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第116話 絶望の真実。なお……

 










「はああああああっ!!」


 マーラの気合の言葉と共に、巨大な戦斧が振り下ろされる。

 その気合いに比例するように、振るわれる戦斧の速度は凄まじいものになる。


 先ほどまで、この部屋にたどり着くまでに襲い掛かってきた用心棒や商会の人間を倒す時とは比べものにならない。

 一応、彼女なりに手加減をしても余裕で倒せていたのだが、今彼女と相対している男は本気を出さずして倒せるほど楽な相手ではないのである。


 そもそも、彼が男か女なのかさえ分からない。

 身体の起伏はないため男と考えるのが妥当だろうが、しかし強く胸部を締め付けさえすれば平坦な線にすることは可能だろう。


 マーラも小さいわけではないのだが、おそらくはできるだろうし。

 まあ、彼が男であろうが女であろうが彼女にとっては関係ない。


 どちらにせよ、極悪の闇組織アルヒポフ商会に手を貸すというのであれば、ぶっ殺すまでだ。

 ただ……それほど情報を表に出していない彼は、やはりこういったことに慣れているのであろう。なかなか打ち倒すことができなかった。


 おそらく、力はマーラの方が上だろう。

 だが、戦闘経験ははるかに敵の方が上回っていた。


 そもそも、マーラの仕事は貴族として領地を治めることであり、戦闘をすることができること自体がおかしいのである。

 一方で、グレーギルドとして荒事ばかりに身を投じてきていた彼の方が経験を積んでいるのは、当たり前のことだった。


「うっざいですわね!!」


 またちょっと素が出てしまうマーラ。

 ビクッと身体を震わせるのは、後ろの方で気配を消しているアリスターである。


 ゴウッ! と唸りを上げて振るわれる戦斧。

 その巨大な大きさと強靭な力によって振るわれたそれに、多少掠っただけでも非常に大きなダメージを受けることは確定している。


 もはや、多少痛めつけても生きて捕らえるという考えがぶっ飛んでいるようで、用心棒の身体を真っ二つにするように振るわれる戦斧。

 はたして、それは彼の身体を確実に捉えて、ズバッ! と見事に切り裂いてしまった。


 スプラッタな惨劇が目の前で! と思うアリスターであったが、マーラが勝ち誇ったように笑っていないことに気づく。


「えぇ……?」

「くっ! またですわ! 切っても切っても……!!」


 忌々しそうに顔を歪めるマーラ。

 彼女の視線をたどると、戦斧によって見事なまでに断ち切られたはずの彼の身体は、ゆらりと揺らめいて再び何でもなかったように再生していたのであった。


「再生能力か?」

「いえ。手ごたえがまったくありませんでしたわ。つまり、あれはまやかし。本当の彼のことを、わたくしはまだ一度もぶった切れていませんの」


 マーラはすでにあの男がどういう種で自分の攻撃を受けていないのか、理解していた。

 超速再生であったとしても、全身が真っ二つにされるような即死攻撃を受ければ、流石に命を落とすことになるだろう。


 それでも、大してダメージを受けていないということは、すなわち幻覚。自分が見えているそこに、彼は存在しないということになる。


「ちっ……!!」


 厄介なのは攻撃が通用しないということだけではない。

 それに加えて、死角から彼女に向かって飛んでくる短剣などの武器が問題だった。


 とっさにかすかな殺気を感じ取って避けることができているマーラであったが、それもいつまで持つかわからない。

 確かに見えているそれは幻影であり、本体は姿を消している。


「幻覚魔法ですわね……」


 それには、マーラは一つ思い当たる魔法があった。

 幻覚魔法。非常に使い手の少ない魔法であり、彼女も一度しか使い手に会えたことがない。


 それほど希少で、扱うのが難しい魔法なのである。

 その分、一度習得してしまえば、非常に強力無比な力を振るうことができる。


 実際、人を簡単に殺してしまえるほどの力を持っているマーラをしても、圧倒することができるほどだ。


「(手がないわけではありませんわ。ただ……)」


 チラリとマーラはアリスターに視線を向ける。

 彼女にだって奥の手はある。


 だが、それを彼の前で披露するのは、彼から嫌われたくないという思いを持っているマーラにはかなり酷なものだった。


「くくっ……おや? どうしましたかな? あなたなら、こいつを倒すことなんて造作もないはずでしょう。そう、あなたの本当の力を解放したのであれば」


 そんなマーラの視線の動きを見逃さなかったジャン。

