第122話 かかってきなさい
その日、マーラの治めるバルディーニ領は今までにないほどの大きな盛り上がりを見せていた。
領民たちは、領主である彼女を強く慕っている。
領主の強権を振るって領民をいじめることもなく、彼らのために良く領地を治めて住みよい領地を作っていることから、彼らからの人気は非常に高い。
他の領地では、民たちが貴族を恨んだり嫌っていたりすることが多いので、非常に稀有な領地ということができるだろう。
「やっと領主様も結婚かぁ」
「なかなかお相手が決まらないから、えり好みしているんだとばかり思っていたぜ」
「家庭も安定して、一層俺らの領地を治めてくれたらありがたいな」
私が領地を歩いていると、お祝いムードの領民たちが楽しげに会話をしている。
やはり、彼らも自分たちのことを前提に考えているが、それでもマーラのことも考えているのは彼女の人徳だろう。
民からすれば、悪い治世を敷かなければ領主は誰でもいいというのが本音だろうしね。
「結構な賑わいだな。しっかりと領主をやっているようで何よりだ」
私の隣からそんな声が届く。
この国の第一王子であるエリア王子だ。求めていないのに勝手に散歩に付いてきた。
猫かぶりを全力でやらないといけないから、できる限り一緒にいたくないのだけれど……。
「結婚というものは、経済や地域活性化に大きな意味を持つようだな。まあ、誰とも知れん者ではなく、バルディーニのような地位と人気のある者に限られるが」
「そうですね」
「……いずれ、王都でもこのような大きな祭典が開かれることになるやもしれん。その時は、このバルディーニ領以上の素晴らしく大きなものになるだろう」
「はあ……」
ちょっと何を言っているかわからないわね。
誰か結婚するのかしら? どうでもいいけど、私参列しなくてもいいわよね?
なんだかこっちを見てくるエリアの顔が嫌なんだけれど。
「殿下、聖女様。そろそろ、式の開かれる教会へ向かいましょう。お時間が近づいてまいりました」
「はい、そうしましょうか」
そんな中、スッと間に割って入ってきたのが、ヘルゲだった。
ナイスぅ! 断る理由もないので、私は彼の言葉にすんなりと頷いて同意を示したのであった。
……散歩と言いながらも彼を探していたのだが、見つからないみたいだしね。
あの野郎……いったいどこに行ったのかしら……?
「……ヘルゲよ。あまり余計なことはしない方が身のためだぞ?」
「何のことをおっしゃられているか、さっぱりですな」
何やらバチバチと目から電気を発してぶつけ合っている幻覚が見えた。疲れているのかしら?
まあ、二人とも近くにいると演技を続けないといけないから、できる限り私に近づかないでほしいのだけれど。
アリスターなら、平然と演技を続けることができるのでしょうけれど、私はそこまで性格が腐っているわけではないから、疲れるのよね……。
まだまだ精進が足りないということかしら?
「あら? 聖女様じゃありませんか?」
ちっ。また新手か。
そう思って振り返れば、にこやかな笑みを浮かべる小さな女の子、エリザベスが立っていた。
綺麗に整えられた長い金髪や発している穏やかで優しそうな雰囲気は、彼女にとても合っていた。
しかし、私はエリザベスがそんな少女ではないことを知っている。
「あ、エリザベスさん。ふふっ、あなたも聖女でしょう? それに、今ここには誰もいませんから、いつも通りでいいですよ」
「あ、そう? ほんっと、堅苦しいんだよな、あれ。肩がこっちまうよ」
一瞬で荒んだ雰囲気に変わるエリザベス。
チラリと周りに信徒たちがいないことを確認してから、本性を現した。
ぼりぼりと綺麗な金髪をかき乱している姿は、とてもじゃないが先ほどまでの優しげな雰囲気を醸し出す少女と同一人物とは思えない。
これが、エリザベス……とある宗教の聖女である。
私やアリスターほどではないにしても、なかなかの演技力だ。
肩がこるって……そんな胸ないじゃない。
……言ったら私も悲しくなるから言わないけど。
……流石にエリザベスよりはあるからね。
「エリザベスさんがわざわざ取り仕切るっていうのも凄いですね」
「あー……まあ、俺もそうそうしないんだけどな。バルディーニはでっかい貴族だし、俺たちも新しい看板の宗教を立ち上げたばかりだろ? だから、バルディーニ領の信徒を見て回って勇者教を布教しようと思ってな。そのついでだ」
「まあ……」
わざわざ聖女という宗教の中で高い地位にいるエリザベスがここにやってきた理由を聞いて、多少納得する。
バルディーニは確かに大きな貴族だけれども、それだけで来ていたらきりがないしね。
布教のため……となれば、それも理解できる。宗教において、信徒を獲得するのは至上の使命だろう。
それにしても……なんて素晴らしいのかしら。アリスターがもっと苦しむわね。
彼、自分が崇められる宗教が立ちあげられて、本当に嫌そうにしていたから。
ちやほやされるのだったらあった方がいいのではないかと思ったのだけれど、信仰対象ともなれば信者たちから『そうあれ』という理想像を押し付けられることになるでしょう。
それが、アリスターは嫌なのではないかしら?
