第12話 魔剣じゃねえか!
「ふぅ……」
俺は、豪華であろうフカフカの椅子に座っていた。
俺の家では当然、村の誰も持っていないような……それこそ、村長ですら保有していない最高のすわり心地の椅子である。
手に持っているグラスも、また良い物……なのだろう。正直、食器の良し悪しは分からん。
だが、そのグラスの中に入っているお酒は、のどごしも良く味も良く、村で一年あくせく働いても手に入れることができないほどの価値があるだろう。
それを少し口に含み、鼻から息を吐きつつ飲む。
ほうっと息を吐いて……。
「素晴らしい……」
お酒の味ももちろんそうだが、この家具や待遇もだ。
俺がいるこの宿屋の部屋は、それこそ一室で俺の家よりも広さがあった。
家具もどれも高級品で、椅子やベッドなどは俺の家にもあったが、本当に同じものなのかと思うくらい使い心地の良さが違った。
そして、何よりも俺に頭を下げて言うことを聞いてくれる備え付けの従業員たち……人から頭を下げられることの幸福感と言えば素晴らしいものだった。
この待遇こそ、イケメンアリスターを迎えるにふさわしいものだ。
あぁ……やはり、世の中は金である。
このような待遇をしてくれる金持ちの女を捕まえなければならない。必ずや……!
いやー……しかし、マガリに引き留められた時は殺してでも逃げてやろうとも思ったが……残って正解だったな!
俺をここまで食い止めた元凶である彼女は、王城に連れて行かれてしまっている。
今頃、王様とでも会って話をしているのだろうか?
決して無礼が許されない相手……マガリの胃が心配だな。心配のあまり笑みがこぼれそうになってしまう。
『全然心配してないじゃん……』
出たな、呪いの剣。
俺以外の声が届いてきて、露骨に顔を歪める。
しかし、もちろん俺にだけあてがわれたこの部屋には、俺以外の人間は存在しない。
話しているのは、壁に立てかけられた禍々しい魔剣である。
人の脳内に直接語りかけてくることからも分かるように、間違いなく聖なる剣とかではない。
『聖剣だってば……』
呆れたように言う魔剣。俺が呆れたいんだよ。
で、何の用だよ?
せっかく俺にふさわしい待遇を受けていい気分になっていたというのに……テンション下がったぞ。
『ああ、長い付き合いになると思うからね。少し、僕のことを話しておこうかと思って』
長い付き合い? 冗談だろ。
この上なく短い付き合いだっつの。
今すぐこの部屋の窓から硬い地面に叩き付けてやってもいいんだぞ。
『それくらいじゃあ、僕は壊れないよ』
自慢げな声音を発する魔剣。
彼は頑なに自分のことを聖剣だと信じ続けるちょっと危なくてヤバい奴なのだが、万が一それが本当なのだとしたら、確かに叩き付けたくらいでは壊れないかもしれない。
よし、試してみるか。
俺は魔剣を掴むと、窓を開けて身を乗り出す。
『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? 壊れないけど投げていいとは言ってないだろぉっ!?』
いちにのさん! で投げるか。
よし、いちにの……。
『そ、それに、僕を放り投げてもすぐに戻ってくるからね! 僕と適合者は繋がっているから、たとえどれだけの距離が離れていたとしても、一瞬で戻ってくることができるんだから!!』
が、ガチで呪いの剣じゃねえか。
よくそんなおぞましい能力を持っていて聖剣なんてのたまうことができたな。
俺は窓から身を乗り出すことを止めて、頬を引きつらせながら魔剣を地面に置いた。
捨てても戻ってくる呪いの人形バージョン剣。
『いや、剣士としては凄く便利な能力なんだよ!? 武器を取り上げられても、一瞬で手元に戻すことができるんだから』
そうか。俺は剣士じゃないし、なるつもりもないからいらないぞ。
今から村に戻ってマガリのいない生活を謳歌しつつ、適当な女を見つけるのだ。
『はぁ……まあいいや。どうせ、君は運命から逃げられないのだから』
不吉なことを言うなよ、魔剣。ぶっ壊すぞ。
なにが運命だ。俺があっさりと塗り替えてやるぜ。
『で、後は僕を使って善を為すことだね。具体的には、困っている人を助けていく』
そんなことを言われて、俺は思わず鼻で笑ってしまった。
ふざけんなよ、絶対に嫌に決まってんだろ。
むしろ、周りの人間が俺を助けるべきなのに、それが逆になってどうする。本末転倒である。
『とか言っていると……』
お? なんだ? やんのか?
