第124話 圧勝で頼むよ
「うわああああああああああああああ!?」
「きゃあああああああああああああああああ!!」
悲鳴が響き渡る。
それも、一人や二人ではない。マーラとゲーアハルトというめでたい結婚式に参列していた全ての人々の悲鳴である。
脳が揺らされるほどの声量であり、その緊迫感は悲壮感は目を見張るものがあった。
少しでも正体を現した怪物から逃れようと、皆自分第一に走り出して近くにいる人間を押しのけ、教会の出口へと走って行く。
黒い液体の塊みたいな良くわからないゲーアハルトも、彼らを特別害したいと思っているわけではないようで、時折触手のようなものを振り回して吹き飛ばされる者がいる程度で、ほとんどの者は無事に……無事に? まあ、出口から出て行くことに成功していた。
明確に囚われているのは、マーラだけである……のだが。
「…………なぁに、これ?」
俺はいまいち目の前の状況を理解できていなかった。
いや、分かるわけないだろ。ゲーアハルトが膨れ上がったと思ったら黒い液体の化け物になったんだぞ? なんだそりゃ。
なに? あいつ魔族だったの? いやいや、でもちゃんとした貴族だからこそマーラとの結婚式が勧められたわけだし……えぇ……?
「ふー、危ないところだったわ」
困惑している俺の耳に、そんな綺麗な声音が届いた。
振り返れば、俺の身体を盾にするように背中に隠れているマガリの姿があった。
なんだこいつ。
「お前、いつの間に……。てか、何でこっち来たんだよ。お前を狙う奴だったらこっちに来るだろ。離れろや」
「嫌よ。この場で一番安全なのはあなたの後ろだもの。それに、どう考えても私を狙っていないわよ」
グイグイとお互いの身体を押し合い引っ張り合いする。
いざというときの肉盾が手に入ったし、まあいいや。
それに、マガリの言う通り、どうにもあの化け物は彼女を狙っているというわけではないようだ。
一切こちらに注意を向けていないし、めちゃくちゃに触手ぶん回しているだけだ。
「……まあ、違うみたいだな。あと、俺お前のこと絶対守らないからな。むしろ、肉盾にしてやる」
「助けてくれるわよね、魔剣」
『聖剣だって。……うん、まあね』
こいつぅっ!! あっさりとほだされやがってぇ!!
思ったんだけど、お前ってむっつり? 女に優しくしていたら好きになってくれるとか勘違いしちゃってるやつ?
言っておくが、お前無機物だから人間と恋は無理だぞ?
「な、何だこれは!? エーレンフェスト、これはいったい……!?」
驚愕しているのはエリアだ。
騎士たちに身を守られながら、ゲーアハルトに問いかける。
しかし……。
「邪魔、邪魔だ。殺さないと、殺せ、殺そう……」
ひぃ……。黒々とした液体の塊から聞こえてくるのは、そんなおぞましい声だけだった。
怖いぃ……。あれが性格良くてイケメンのゲーアハルトくん? 俺の足元にも及ばないじゃん。
「アリスター!!」
「エリザベス」
信者らしき連中に守られるようにして近づいてきたのは、エリザベスだった。
その信者たちが、俺を見て手を合わせだす。止めろ。
「あいつ、多分悪魔だ!」
エリザベスがゲーアハルトの正体を教えてくれる……のはありがたいのだが。
……悪魔? 何かヤバそうな奴なの?
「天使と相対する位置にいる超常の存在。親父から少し聞いていたこともあったけど、まさか本当にいるなんて……。勢力が大きかった天使と違って、悪魔は辺境のごく一部でしか信仰されていないから、会うことはないって言ってたんだけどな……!」
え? あのクソ迷惑だった天使と同じような存在なの?
マズイじゃん! 俺、天使との戦いでマジで生死の境をさまよったんだぞ!?
あんなレベルの奴と再戦とか絶対嫌だ!!
