第113話 短く素直な返事
長年違法な奴隷売買を続けてきた闇組織。その居場所を特定することは非常に難しいのではないかと思っていたのだが、すでにマーラは特定できていた。
……できないでいてくれたら、さっさとそいつらが逃げてくれていたら、俺は戦わなくて済んだのに……。
マーラが動かしていた部下が優秀だということもあったようだが、そもそも奴隷売買なので商品となるのは人間や魔族である。
どうしても広い場所が必要になるので、探すのが難しいというわけではなかった。
「それでも、他の領地だと地下など目に付きにくい場所に店を構えているようですわね。まあ、そもそも彼らが商いをする領地の貴族は積極的に取り締まろうとせず、むしろ利用しようとしているほどですから、別に隠れる必要もないんでしょうけれど」
そう言うのはマーラである。
彼女の治めるバルディーニ領は取り締まりもしっかりしているため、地下に作ることもできない。
というか、そもそも拠点を持っていないらしい。
「今回もただ通り抜けるだけだったようですけれど、件の暴風雨のせいでここに留まっていますわ。これは、千載一遇のチャンスですの」
正義感と責任感の強いマーラ。
貧しい子供たちや戦災孤児たちを食い物にするアルヒポフ商会のことが、本当に許せないのだろう。
俺からすると、さっさと抜け出ていてくれた方がよかったのだが。
まあ、子供たちに同情しないと言えばうそになるが……一番大切なのは俺である。
「だから、一緒にがんばりましょうね! アリスターさん!」
「…………ええ」
『返事重っ』
キラキラとした笑みを向けてくるマーラに、俺は固い笑みを返すことしかできなかった。
頑張りたくないです……。
それよりも、俺が最も気に病んでいることは、またもやここにいるのが俺とマーラだけなのである。
「えーと……どうしてまた俺たちだけなんでしょうか? マーラさんの私兵たちを呼んだ方がいいんじゃ……」
いざというときの肉盾がいないじゃん!
「流石にぞろぞろと出向けば、あちらも察知しますわ。迎撃態勢をとられるくらいだったらそのまま押しつぶしちゃいますけど、こういう場合は上の者が逃げて下っ端しか殺すことができませんから、トカゲの尻尾きりみたいになるのですわ」
……殺すって言っちゃった。優しくて甘いくせに、ちょくちょく暴力的な部分が垣間見える。
いや、まあ彼女の言っていることがわからないでもないよ?
確かに、あちらの準備が色々とできてしまいそうなほど早く接近がばれたらダメだし、人が多いほどばれやすいということも分かる。
「……でも、流石に二人だけというのは危険じゃないですか?」
主に、俺が。マーラは大丈夫だろ。何か強そうだし。
というか、何でマガリも置いてきたの?
最悪私兵たちを置いていくのはいいんだけど、あいつだけは道連れにしないとダメじゃん。
もう盾とかどうでもいいから、俺が辛い目に合っているんだからあいつにも味わわせてやりたい。
そんな純粋な思いがあった。
「俺だけじゃあ、マーラさんを守りきることができないかもしれない……」
理由はこんな感じでいいか。顔は悔しそうに歪めておく。
だいたい、マーラの方が魔剣抜きの俺よりもはるかに強いのだから、守ろうとすること自体おこがましいだろう。
「う、嬉しいですけれど、わたくしは殿方の背に隠れるだけのか弱い乙女じゃありませんわ! むしろ、わたくしがアリスターさんを守りますわ! 大船に乗ったつもりで、安心してくださいまし」
頬をうっすらと赤く染めながら、わたわたと手を振るマーラ。
そもそも、マーラは俺を連れて行くつもりはなかったようだ。彼女自身と、もう一人の部下を連れて行く予定だった。
だが、そこで黙っている魔剣ではない。
余計なおせっかいをしでかし、俺がマーラに付き添うことを申し出たのだ。
もちろん、勝手に俺の身体を操って。
まあ、あのまま後ろの方にいたとしても、彼女の中での評価も上がっていなかっただろうし、最悪前線に出るのはいいんだけどさ……。
……流石に二人はないわー。山賊退治の時と一緒じゃん。また俺が危険な目に合うじゃん。
しかも、今度はそのあたりにいる賊とは違い、昔から何年も裏の世界で生きてきたアルヒポフ商会である。絶対に何か用心棒的なのいるよね。
マーラの手に負える程度ならいいんだけど、それを越えてきたら絶対に俺に戦わせるよね?
もうしんどい……。
「大丈夫ですわ。わたくしが不埒者どもを皆殺しにしますわ」
あと、割とマーラの思考が危険で怖い。
「あそこですわ」
しばらく俺が嫌々歩いていると、マーラが振り返ってそう言ってきた。
彼女の指さす方を見ると……。
「あれは……城?」
森の中にあるとは思えないような、大きな建物だった。
その近くには木々に隠されるようにして馬車など移動用のものが置かれてあり、また人も数名屯していた。
明らかに堅気じゃないんですが……まあ、奴隷売買をするような連中がまともなはずないか。俺はもうあきらめた。
俺とマーラは彼らに見つからないように、茂みに隠れた。
身体を寄せ合っているせいか、彼女の良い匂いが届いてくる。
ちょっとした息遣いも感じられるほどの距離なのだが……別にそこまで近づく必要なくね?
