第123話 え? なにこれ?
結婚式で初めて相手と会った……というわけでは流石にないが、マーラは自身の結婚相手であるゲーアハルト・エーレンフェストとはこれでもまだ数回程度しか会うことができていなかった。
「あなたのことを、幸せにします」
「……ええ」
こちらを真剣に見つめて、真摯にそう言ってくれるゲーアハルト。
まだ彼の全てを理解したわけではないが、確かに彼は素晴らしい人格者なのだろう。
それこそ、かつてまでの自分ならば、こちらが頭を下げて結婚を求めていたであろうほど良い男だ。
優しく、容姿も整っていて、貴族らしい振る舞いもできている。
そして、何よりも自分のことを愛してくれている。
マーラは覚えていなかったが、どうやら過去に彼と会って交流をしたことがあったようだ。
その時から自分のことを慕ってくれていて、何と婚約を破棄してまで自分との結婚を選んでくれたようである。
婚約を破棄するというのはどうかと思わないでもないのだが、それほど自分のことを大切に思って好意を寄せてくれているのは、素直に嬉しく思う。
そう、まさに、彼女が求めていた伴侶にふさわしいのが、ゲーアハルトなのである。
貴族としての地位も同格であり、この結婚はお互いの領民にも良い影響を与えるだろう。
だが……マーラの浮かべる笑みは、どこか儚げで心からのものではなかった。
彼女とそれほど深い交流をしていない者たち……ゲーアハルトも含めるが、そんな彼らは儚げな笑みを浮かべる彼女の姿を美しいと称賛する。
だが、本来の彼女を知る者たちからすれば、とても痛々しいものにしか見えなかった。
「(陛下が勧めてくださり、そして相手も申し分ない。行き遅れのわたくしには、過ぎたものですわ。大喜びして、嬉々として受け入れなければならないのに……どうして……)」
心がジクジクと痛む。
嬉しいはずだ。喜ぶべきはずだ。それなのに、心からそうすることができない自分がいた。
憧れであったはずのウェディングドレスを着用しても、心が躍ることはなかった。
「(わたくしは……)」
「それでは、誓いのキスを」
この結婚式を進行してくれた勇者教の聖女であるエリザベスの厳かな声が、シンと静まり返った教会内で鳴り響く。
それに従い、ゲーアハルトがマーラの顔を覆ったベールを優しく上げる。
儚げな表情を浮かべる彼女の姿は、思わず参列者たちが感嘆の息を漏らしてしまうほどだった。
ゲーアハルトは戦斧を振り回すとは思えないほど華奢な肩を掴み、ゆっくりと顔を近づけていく。
心の痛みを抱えながらも、マーラもまたスッと目を閉じて……。
「――――――その結婚、少し待ってもらってもいいか?」
厳かな雰囲気を断ち切るように、男の強い決意を秘めた声が届いた。
マーラやゲーアハルトはもちろんのこと、エリザベスや参列者たちも目を丸くして振り返る。
そこには、大きな教会の扉を開けた一人の男の姿があった。
「ちっ……! まさか、ここまで……!!」
忌々しそうに顔を歪めるマガリ。
隣にいるエリアや護衛のヘルゲたちを始め、皆男に集中していたことが幸いだった。
聖女とは思えないような鬼の表情を浮かべているからである。
「アリスター……さん……」
「俺が……俺が、マーラの夫になる」
呆然と視線を向けて呟くマーラ。
そんな彼女に応えるよう、結婚式に乱入した男――――アリスターは、強い決意を口にしたのであった。
◆
扉を勢いよく開けた俺に、様々な目が向けられる。
めっちゃ視線集まってきててビビるわ。
『いや、そりゃそうでしょ。結婚式に乱入して花嫁強奪しようとしているんだよ? 物語でもたびたびあるし……』
まあ、実際に起こすとしたら馬鹿だよな。
こんなことして、タダで済むはずないし。庶民同士の結婚式ならまだしも、大貴族と大貴族の結婚式だぜ? もうダメだろ。
『分かっているのにどうしてこんなことを……。自己保身しか考えていない君にしては珍しい』
それはな、この乱入も俺のためだからだよ。
マーラに寄生して、悠々自適の人生を送るためだ!
「あ、アリスター!? い、いったい何を……」
うわ。カルトの指導者のエリザベスだ。こいつもここに来ていたのか。
なるほど、神父的なあれかな?
……カルトに結婚式の進行を頼むってどうなんだろう?
「すまないな、エリザベス。お前の顔に泥を塗ってしまって……。ただ、俺にはマーラさんが必要なんだ」
「えぇっ!?」
目を見開くエリザベス。
驚くだろう。俺が女に全力でアピールすることなんて、これが初めてなのだから。
「馬鹿者が……。貴様が泥を塗ったのは、そこの聖女だけではない」
ゾッとするほど冷たい声が響いた。
そちらを見れば、今にも噴火しそうなほど顔を怒りに染めているエリアの姿があった。
……やっぱり、怒る?