俺は弱いが、無機物には負け――――――。
「うぎゃあああああああああああああああああああああああああっっ!?」
次の瞬間、俺は大絶叫していた。
頭を抱えて、地面をのた打ち回る。
あ、カーペットも良い素材で柔らかいんだな……ってそんな場合じゃねえ!!
あ、頭が割れるように痛い!?
『僕の意思に反すようなことをしようとすれば、頭痛を起こします』
「マジでふざけんなよテメエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!」
俺は怒りに任せてその邪知暴虐の魔剣を掴みとると、振りかぶって窓の外に放り投げようとする。
あんなに痛い思いしたのは初めてだぞ!!
俺のイケメンフェイスと猫かぶりで、今まで農作業でできるマメの痛みすら回避してきたほど苦痛が嫌いだというのに、なんてことをしてくれてんだ!!
『ちょっ!? 止めて止めて! 何も、痛めつけて悦ぶとかじゃないんだ! ただ、君が見て見ぬふりをしようとしたり悪を為そうとしたりする時のセーフティーみたいな意味で……!!』
こいつ、マジで魔剣じゃねえか!!
どの口叩いて聖剣名乗ってたんだ!?
見て見ぬふりをしようって言ってんだよ、俺は!!
『ま、まあ、安心しなよ。もし荒事になったとしても、絶対に負けることはないから』
自信満々に言ってくれる魔剣に、俺は眉を顰める。
何でそう言い切れるんだよ。
自慢だが、俺は戦闘訓練を受けたこともないし戦闘経験もないし、ましてや農作業すらサボりまくっていた男だぞ?
正直、そこいらのチンピラにもボコボコにされる自信がある。
『自慢できることじゃないけど……。ほら、言ってたでしょ? 僕が君の身体を操るって。僕には歴代の勇者たちの戦闘経験が蓄積されているからね。君みたいなろくでなしでも、かなりの強者として動かすことが可能だよ!』
誰がろくでなしだ。お前は完全に魔剣だろうが。
自分の言う通りにしなかったらめちゃくちゃ痛い頭痛を起こすわ、勝手に人の身体を操って戦う宣言するわ……。
まあ、しかし戦ってくれるのはいいかもしれない。
俺自身の力でそんな荒事に放り込まれても、おそらくあっけなくサヨナラするだけだから。
しかし、そうか。歴代の勇者ねぇ。
俺はいまいちよくわからないが、そういう連中は他人のために自分を犠牲にするようなこともしていたのだろう。
絶対に俺とは気が合わないな。
そんなどうでもいいことを考えていた時、俺はふとあることに気づいた。
……あれ? ちょっと待てよ。
俺の意思ではなく、魔剣の考えと経験によって身体を操られる。
そんな無理やり身体を動かされて、何も代償がないわけがない。そんなうまい話はないのだ。
キーワード……そう、俺が不可解に思ったキーワードは……。
……勇者の経験で俺の身体を動かす?
「おい、ちょっと待て。俺の身体と勇者の身体はまるで出来が違うだろ。そんな化け物みたいな連中の動きを、俺の身体でしたら……」
人間……いや、生物は個体間でその能力には違いがある。
男と女は、一般的には男の方が筋力は強いという感じだ。
……バリバリ戦っていた歴代勇者の動きを、農作業すらサボりまくっていた俺の身体でしたら、どうなる?
『…………へーきへーき』
「平気じゃねえだろうが!!!!」
あまりにも気の抜けたことを言いやがるので、また怒鳴ってしまう。
絶対にヤバいことになるだろ、俺の身体! 壊れる!
クソっ! マジで呪われた剣だ! 捨てられないのも最悪だ!
そのように怒っていたが、ふと悲しさが押し寄せてきた。
お、俺がいったい何をしたっていうんだ……。
ただ、適当に甘やかしてくれる金持ちの女を捕まえて楽に生きようとしていただけなのに……。
善良な存在である俺に降りかかってきた災厄に悲しみをこらえていると……。
「――――――」
開かれた窓の外から、かすかに女の声が聞こえてきた。
……さて、窓を閉めて寝るとするか。




