第120話 発想の逆転
認められない……認められないわ……!
私は決してアリスター以外の他人には見せられないような顔をしていることだろう。
一応周りに人がいないことは確認済みだが、それでもやるべきではない。
それこそ、アリスターなら絶対にそんなへまをしないだろう。癪だが、彼の演技力は私を越えている。
私も精進しなければならないと思うと同時に、しかし内心の動揺はどうしても隠しきれなかった。
すなわち、アルヒポフ商会の討伐から戻ってきたアリスターとマーラの仲の急接近である。
これが、私の心を刺激してやまない。
いえ、別にいいのよ。マーラが男を捕まえて幸せになるのは。
私の寄生先をとられたら困るけれども、彼女の趣味は私とは正反対みたいだし大丈夫ね。
だが、その選んだ男がアリスターなのはいけない。
なぜなら、彼はマーラに囲われることによってとてつもなく幸せで楽ちんな生活を送ることができるようになるからである。
財力バッチリ、性格も良し、男を甘やかすダメンズ製造機。
……アリスターにとって都合が良すぎるわ……! 私にもそういった男寄越しなさいよ……!
い、いや、そういうことではないわね。
まあ、つまるところ、私を差し置いてアリスターだけ幸せを謳歌するなんてことが許せないだけよ。
私は聖女として望まぬ役割を押し付けられ、猫かぶりし続けなければならない城に缶詰めにされている時に、アリスターは勇者という任から解かれて将来も安泰で優しい伴侶とのんびりした生活を送っている……想像しただけでもはらわたが煮えくり返りそうだわ……。
マーラもあんな内面ドブよりも腐っている奴のことなんかさっさと切り捨ててくれればよかったのに……あいつの演技に騙されて首ったけになっていた。
戻ってきたときの桃色の雰囲気はえぐかったわね……。
念願の堕とすことに成功したというのに、アリスターの顔色がやけに優れなかったことは不思議だったけれど、彼が嫌な思いをしているのであれば私にとって歓迎すべきことに違いないわ。
ただ、確実に二人の仲は縮まっていた。
いえ、一方的に縮めていたのは、マーラの方ね。アリスターの方から真に近づいてくることはないから。
私がいない間に、いったい何があったのかしら……?
本当なら、私もついて行って何かと妨害してやればよかったのだけど、流石に最前線に行くほど私も無謀ではなかった。
聖女の無効化能力があるといっても、それだけだ。無効化したうえでなぶり殺しにされることだってあるだろうから、私は決して慢心してついて行ったりはしなかった。
「(どうすれば……)」
とにかく、マーラとアリスターの仲を引き裂かなければならない。
もうゴールイン目前である。躊躇していたり悠長にしていたりする暇はない。
……というのに、私は今王城に呼び出されていた。
貴族へのあいさつ回りをしていたのだけれど、そのあいさつ回りの対象の貴族が王城に来て王に謁見するとのことで、ちょうどいいと私も呼び帰されたのである。
くっ……! 今私がいない間に二人の仲がさらに進展していると想像すると、心臓をかきむしりたくなる……!
さっさと挨拶だけ済ませて、二人の元に戻らなければ……!
「おお、よく来たの。お主がエーレンフェストの息子じゃな? 大きくなったのう」
「お目にかかれて光栄です、陛下」
興味のない会話が国王とその貴族の間で行われている。
さっさと終わらせてくれないかしら……。
それにしても、その貴族はやけに若いわね。まあ、マーラも若いから、貴族=お年寄りっていう考え方が間違っているのかもしれないけれど。
とても容姿は整っていて格好いいのだけれど……まあ、それだけだとね。
ぶっちゃけ、見た目がいいってだけならアリスターの方がいいわけだし。
ただ、ああいう吐き気を催す邪悪な性格をしているということもあるし、案外このエーレンフェストとかいう貴族もそうかもしれないわ。
大貴族だから結婚したら妻の方にも仕事が回ってきそうだし……マーラみたいに甘やかす性格じゃないかしら?
だったら、猛アタックを仕掛けるのに……!
