第128話 誰ですか?
マーラの結婚騒動からしばらく経った。
結果からいうと、彼女とゲーアハルトの結婚は、なかったことになって流れてしまった。
というか、ゲーアハルトが生きていたことに驚いたわ。死んだとばかり思っていた。
悪魔に憑りつかれていたために酷く衰弱しているようだが、大丈夫なようだ。
ただ、この結婚は彼がマーラに好意を寄せているということが大前提にあったわけで、それも悪魔によって作り出されたものだったらしく、彼は元の婚約者のことを愛していた。
ということで、国王も無理に二人を引っ付けようとすることはなく、また悪魔の騒動もあったので、うやむやになって流れた。
「おっぐぉぉぉぉ……!!」
そんなことよりも、俺のこの身体を何とかしてくれませんかねぇ……!!
身体中が引き裂かれそうだ……! いや、そういう経験したことないから、厳密には違うだろうけど。
『あの黒化、やっぱりとてつもない反動があるね』
ああ。魔剣に普通に操られるだけでも筋肉痛でもだえ苦しんでいたというのに、その何十倍も痛い!!
地面が割れるような力で飛びまわっていたが、普段の俺がそんなことできるわけない。
あの時は平気だったのだが、やはり少し時が空くと痛い痛い!
「まあ、マーラが戻ってきたことは良かったけどな……」
『だねー。君に囚われることも大問題だけど、それ以上に悪魔の母胎にさせられていたら目も当てられないことになっていたよ』
俺と結婚することを囚われるって言ったり大問題って評したりこの野郎……。
「だけど、流石にちょっと疲れたな……」
『確かに、君は頑張ったよ。僕も力を及ばすことのできないあの黒い力を、君は一時的にとはいえ完全に支配下に置いていた。あれは、君個人の功績だよ』
「もっと褒めろ」
『……褒めたくないなぁ』
他人から褒められるということは気分がいい。
世界中の人間が俺をたたえるべきだろう。
「はぁ……すっげえ眠い。起きてても痛いだけだし、寝るか」
『うん。身体の調子を整えるためには、寝ることが一番だからね。何かあったら起こすから、安心してお休み』
俺は魔剣のささやきを耳にしながら、ゆっくりと意識を深く沈めて行ったのであった。
願わくば……願わくば、俺が起きたら少しくらい世界が俺に優しくなっていますように……。
◆
「今回のこと、成功と言っていいのかしら……?」
私は街中をゆっくりと歩きながら、そう呟いていた。
人のにぎわいもあるから聖女である私がそこを歩くのはなかなか危険なのかもしれないけれど、ちゃんと護衛はいるだろうし大丈夫でしょう。
聖女という存在を必要と王国がしている限り、ある程度私の安全は確保されているようなものだわ。
そんなことよりも、私が考えるべきなのはアリスターのことである。
あの男、マジでマーラを堕としにかかって、しかも後少しというところまで持って行くのだから恐ろしい。
自分だけ厳しい状況から抜け出して、未だその中にいる私を上から嘲笑おうとしていたのである。
当然、見過ごすわけにはいかない。私は全力でマーラのヒモになることを妨害することにした。
……のだけれど、まさか当て馬に使ったゲーアハルトが悪魔に憑りつかれていたなんてね……。
あれ、私も危なかったわよね。思わず王に話していたのを聞いて飛びついてしまったのだけれど、そういうことは今後慎まなければならないわね。
流石に、私はアリスターほど覚悟が完了していないから、最低でも寄生先は人の形をしているのがいいのよ。
彼は何だったらオークの雌でもいいとかいうえぐい男だから……。本当、どうやってあんな人間が生まれたのかしら。
さて、私は今そんな男の元に向かっている。
彼は聖剣の適合者ということもあって、この王都に幽閉されているみたいなもの。
場所も最高級宿ということは分かっている。
良い所に泊まっているというのはムカつくけど、嫌々王都に残されているのは笑えるからいいわね。
何故私が彼の元に向かっているかというと、もちろん彼に会いたいというお花畑な理由からではない。
なんだったら、一生目を合わせなくなるのであれば、それが望ましいくらいよ。
私が彼の元に行こうとしているのは、彼を監視するため以外のなにものでもない。
一応、今回の騒動でうやむやになったおかげで、マーラはゲーアハルトとの結婚も白紙になった。
そのせいで、アリスターが彼女に猛アタックをかけることだって、十分に考えられる。
「先に幸せになるなんて絶対に許さないわ。妨害してやる……!」
強い決意を秘めて歩いていると……。
「……聖女様?」
「あら?」
透き通るような綺麗な声で呼びかけられ、思わず振り向いてしまう。
こういう時は、大体気づかないふりをしてさっさと行ってしまうのだが、つい思わず……。
声は小さいのだが、しかし耳に通る美しい声だった。
「シルクさん」
「……お久しぶりです」
私は一気に外向き用の笑みを浮かべて、目の前の少女――――シルクに向き直る。
茶色の髪を肩口まで伸ばし、ほとんど表情が変わらなくても非常に整った顔立ちのおかげで威圧感を与えることはない。
意外と身体の起伏も富んでいる彼女は、現在名門の王都演劇団に加入している売れっ子女優だった。
「この前の演劇も見させてもらいました。凄くよかったですわ。もう、今や王都演劇団の看板女優ですね」
「……そんなことないです」
私が褒めれば、無表情のまま謙遜するシルク。
アリスターから褒められたら無表情ながらも頬を染めてめちゃくちゃうれしそうな雰囲気を醸し出すくせに、案外冷たい対応ね。
普段はこんな感じなのに、舞台に立ったら本当に立派な振る舞いをするのだから、彼女は本当に演劇が大好きなのだろう。
そんな彼女は、アリスターだけではなく自分にも時折招待してくれる。
窮屈な王城から抜け出せる貴重な機会なので、私もシルクには感謝していた。
まあ、アリスターよりは頻度は少ないけれど、彼女の気持ちを知っていたら簡単にうなずける。
「またアリスターを招待しに来たんですか? ふふっ、シルクさんは彼が大好きなんですね」
そう笑いながら、私の頭の中で算段を立てていく。
……よし、彼女を使ってマーラとイチャイチャするのを妨害しよう。
シルクも割と良い寄生先だと思うのだけれど、彼の大本命はマーラだ。まずは、彼女と引き離すことから考えよう。
王都演劇団の人気女優っていうだけで非常に将来が安泰だものね。
元は普通の奴隷だったのに……人生って分からないものだわ。
……まあ、私だって聖女になるなんて思ってもいなかったし。
そんなことを考えながらシルクを見ると、小首をかしげていた。
……あら? 今回はアリスターが目的ではないのかしら?
でも、基本的に演劇とアリスターのことしか考えていない彼女なのだから、それも考えづらいけど……。
というか、無表情だから考えが読めないのよ。
そう思っていると、シルクが瑞々しい唇を開いて、ようやく言葉を口にした。
「……アリスターって、誰ですか?」
…………え?
物語は最終章へ!
次話より、『最終章:アリスター消失編』スタートです。
最後までお付き合いをよろしくお願いします!




