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【書籍化・コミカライズ】偽・聖剣物語 ~幼なじみの聖女を売ったら道連れにされた~  作者: 溝上 良
第四章 アリスターの婚活編

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第125話 何としてでも生き残ってやる

 










「敵、敵だ。殺さないと、殺さないと……」


 悪魔が目の前に立った男を捉えると、ただただ溢れ出した感情は殺さなければならないという義務感であった。

 自身は強大だ。凶悪だ。だから、ここにいる人間たちはすぐに逃げ出した。


 人間は弱い。自分たち悪魔の糧となることしか存在理由がなく、まさに家畜と言っても過言ではないような存在だ。

 だが、悪魔は知っていた。


 そんなか弱い存在である人間だが、ごくまれにその域に留まらない個体が現れることを。

 その特異種とも言うことができる人間は、非常に強大な力を持って自分たちに抗う。


 そして、そういった者たちが力を発揮するのは、総じて自分たちの大切なものを守ろうとするときであった。


「手加減は、手加減はしない。ちゃんと、確実に、徹底的に、殺さないと……」


 だから、悪魔も油断しない。

 決して自分の前に立った男を侮らない。


 そもそも、おぞましい見た目と威圧感を持っている自分の前に立つことだけでも、とてつもない勇気と底力が必要なのだ。

 それだけでも、警戒するには十分だ。


 それに……。


「邪悪、邪悪だ。あれは、とてつもなく危険……」


 その男の持つ武器。

 一見しても普通の武器とは異なることが分かる。


 黒々とした禍々しい雰囲気を発し続ける魔の剣。

 悪魔という種族上かなり邪悪な部類に入る自分だが、それ以上のものを感じさせる。


 とてつもない代償を支払う代わりに、世界を征服してしまえるような力を与えられる。

 そんな魔剣であると、悪魔は判断した。


「(お前悪魔にも邪悪って言われてるんだけどまだ聖剣って言い張るつもりか? もう無理だぞ、そういう嘘続けるの)」

『嘘じゃないもん! 僕聖剣だもん!』

「(もんって言うの止めろ)」


 聖剣に精神的ダメージを与えながら、アリスターは油断なく悪魔を見据えていた。

 いきなり攻撃されたら泣き叫んでしまうかもしれないからだ。


 怖さは変わらないが、来ると分かっていた方が幾分かマシだ。


「アリスターさん! 危険ですから逃げてくださいまし!」


 心優しいマーラは、自身が悪魔に囚われて非常に危険な状態であることを理解しながらも、悪魔の前に立っているアリスターを案じる。

 俺だってそうしたい、と叫びたくなるのを抑えつつ、彼は不敵な笑みを浮かべながらマーラを見る。


「マーラさんを見捨てて逃げることなんてできません。必ず助けますから、少し我慢していてくださいね」

「アリスターさん……」


 自分の身の危険を顧みず、強大な敵を自分のために打ち倒すと宣言される。

 それが、どれほど嬉しいことだろうか?


