第129話 二人の子供
「よいしょ、よいしょ……」
とある農村。寒村とも言えるこの場所は、温かな光が降り注いでとても居心地良さそうだった。
村人の多くが農作業に従事しており、その中にはまだ年端もいかない子供たちの姿もあった。
子供を労働に従事させるというのは、ある方向から見れば非人道的な行為かもしれないが、しかしそれは余裕のある者たちが蚊帳の外だからこそ言えること。
この寒村のように、毎年毎年生きることに必死な切羽詰った状況にある場所では、子供たちは貴重な労働力として使われているのは普通のことであった。
そんな子供たちの中で、一際可愛らしく容姿の整った者がいた。
大して手入れもできていないはずなのに、まるで濡れているかのような美しい綺麗な黒髪を流している。
可愛らしく整った顔にいっぱいに汗を浮かばせて、ところどころ農作業の土汚れをつけているが、それを気にせず全力で仕事に取り組んでいた。
「ふー」
細腕で額に溜まった汗をぬぐう少女。
キラキラと陽光に汗が煌めいて、彼女の周囲が輝いているかのように演出する。
汗に濡れて土に汚れても、なお彼女の可愛らしさは健在であった。
「おーい、マガリちゃん! そろそろ休憩にしよう!」
「はーい!」
同じく畑を耕していた大人の男に言われて、華が咲くような笑みを見せる少女――――マガリ。
ニコニコと笑いながら近づいてくる彼女に、男は庇護欲のようなものがかきたてられて仕方ない。
マガリのおねだりなら、ほとんど何でも叶えてしまうのではないかというほどのデレデレぶりである。
「いつもありがとうな、マガリちゃん。助かるよ」
そう言って男はマガリを労う。
多くの子供たちが農作業に従事しているが、その中でもほとんど休まずに熱心に働いてくれているのが、彼女だった。
「いえいえ! 私たちは同じ村に住む者同士……いわば、家族なんです。家族は、助け合って生きていかないといけません。とくに、こういう裕福でない村ならなおさらです。だから、これからもどんどん私に頼ってくださいね!」
「マガリちゃん……! なんて良い子に育ってくれたんだ……!」
マガリの後光が差すような聖人の如き言葉に、思わず男は感涙する。
心の底からそう思っているような笑顔。こんなことを言えるのは、彼女が子供だからだろうか?
いや、子供でもここまで優しい子はそうそういないだろう。
色々と難しい家庭環境にもかかわらず、こんなまっすぐ人を思いやることのできる子に育ってくれて、うれしくて仕方ない。
「でも、マガリちゃんはまだ子供だからね。ずっと一日中俺たちみたいに畑作業をしなくてもいいんだよ。ちゃんと同年代の子たちと遊ぶことも、君たちの大事な仕事なんだから」
だからこそ、男はマガリの背を優しく押し出す。
他の子供たちと違ってサボりもせず、大人顔負けに一生懸命働いてくれる彼女は、その分子供らしいことをほとんどできていない。
彼女たち子供の力を借りなければいけない自分たちに情けなさを感じつつも、少しでも子供らしい幸せを感じてほしいと考える。
「……はい! じゃあ、遊びに行ってきますね!」
「え? いや、他の子たちは逆の方向に……って」
嬉しそうに笑ったマガリは、トテトテと迷いなく走って行ってしまった。
しかし、多くの農作業をしている子供たちとは違う方向に走って行ってしまったので、男は目を丸くする。
「……マガリちゃん、いつも誰と遊んでいるんだろうか?」
◆
「はっ、はっ……!」
マガリは小さく息を吐きながら、一生懸命短い脚を動かして走っていた。
先ほどまで重労働の農作業をしていて疲れているはずなのに、彼女は決して足を止めようとはしなかった。
表情は嬉々とした可愛らしい笑みを浮かべており、これから会う者のことを考えてとても幸せそうな雰囲気を醸し出していた。
「やっぱり、家にいなかった。っていうことは、いつもの場所だよね……!」
先ほど行ったもぬけの殻だった家を見て、彼女は林の間を駆け抜けていた。
この辺りは魔物も危険な動物も一切出てこず、小動物や鳥たちが集うとても穏やかで居心地のいい林だった。
マガリが住んでいる村のすぐ近くにあり、そこを抜けると村全体を見下ろすことができるような小さな丘にたどり着く。
彼はいつもそこにいた。
「見つけた……っ!」
林を抜けると、その丘に一人の少年がいることを確認する。
マガリは嬉しそうに笑って、まるで飼い主に懐いている子犬のように彼に駆け寄った。
大きく声を上げて呼びかけようとするが、彼が柔らかな草に寝転がっているのを見てハッと口を両手で抑えて止める。
そして、そろりそろりと近づいて行くと……彼女の予想通り、彼はスヤスヤと幸せそうに寝ていた。
「ふふっ、寝てる……。すやすやー、ぷにぷにー」
マガリは心底楽しそうにクスクスと笑いながら、彼の寝顔を覗き見る。
そして、それだけでは満足できなくなったのか、子供特有の柔らかい頬を小さな指でツンツンと突き始めた。
すると、眠っていた少年もむず痒そうにして、目をゆっくりと開けていく。
「んむぉ……? 俺の眠りを妨げる者は何者だぁ……」
まるで、ラスボスのようなことを言う少年。
そんな彼に、マガリは満面の笑みを向けるのであった。
「おはよう、アリスター!」
「……マガリかよ」
マガリに起こされた少年――――アリスターは、呆れたようにジト目で彼女を見つめるのであった。
最終章スタートです!
しょっぱなから過去編ですが、書籍版の過去編とは大きく異なっていますので、書籍を買ってくださった方はご安心ください。