 商人としてまがいなりにも成功している彼は、そういった人の機微を見破るのが非常にうまかった。


「本当の?」

「……ッ! その口を慎みなさい!!」


 アリスターが喰いついたのを知って、サッと顔を青ざめさせたマーラは怒声を上げる。

 知られているはずはない。それも、ジャンのような闇組織の人間が知っているはずがない。


 だが、もし本当に自分のことを知られているのだとしたら……マーラは心臓が凍りつくような感覚に陥った。

 そんなことを知られたら、アリスターは……。


 マーラの劇的な変化に、ジャンはニヤリと嗜虐的に笑った。


「いやいや。そちらの男性はあなたのことを本当に理解しているわけではないようだ。であるならば、真実を知っている私が伝えてあげなければなりませんなぁ」

「このおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 ガン! と今までの何倍も強く地面を蹴った。

 戦闘の出来ないジャンやアリスターの目にもとまらぬ速さで接近する。


 ジャンは何が起きたかもわからず、その首を刎ねられそうになり……。


「くっ……邪魔ばかり……!!」


 彼の用心棒である男に助けられる。

 またもや姿の見えない場所から飛んできた短剣を、後ずさりして避けるマーラ。


 もはや、真実を隠すためなら多少のダメージは覚悟しているが、しかし刃に毒が塗られてあったのを目ざとく見つけた彼女は、避けるほかなかった。


「おお、怖い怖い。さっさと話してしまった方がいいようですねぇ……」


 余裕の表情を見せていても、今の攻防で肝を冷やしていたジャン。

 もったいぶっていたぶるよりも、さっさと真実をアリスターに伝えて精神的なダメージを与えた方がよさそうだ。


 真実を語ってマーラが本気で怒るということも考えられるが、ジャンの見立てでは彼女はそれほど心が強くない。

 親しく思っている男から拒絶されて、大きなダメージを負うタイプだろう。


 そう推察したジャンは、アリスターに向かって口を開いた。


「さて。あなたはバルディーニ様のことをどれほど知っていますか?」

「……優しくて、気高くて、立派で……貴族の中の貴族。惹きつけられる要素しかない美しい女性だ」

「…………ッ!?」


 少し考える様子を見せてから発した言葉に、ジャンもマーラも目を丸くした。

 とくに、マーラは先ほどまで緊張させていた顔を真っ赤に染めあげるほどだった。


 適当にジャブを撃ってからどう切り出してやろうかと考えていたのに、いきなりのろけられて何とも言えない感情にさいなまれるジャン。


「お、おやおや。そんなストレートに……。まあ、いいでしょう。しかし、どうやらあなたは……いえ、あなたも彼女の表面しか知らないようですね」

「なんだと?」


 怪訝そうに眉を顰めるアリスター。

 ところで、彼がジャンの話をやけに熱心に聞こうとしていることに、疑問を抱かないだろうか?


 アリスターが彼に心を許しているから? ない。人の目がなければ何か悲劇の主人公になれるような状況と理由を作ってから、命乞いの言葉も聞かずに殺しているだろう。

 ただ殺したら殺人鬼になるので、ちゃんと理由をつけて評価を上げるようにするというのがゴミである。


 そんなジャンの言葉を、何故聞こうとしているのか。


「(よっしゃ。隠していることを話せ)」


 それは、マーラが自分に隠していることを全て知るためである。

 彼女に寄生しようとしているアリスター。その隠していることが、後々致命傷になることだと堪ったものではない。


 ゴミらしいゴミみたいな考えだった。


「バルディーニ様は、あなたを……領民をずっとだましてきたんです。その正体を偽ってね」

「止めろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 マーラの悲痛なまでの叫びがとどろく。

 ジャンの言葉を遮ろうと突撃するが、やはり用心棒の幻覚魔法使いに邪魔される。


「バルディーニ様は……いや、マーラ・バルディーニは、禁忌の存在。この世に存在してはならず、生まれてきてはならなかったもの……」


 そこでタメを作る。

 そうすることで、人の注意を惹きつける上手いやり口だ。流石は商人と言えるだろう。


 アリスターもごくりと喉を鳴らす。

 寄生先が何だか事故物件みたいなので、緊張を隠しきれない。


 そうして、ジャンはようやく口を開いて、マーラにとって絶望の真実を話す。


「――――――半魔なのです」

「え? それがなに?」

「えっ」

「えっ」

「えっ」




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