 マーラが顔全体を真っ赤にして、蕩けたようにアリスターを見ることに、その気持ちが現れていた。


『さっさと逃げようとしていた奴が何言ってんだ』

「(ぶつくさ言ってんじゃねえ。ほら、何か攻撃してきそうだぞ。後は任せた)」

『うん、まあ僕がさせているんだから僕が戦うのは全然いいんだけどね』


 ……と格好つけるまでがアリスターの仕事だ。

 あとは、全て聖剣に任せ、全身の力を抜いた。


 そのすぐ後、聖剣が彼の身体を支配して、操り始める。


「殺す、殺す……。私の子を残すため、子を、子を……。母胎を、母胎を渡さない……」

「(何か母胎って怖い言い方してない? マーラ自体が欲しいわけじゃないのか)」


 ブツブツと不穏なことを呟き続ける悪魔に、アリスターは頬を引きつらせる。

 ちょっと生々しすぎて気持ち悪かった。


 そして、悪魔の考えていることを一番理解したのが、囚われた張本人であるマーラであった。


「わたくしの半魔としての身体が欲しいんですわね……!!」

『しかも、ただの半魔じゃなくて竜だからね。そりゃあ、普通の人間や魔族より全然違うよ。だから、悪魔は彼女を狙ったんだろうね。強大な子を産ませることができるから』

「(……俺よりたち悪くない?)」


 マーラの言葉と聖剣の補足を受けて、自分よりヤバい奴なのではないかと思うアリスター。


『来るよ!』

「(おう、任せた)」

『……そうだった』


 自分を扱う適性者に警戒を促した聖剣であったが、今代の勇者は全て自分にまかせっきりだったのを思い出す。

 グネグネと巨大な黒い液体の塊を脈動させた悪魔に、攻撃の兆候を見る。


 そして……。


「ッ!?」


 ギュルン! と凄まじい勢いで触手が襲い掛かってきた。

 黒々としていて軽く光っているそれは、ほとんど予備動作を見せずに襲い掛かってきたことから、多くの者は不意を突かれて一撃でのされてしまうだろう。


 だが、それは百戦錬磨の聖剣。軽く脚を曲げてから後ろに一気に飛ぶことによって、その触手の脅威から逃れた。


「(威力高いっ!? 液体のくせに何で硬いの!?)」


 ズダン! と勢いよく地面に叩き付けられた触手は、しっかりと作られていた教会の地面を簡単に破壊してみせる。

 土煙も上がって威力の高さをまざまざと見せつけるそれに、アリスターは大いに怯える。


「(うひぃっ!?)」


 土煙の中から再度自分に襲い掛かってくる触手を見て、思わず目を瞑りそうになるアリスター。

 それは格好悪いから意地でも目を開き続けたが。


 横から殴りつけてくるような触手を、聖剣で受け止める。

 ガガガガ! と硬いもの同士がこすれ合う耳を塞ぎたくなるような音が鳴り響く。


「(あれ本当に液体か!?)」


 ガクガクと身体を揺らされるほどのせめぎ合いに、アリスターは驚愕と恐怖を覚える。

 まあ、全部聖剣に任せてあるので、今更彼はどうすることもできないのだが。


 このせめぎ合いがいつまで続くのかと考えていたが、意外と早く終わった。

 触手は聖剣と触れ合っている面から折れるようにぐにゃりと曲がり、そこを支点に鞭のようにしなって……。


「ぐわっ!?」

「アリスターさん!?」


 アリスターの背後を叩き付けたのであった。


「(うっぎゃあああああああああああああああああああああああああ!?)」

『ご、ごめん……』


 とてつもない悲鳴を上げるアリスターに、聖剣は引きながら謝る。

 触手なので少し異なるのだが、鞭というものは非常に対象に恐怖と苦痛を与えることができる画期的なものである。


 それを背中に叩き付けられれば、痛みに耐性が微塵もないアリスターが一気に肉体的精神的ストレスを跳ねあげるには十分だろう。

 背中の衣服が破れ、皮膚が裂けて血を流しているので、割と大きな負傷だった。


 鍛えられた戦士や騎士ならその痛みを押し隠して戦い続けることができるのかもしれないが、アリスターにそんなことは不可能である。


「(ほげっ……ほげえええええええええええええええええ!?)」

『だからごめんって!』


 のた打ち回りたいのを気合で抑え込むアリスター。

 一人の時なら遠慮なくしていただろうが、ここには自分が堕とさなければならないマーラが見ているのである。


 決して恰好悪いところを見せるわけにはいかなかった。


「(背中が焼けるように熱いし気絶しちゃいそうなほど痛いんですけど!! もっと気合入れて俺の身体を操れよ!!)」


 と内心で声を張り上げたアリスターであったが、そんな彼に向かって再び触手が襲い掛かる。

 避けることはまだ可能だが、受け止めることはできないと学んだ。


 そのため……。


『全部吹き飛ばしちゃおう』


 そう言って聖剣は黒々とした魔力を発し始める。

 ブワッと一気に膨れ上がった見るからに危険そうな魔力は荒れ狂い、ボロボロになっていた教会をさらに破壊していく。


「マズイ、マズイ。あれはマズイ……!」


 悪魔も拙い思考能力で、その聖剣が纏っている魔力が非常に危険なことには気づいていた。

 しかし、素早く動けるわけではない彼は、どうすればいいのだろうか?


