」
「……うん」
うっすらと笑うアリスターに、マガリは逆らう気も起きずに空を見上げる。
雲もほとんどない青い空がどこまでも高く続いている。
温かな陽光が降り注ぎ、農作業中は暑さを感じるほどだったのだが、何もしない今はとても気持ちがよく眠気を誘う。
さわさわと草を揺らすほどの穏やかな風も吹いており、髪の毛が揺れて頬にかかりくすぐったい。
チラリと隣を見ればアリスターはもう寝ていた。
穏やかな寝息を立てて無防備に寝ている彼を見て、思わずふっと頬を緩めてしまう。
彼の側だと、頑張らなくていい。良い子でなくてもいい。
自分は頼れる者がいないのだから、他の子供たちよりも頑張って仕事をして他の村人たちに認めてもらわなければならない。
そうしないと、いざというときあっさりと見捨てられて切り捨てられるからだ。
だが、やはりそれを続けているのはしんどいし、疲労とストレスは蓄積し続けてしまう。
だからこそ、マガリはアリスターの側にいようとする。
肩肘を張らずに済み、本来の自分を出すことができる居心地の良さを感じてマガリは彼の隣にいつもいようとするのかもしれない。
マガリはこの後手伝わなければならないはずの農作業をサボり、アリスターの隣でゆっくりと穏やかな眠りに沈んでいくのであった。
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