ちょっとでも理想像からかけ離れたことをすれば、狂信者たちは何をするかわからないし。
勇者教の前身となったのが、カルトの天使教というものもあるので、狂信者要素は確かにあるのだから。
私もできる限りエリザベスと勇者教の援護をしたいわ。私が勇者教に入信するって言ったら信者も増えるかしら?
「そ、そう言えば、あいつはどこにいるんだ?」
そわそわとした様子で尋ねてくるエリザベス。
綺麗な金髪を指でくりくりといじらしく弄って、頬をうっすらと赤らめている。
先ほどまでの粗暴な雰囲気や態度はなく、可愛らしい少女そのものだ。
主語はないのだけれど……私にはピンときた。
「あいつ? アリスターのこと?」
「お、おう。久しぶりに会うし、ちょっと挨拶しておきたくてな」
コクリと頷くエリザベスに、私はやはりと思った。
エリザベスにアリスターを会わせるのはまったく構わない。彼がちょっとでも苦しむのであれば、私はそれに全力を傾ける。
だけれど……。
「ごめんなさい。私も彼がどこにいるのかわかりませんの。というか、最近見なくて……」
「そうなのか……」
シュンとするエリザベス。
そう、私はアリスターの居場所を知らないのである。
別に意地悪をして彼女に内緒にしているというわけではない。本当にどこにいるのかわからないのである。
……不気味だ。ああ、不気味で仕方ないわ。
「あ、でも、流石に今回の結婚式には顔を見せると思いますから、その時にでも……」
「お、おう、そうだな。別に、会いたいってわけじゃねえけどな。顔合わせたら、挨拶くらいはしねえとな。神に」
……神に? 何か凄い言葉のような気がするのだけれど……。
…………。
「はい。アリスターも喜ぶと思います」
まあ、いいわ。私は関係ないし。
「おう、じゃあな」
「エリザベス様! こちらです!」
「はい。今参りますね」
一瞬で猫をかぶって、呼びかけてきた信徒について行くエリザベス。
……彼女も私ほどではないけど演技派ね。
しかし……。
「本当に、アリスターはどこに行ったのかしら……?」
これは、心配ではない。
いや、心配ではあるのだが、それは彼の身を案じているというわけではない。
……何をしでかすつもりだ? そういった心配である。
マーラの結婚に反対し、彼女に強く固執していたアリスター。
そんな彼が、今まで何の音さたもなく大人しくしているということが怖い。
そして、ここ最近姿を見せなかったことも……。
「……何を企んでいるの、アリスター」
不安、理解ができない。
だからこそ、恐ろしい。
……いや、弱気になっていたらダメよ、マガリ。
たとえ、どのような悪辣な策略を考えていようと、もはや今の情勢を覆すことは不可能。
マーラはアリスターとは別の男と結婚し、彼は楽な人生を送ることができなくなる。
「かかってきなさい……!」
私は黙っていないであろうアリスターに、闘志を燃やすのであった。
◆
「さあ、行こうか」
『いや、止めるべきなのか? う、うーん……でも、アリスターみたいなやつを少しでもまともに戻そうとすると、マーラみたいな人でないと隣に立つことも……うーん……』
そして、彼女の予想通り、アリスターも動き出そうとしていたのであった。
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