 それは、意外と簡単であった。


「きゃっ!?」


 悪魔が眼前に持ち出したのは、触手によって身体を拘束されて宙吊りにされているマーラであった。

 もちろん、悪魔は彼女を求めてこれまでの行動を起こしてきた。


 アリスターが構わずあの危険な魔力を撃ち放ってくれば、今までの苦労は台無しになってしまう。

 だが……。


「ぐっ……!?」


 アリスターは聖剣を構えたまま振り下ろしてこなかった。

 それも当然だ。マーラを助けるために自分と戦おうというのに、彼女を攻撃に巻き込むことなんてできるはずもないのだ。


 自身の予想が当たっていたことに、悪魔は歪な笑い声をあげる。


「アリスターさん! わたくしのことは気にせず、攻撃をしてくださいまし! わたくしは半魔だから、ある程度頑丈にできていますわ!!」

「余計、余計なこと、言わなくていい」

「ぁっ……!?」


 マーラにこれ以上余計なことを言わせないよう、彼女の拘束をきつくする。

 大人らしい肢体に触手がめり込んでかなり扇情的な姿になっているのだが、悪魔はそもそも性的興奮はしないし、アリスターも完全に性欲を支配下に置いていて、かつそんな余裕もないため誰も魅了されることはなかった。


「ぐっ……!? こ、こんな拘束、わたくしの竜の力で……!!」


 バチバチとマーラの身体に雷光が煌めき出す。

 だが、それは悪魔も承知していることだった。


「ダメ、ダメだ。それは、させられない、させるわけにはいかない」

「あっ……ど、どうして……!?」


 驚愕するマーラ。

 自身の竜の力が、強制的に打ち消されたからだ。


 攻撃を放ってそれが相殺されたのであれば、まだ理解できる。

 いくら強力な竜の力とはいえ、そういう芸当をしてしまえるような存在は、この世界は広いのだから存在するかもしれない。


 だが、力を発する前に撃ち消されるという気味の悪さに、マーラは愕然としてしまう。

 竜の半魔であるマーラを手に入れようと画策してから、当然悪魔はその力に対策を練ってきていたのであった。


「あとは、あいつを殺す、殺して終わりだ」


 はーはーと、息を荒くしながら悪魔はアリスターに襲い掛かる。

 これで終わりにしよう。その意思を表すように、今までは複数本だった触手が、一気に数十本へと増大したのである。


「(あかん! もうマーラを見捨てて逃げよう!)」


 ……と、最有力寄生先を見捨てる発言まで飛び出すアリスター。

 かなり惜しいが、それでも自分と天秤にかければ自分がはるかに重い。


『ダメに決まってるんだよなぁ……』

「(マジで疫病神だわ、お前!!)」


 当然、聖剣は自分たちだけ助かるために逃げて仲間を見捨てるはずがないので、強制的にこの場に残って命がけの分の悪い戦いをすることになるアリスター。


「死ね、死ね。私が子を為すために、子を、子を……」


 ぐわっと一気に悪魔の体積が広がり、触手が上下左右さまざまな場所から一斉に襲い掛かってくる。

 もはや、どれほどの達人でも必ず一撃や二撃攻撃をくらってしまうことは確定しているような波状攻撃。


「(うおおおおおおおおおおおお!! 何としてでも生き残ってやる!! たとえ、俺以外ここにいる奴全員犠牲にしてでもだ!!)」


 だが、アリスターの目は死んでいなかった。

 キラキラと輝く目を見て、マーラが見当違いの好感度爆上げをしてしまったことは余談である。



コミカライズ2話が公開されました!

ニコニコ静画様、コミックリュウ様、アークライトブックス様で見られますので、ぜひご確認ください。

活動報告に飛べるようにしておきます。

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