「そうか……! 勇者はこのことが分かっていて……!!」
ハッとしたように俺を見るエリア。
いえ、分かっていませんでした。
邪悪なものを感じるとか、適当言っただけです、すみません。
「ていうか、お前わからなかったの? 聖女的なあれで」
「そんな都合のいいものないわよ。それに、皆ゲーアハルト・エーレンフェストっていう貴族は存在していたみたいに振る舞っていたんだもの。悪魔なんて分かるわけないじゃない」
ぼそぼそと話しあう俺とマガリ。
まあ、こいつの目は節穴だしな。分かるわけもないか……痛い、脚を踏むな。
『多分だけど、悪魔がゲーアハルト・エーレンフェストっていう貴族を作り出したんじゃなくて、もともと存在していた彼に憑りついたんじゃないかな?』
あー、なるほど。乗っ取る的な?
それなら、エリアたちの反応も理解できるね。
……悪魔ってそんなこともするの? めっちゃ危険な存在じゃない?
俺の適当が的中するまで、ゲーアハルトに扮した悪魔は完璧に演じ切っていた。
昔から知っている存在が実はわけのわからない生物に乗り変わられていたって、凄く怖いことだと思う。
「殺す……殺さないと……」
めちゃくちゃに暴れまわる悪魔。せっかくの教会がボロボロだ。
それは、まるで大切な玩具を周りの存在から守って独占しようとする、子供の癇癪のように見えた。
教会も、崩れ落ちるような兆候がないのは、立派なものだと思う。
……さて、俺たちは関係ないみたいだし、失礼させてもらうとしよう。
「そうね」
俺とマガリは背を向けて教会を後にしようとする。
これは、俺たちの手に負えるものではない。ちゃんと騎士団とか集まるまで見守るしかないね。
『ふざけるなよ』
魔剣の言葉と同時に、俺の頭に激痛が走る!
ぐおおおおおおおおおおおおおおおお!? 久しぶりな気がするううううううううううううう!!
自分は何もないからとスタコラ逃げ出そうとしていたマガリの細腕をしっかりとつかむ。
逃がさんぞ……!
「ちょっと! 私の腕を放しなさいよ!!」
必死に逃れようとするマガリだが、俺は決して離さない。
嫌々ではあるが、魔剣に操られて修羅場を何度も潜り抜けたこともあって、今では女一人くらいなら何とでもするほどの力が付いている。
……まあ、女騎士とか女冒険者みたいに鍛えられた女は無理だろうけど。ボコボコにされそう。
しかし、ろくに身体を鍛えていないマガリならば、俺の力で十分だ。
死なば諸共。お前も付き合ってもらうぜ……!!
『君たち仲が良いのか悪いのかわからないよ……』
「悪いだろ」
「悪いわよ」
うんうんと頷き合う俺とマガリ。
さて、魔剣に無理やりこの場に留まらせられたわけだが……。
まあ、確かにここから逃げるわけにはいかないんだよな。
『え……?』
「くっ、放しなさい! ヌメヌメは嫌ですわあああああっ!!」
悪魔に囚われて何だか卑猥な感じになっているマーラを、無感情に見つめる。
捕まっているのは、マーラだ。
他の有象無象だったら見て見ぬふりをしてそっといなくなることはできたが、彼女は別だ。
『有象無象でも突撃させたけどね』
鬼ぃ!
……じゃなく。俺はマーラに寄生するために国王が勧めた結婚式をぶち壊すことさえしたのだ。
今ここで引いてしまえば、その覚悟が無駄になってしまう。
悪魔だかなんだか知らんが、俺より先に寄生するなんて許さん……!
マーラは俺をヒモにさせてくれるかもしれない女なんだ……!
魔剣を構え、一歩前に出る。後は任せたぜ、魔剣!
「さあ、俺のマーラを放してもらおうか、化け物」
「お、俺の!?」
俺がキリッと格好つけて言った言葉に、マーラは捕まりながらも頬を赤らめる。
よし、評価上げ上げ。
『……まあ、いいか』
ここに、悪魔と魔剣に操られた俺の戦いが始まろうとしていた!
……圧勝で頼むよ、圧勝で。傷とか一切負わない感じでよろしく。
本日3月18日に、第2巻が発売されております!
よろしくお願いします。