「そうか。お主もそういう年齢か」
「はい」
……何の話をしているのかしら? 全然聞いていなかったわ。
いや、別に知っておく必要はないでしょうけれど、何だろう……私の勘が、ここはちゃんと会話を知っておけと強く訴えかけてくる。
「ふむふむ。子供の時から知っているエーレンフェストの息子が結婚をな。確か、婚約はしてあったはずではなかったかの?」
「はい。ただ、申し訳ありませんが、どうしても忘れることのできない女性がいたので……。私が生まれる前から決められていたものなので、お断りさせていただきました」
「ほほう」
生まれる前から結婚相手って決められているのね。貴族も大変だわ。
私だったら……そうね、将来安泰で私も楽できるのだったらまったく構わないわ。
「その女性とはいったい誰じゃ?」
まあ、どうでもいいわね。
エーレンフェストとかいう貴族が誰を好きかなんてどうでもいい。
私が考えるべきことは、いかにしてマーラとアリスターの仲を引き裂くかである。
もちろん、マーラに私の考えや妨害を認識されるわけにはいかないので、しっかりと策を考える必要がある。
アリスターはもう私の本性を知っているし、お互い陥れようと画策し合っていることは分かっているので、別に隠す必要もないのだが。
……マーラ、彼の本性を見て幻滅してくれるかしら?
そうなのだとしたら、私の本性がばらされることを覚悟のうえでぶちまけることも考えておかなければならない。
聖女にふさわしくなければ、下手をすれば処刑をされてしまう。
私の本性がマーラに知られれば、当然国王にも報告がいくだろう。
だけど……その危険を冒してでも、アリスターが幸せになることだけは許容できない……!
「はい、私の好きな方は……」
そう悲壮な決意をしていた時だった。
私の耳に、奇跡の言葉が届いたのは……。
「バルディーニ領を治めている貴族令嬢、マーラさんです」
その名前を聞いて、私の全身に電撃が走った!
「申し訳ありません、陛下。少しよろしいですか?」
「おお、聖女。すまなかった。お前とエーレンフェストの顔合わせのつもりだったのじゃが、つい話しこんでしまった」
スッと、私の身体は自然と会話をしていた国王とエーレンフェストの近くに向かっていた。
不思議そうにこちらを見てくるエーレンフェストに、私は猫かぶり百パーセントスマイルを披露する。
「初めまして。今代の聖女を務めさせていただいております、マガリと申します」
「……ああ、あなたが。私はゲーアハルト・エーレンフェストです。お目にかかれて光栄です」
ニッコリと笑い合いながら自己紹介をし合う。
……やけにゲーアハルトの目がこちらを品定めしてくるような視線だったのが少し気になるけれど、そもそも聖女という珍しい称号を嫌々もらっているせいで、初めて会う貴族とかにはだいたいそういった目で見られるので慣れている。
まあ、どうでもいいしね。彼にどう思われようが、私にとっては知ったことではない。
そう、今回は私自身を売りつけに来たわけではないのだから。
「ところで、少し先ほどのお話を聞いていますと、マーラさんにどうこうと……」
「す、すみません。皆さんの前でお話しするようなことではなかったですね」
照れたように笑うゲーアハルト。
その整った容姿から、多くの女が声を上げるような仕草だった。
私みたいに見た目をあまり重要視しない女には通用しないけれど。
「いえいえ。そんなことより、私、実はマーラさんに親しくさせていただいておりまして……」
「えっ!? そうなんですか!?」
「そう言えば、今聖女はバルディーニ領に滞在していたのう」
驚いたようにこちらを見てくるゲーアハルト。
国王もうんうんと頷いていた。
そんな彼らに、私はニッコリと笑いかけた。
「ええ。ですから、少しはお力になれると思うのですが……」
発想の逆転よ。
マーラにアリスターのことを幻滅させるのではなく、アリスターより魅力的な男を押し付けてやればいいのよ!
アリスター……私をおいて幸せになるなんて許さないわよ……!
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活動報告に詳細がありますので、よろしければご覧ください。