「この結婚式を勧めたのは誰だと思っている? 私の父……国王陛下であるぞ。貴様は陛下の顔に泥を塗ったのだ!!」
ビリビリと空間が悲鳴を上げるような鋭い声。流石は王子ということだろうか? 女の趣味は悪いけど。
……しかし、いざ言われてみると脚が震えるぜ。
マーラが関係ないとしたら、こんなこと絶対しないからな。王とか国とか、絶対敵に回さない。
「それでも、俺はここに来なければならない。そして、この結婚式を認めるわけにはいかないんです」
「……どういうことだ? 聖女が認めるほどの男だ。ただ、バルディーニが好きだから、なんてのぼせた理由だけではないのだろう?」
少し冷静になったのか、エリアがそう尋ねてくる。
…………え? それで押し通そうと思っていたんですけど。
ほ、他の理由? それは考えていなかった。
クソッ! すっげえ興味深そうに皆見てくる!
理由なんて、『俺の寄生先なんだから横取りしてんじゃねえよ!』ってくらいしかないんだけど。
それだと流石に体裁が悪いから、『好き♡』っていうお花畑理論で押し通そうとしたのだが……。
どうやら、この王子には通用しないらしい。てか、マガリが認める男ってろくでもなさそうだな。
くっ……、どうする!? このまま好きって理論で押し通してもいいのか!?
なんだか雰囲気的に、それを越えるような理由が必要になってないか?
エリアだけではない。参列者たち、エリザベス、そしてマーラとゲーアハルトも見ている。
ひぃぃ……人の視線が怖いって思ったの、これが初めてかもしれない。
というか、やけにゲーアハルトの目と顔が無機質ですっごい怖い。
いや、結婚式を邪魔されたら主役がブチ切れるのは分かるんだけどね。何か異質な感じすらする。
『もう、正直に話して謝ったら?』
絶対に嫌だ! そんなみじめなことできるか!
それこそ、マガリを喜ばせるだけじゃないか!
考えろ。考えて考えて考えて考えて…………。
俺はスッと指をゲーアハルトに向けて、呟いた。
「…………あなたから、邪悪なものを感じます」
『声ちっさ』
だって無理やりなんだもの! こんなあほらしい理由通用するわけないじゃない! もうやだ!
なんだよ、邪悪なものって。胡散臭い霊能力者以下だよ。ほんっとあほらしい。
「貴様……言うにことかいてそれか!? 愚弄するのも大概にしろ! エーレンフェストは我が王国の大貴族! いくら勇者と言えども、馬鹿にすることは許さん!!」
ブチ切れるエリア。
ひぇぇ……めっちゃ怒ってる……。一度マガリの顔を立てて理由を聞いたから、なおさら怒っているような気がする。
『もともと、あの王子は君に良い感情は持っていなかっただろうしね。ほら、マガリの恋敵って思っているんじゃない?』
そんな馬鹿な……。
むしろ、俺は王子と結婚して苦しんでもらいたいから、マガリはエリアと結婚してほしいって心の底から純粋に思っているというのに……。
『それは純粋じゃない』
くっ……! ど、どうする? やっぱり、適当に言ったことは通用しなかった。
意気揚々と乗り込んだのは良かったが……。
クソ! マガリ、そのにやけた面見せんじゃねえよ!!
そんな時、マーラの側にいたゲーアハルトが呟いた。
「邪魔、邪魔をする……」
「エーレンフェストさん……?」
下を向いてフラフラとしだすゲーアハルト。
そんな彼の様子をいぶかしんで、マーラは怪訝そうな顔を見せる。
あ、やっぱ怒っちゃいました? いくら性格良いって言っても、流石に結婚式という晴れの舞台を邪魔されたら怒るよね。分かる分かる。
……と考えていたのだが、どうやらちょっと違うらしい。
「ダメ、ダメだ。せっかく、せっかく今まで我慢してきたのに……。邪魔、邪魔をするのは、認められない……」
ふっと顔を上げたゲーアハルト。
……なのだが、彼の端整な顔は崩壊しており、歪な怪物のものへと変貌していた。
両目、鼻、口が全て本来の場所から移動して皮膚の色も黒く変色し、おぞましい何かへと。
ひぃ……。
「邪魔者は、皆殺し、皆殺しだ」
そう呟いた瞬間、彼の細身の身体が爆発した。
いや、爆発したというより、彼の体内で何かが急速に膨れ上がり、溢れ出したと言うべきだろう。
黒い液体のようなものが一気に広がり、教会中を駆け巡る。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああ!?」
最も近くにいたマーラは、その液体が構成した触手のようなものに身体を拘束されて、ふわりと持ち上げられてしまった。
「…………」
阿鼻叫喚という状況になった教会の中。
それを見た俺は、まさに唖然としていた。
…………え? なにこれ?
連続投稿2日目!
明日2巻が発売されますので、よろしくお願いします!
また、活動報告にはパメラのキャラデザを公開しておりますので、そちらもご確認ください。




