第118話 本当に寄生して大丈夫?
「(……と格好つけたのはいいんだけど、このままだとあのどこにいるのかもわからない奴とも戦わないといけないのか。……嫌なんだけど)」
『せっかく格好つけたんだし、最後まで格好つけようね』
「(絶対に無傷で圧勝しろよ! 絶対だぞ! マジで油断するなよ!!)」
『うるさい』
自分の力で戦うことはないため、アリスターは自分を操る聖剣に必死に詰め寄る。
多少のダメージを負っても最後に立っていた者が勝ち……という考え方では困るのである。
ちょっとしたダメージでも精神崩壊するほど彼のメンタルは弱いのだから。
また、聖剣もそういったことには気を付けるつもりだった。
もちろん、アリスターのことを思いやってということもあるが、彼の考えにあるのは天使教とのいざこざで見せた、アリスターの異質な姿である。
全身が黒と化し、自身が操らずとも恐ろしいほどの戦闘能力を見せつけた黒化アリスター。
あの時、間違いなく彼自身の意思は存在しなかった。
まるで、気絶している人間を次元の異なった異質な存在が操り人形のように動かしているかのようなおぞましい感覚が、アリスターとつながっている聖剣には伝わっていた。
そして、その引き金となったのが、彼に溜まっていた肉体的精神的疲労が限界に達したことである。
『あれが何なのかわからない以上、そうそうあの状態にさせるわけにはいかないからね』
だからこそ、アリスターが肉体的精神的に疲労をあまり感じないように配慮しなければならない。
……まあ、困っている人がいるのであれば、そこに突撃はさせるが。
さあ、聖剣に操られたアリスターと幻覚魔法使いの用心棒との戦闘が今まさに始まろうとしていた時。
「お待ちくださいまし」
アリスターの前に出たのは、マーラであった。
「マーラさん……?」
困惑した様子を見せるアリスター。
いや、自分の代わりに戦ってくれるのであればそれは嬉しいのだが、正直手間取っていたようだしまた出て行っても苦戦するのではないだろうか?
「ありがとうございます、アリスターさん」
いきなりお礼を言われて首を傾げるアリスター。
「わたくしは、自分の血が嫌いでした。忌避されるべき魔の血が混じっていて……そんなことを知られたら、今はとても慕ってくれている温かな目を向けてくれている領民や部下たちも、おぞましい異質なものを見る目に変わると思っていましたから」
ゾッとするほど冷たく無機質な目を向ける多くの人々を想像するマーラ。
「弱いわたくしは、そうなったとき耐えられる自信がありませんでした。だから、皆には内緒にしていたんですの。卑怯な女ですわね」
自嘲するように笑うマーラ。
彼女は領民と領地のために尽くしている貴族であり、だからこそ庶民である領民たちから非常に慕われている。
だが、魔族の血が入っていると知れば……それは正反対の目を向けられることになるだろう。
半魔であり天涯孤独であることを覚悟しているマーラは、領民たちからも嫌われてしまえば、もはや生きるための目的や理由がなくなってしまう。
だからこそ、恐怖を感じていたのだ。
「でも。アリスターさんの言葉を聞いて、わたくしが汚い女だと知ってなお優しい笑顔を向けてくれるあなたがいれば、わたくしは自分の血に向き合うことができますわ」
しかし、その恐怖はない。
たとえ、もしジャンのような悪意を持つ者が彼女の秘密をばらして領民たちから拒絶されたとしても、もちろん心に傷を負うだろうが生きることを諦めることはないだろう。
それは、アリスターがいるから。
彼女の真実を知ってもなお彼女を慕うと力強く宣言した彼がいるから、彼女は一人ではなくなったのだ。
「それでも、まだ他の人に知られるのは怖いですわ。だから、わたくしの隣に立って、支えてくださいまし」
「……もちろんです」
ニッコリと笑い合う二人。
隠していたことが半魔くらいなので、アリスターとしても寄生させてもらうつもり満々である。
「ふふっ。わたくし、幸せですわ。生きてきてよかった。心からそう思える日が来るなんて、夢にも思っていませんでしたもの。全部アリスターさんがわたくしに与えてくださったのですわ」
本当に幸せそうに笑うマーラ。
この場で踊りだしてしまいそうになるほど、ウキウキと子供のように喜んでいた。
流石に年齢を考えてそうすることはなかったが。
「くだらない話はそのあたりにしておいてくれないかね? さっさと終わらせろ」
そんな彼女のいい気分に水を差すのは、つまらない寸劇を見せられていたジャンである。
アリスターにマーラを拒絶させ、彼女を孤独にする。
そして、商人として鍛え上げられたトークスキルで彼女を奴隷に落とそうと考えていた。
確かに、半魔であるということは忌避されるべきだし気持ちが悪いのだが、それさえ除けば多少行き遅れとはいえマーラは非常に魅力的な女である。
見た目も良し、性格も良し。それこそ、半魔のことを隠して売れば、元貴族ということもあって非常に高値で売り飛ばすことができただろう。
そんな願望をあっさりと打ち砕かれて、愉快な気持ちでいられるはずもない。
用心棒である彼に命令を下す。
アリスターも見た目と性格が良い……と思っている。真実は違うが。
彼とマーラ……せめて、どちらかを奴隷にして売れば、大きな利益を得ることができるだろう。
「ええ、そうですわね。あなた方みたいなつまらない殿方を相手にして、ずっとくだらない時間を過ごすわけにはいきませんわ。だって、今日は素晴らしい日なんですもの。お祝いをしないといけませんわ!」
ジャンに水を差される形になっても、マーラは一瞬冷たい無表情を見せるものの、楽しげな表情を変えることはなかった。
キラキラとした笑みを浮かべ続けるその幸せそうな姿は、両親からプレゼントをもらったばかりの子供のようだった。
しかし、せわしなく動かしていた身体をピタリと止め、スッと据わった目をジャンに向けた。
「だから、わたくしの本来の力を出して、終わらせましょう」
ブン! と戦斧を振るうマーラ。
その巨大な斧に、バチリと炸裂音のようなものが鳴り響いた。
その力は、魔族の血が流れているからこそ使えるもの。
それゆえに、彼女は決してその力を使おうとしなかったし、使いたいとも思ったことはなかった。
だが、今のマーラは、むしろ力を使ってその姿をアリスターに見てもらいたいという気持ちさえあった。
「さあ、終わりにしましょう」
そのバチバチとした音はさらに大きくなり、誰の目にも捉えられるほど確かな現象になった。
それは、雷。人が決して及ぶことのできない天空から一方的に降り注ぎ、神の怒りとも称されるその自然現象を、マーラは身に纏っていた。
そして、彼女の容貌も少し異なっていた。
頭部に突き出す二本の角。
頬のあたりを隠すようにして現れた鈍く光る鱗。
極めつけは、臀部の少し上のあたりから現れたオオトカゲのような尻尾である。
「竜の力、見せて差し上げますわ」
「…………マジっすか」
不敵に微笑む変貌したマーラを見て、アリスターは『本当に寄生して大丈夫か?』と不安になるのであった。