もう身体触れ合っちゃってるじゃん。
「廃城ですわね。元はバルディーニが治める前の貴族が、別荘として使っていたお城だそうですの。そこを、彼らがゴキブリのように巣食っているわけですわ」
マーラの口から人をゴキブリと揶揄するような言葉が飛び出してきた。
ちょっと危ない。
「……やはり、見張りがいますね。彼らに騒がれないように侵入するには、どうすれば……」
もう、俺も嫌々……クッソ嫌々ではあるのだが、穏便に中に侵入する方法を考えていた。
ばれて大立ち周りする方が嫌だ。
ここは、シルクの時のように、こっそりと侵入してなるべく敵と相対することなく終わらせたい。
……ただ、今回はアルヒポフ商会を破壊することが目的なので、絶対に戦う必要が出てくるんだよなぁ。
マーラの手に負える程度の連中であってくれ!
そう思っていた俺の顔を、何故かマーラはポカンと見ていた。
「え?」
「え?」
目を見つめ合う俺たち。
なに? そのキョトンとして『何言ってんのこいつ?』みたいな顔は。
あれ? 俺、何か間違ったこと言った?
「どうしてわたくしたちがこそこそとしなければなりませんの? わたくしたち、悪いことなんてしようとしていませんし、むしろいいことをしにきたんですわ。隠れる必要があるのは、後ろめたいことがある悪者だけですわ」
「えぇ……?」
不遜……というより、本当に理解不能といった様子で呟くマーラ。
彼女の中で、正義は逃げも隠れもしないらしい。
いや、状況に応じたら逃げも隠れもした方がいいと思うんですけど……。
「さっ、行きますわよ」
「えっ!? ちょ、ちょっと……!!」
隠れていた茂みからスタスタと歩いて行ってしまうマーラ。
その先には、おそらく見張りであろう数名の男たちが。
…………よし、回れ右して帰るか。
『おら! 君も行くんだよ!』
またか! またこんな展開なのか!
「ああ? おい、止まれ。何の用だ、テメエ? ここは俺たちが使っているから、さっさとどっか行けよ」
嫌々マーラの後ろに金魚のフンのようについて行けば、厳つい顔でこちらを凄んでくる見張りの男。
ひぇぇ……。少なくとも、魔剣と出会って寄生されていなかったら、一生関わり合いになることはない人種だ。
魔剣の方が強いだろうが、それでも怖いものは怖い。
「ちょっと待てって。こいつ、ちょっと歳はいっているが美人だぞ。逃がさないで捕まえた方がいいんじゃないか?」
「馬鹿。拉致なんてよっぽどの上玉じゃねえとやっちゃいけねえって会長も言っていただろうが。人が攫われたら騒がれるんだからな。だから、騒がられることのない口減らしのガキや戦場に取り残された連中を商品にしているんだろうが」
「その上玉じゃねえか。こいつは高く売れるぞ? 会長が喜んだらボーナスだって出るかもしれねえし、何だったら最初にこいつを抱かせてくれるかもしれねえ」
……何かあっちだけで話し出した。
しかも、とんでもなくゲスな会話内容だ。
俺は絶対できないなー。こんなバカなことして評価を下げて、将来の寄生先を失うわけにはいかないからな。
『そんな理由かよ』
大事なことだろうが!!
「……お前みたいに性欲はどうでもいいけど、金は魅力的だな」
「決まりだな。ほら、大人しく会長の元に付いてきてもらおうか。大人しくしていれば、痛い目には合わさねえからさ」
ニマニマと笑いながらこちらに近づいてくる男。
本来であれば、マーラのような見た目の女と優男の俺だ。あちらのやりたいようにやられて終わりだろう。
しかし、この女は見た目通りの淑女ではないのである。
「あら? そんな気遣いご無用ですわよ?」
「なんだ? まさか、お前ドMなのか? あはははははっ! 安心しろよ。じゃあ、俺の相手をしてもらう時、激しくしてやるからさ」
その間に僕は逃げてもいいですか?
「いや、そうではなく。あなた方になびくつもりは毛頭ないですわ」
「はあ? じゃあ、いったい何の話を……」
マーラの言葉に、怪訝そうな顔を見せる男たち。
「だからですね」
それに答えるように、マーラはニッコリと微笑む。
そして、彼女の手に現れたのは、彼女のような華奢な女が扱うことができないような巨大な戦斧である。
それを見て、下種な会話をして汚らしい笑みを見せていた男たちは、ポカンと彼女を見上げた。
分かる。俺も初見はそうだったから。
「わたくしがあなた方の会長の元に殴りこむので、エスコートは必要ないと申しておりますの。幸い、アリスターさんがちゃんとエスコートしてくださいますので」
こちらを見てウインクをしてくるので、俺もふっと笑みを返す。
しないけど?
「それでは、さようなら」
「ぎゃああああああああああああああああああああああっ!?」
マーラの振り下ろされた戦斧は、そのとてつもない重量と腕力によって、凄まじい衝撃を生み出した。
近くにいた男たちを容易く吹き飛ばし、ついでとばかりに廃城の閉ざされていた城門までも破壊してしまった。
いくら整備されていない古い門とはいえ、普通身の丈を越えるような頑丈なそれを吹き飛ばすことなんてできないと思うんですけど……。
返り血が少し頬に付いているマーラが振り返って笑顔を向けてくる。
先ほど、アルヒポフ商会の男たちに向けていた笑みと似ているようであるが、彼らに向けられていた冷たいものではなく、親しみが込められた温かい笑みである。
であるのだが、複数の大の男たちを吹き飛ばし、錆びれていたとはいえ城門を一撃で破壊した直後である。
その笑みが威嚇されているようにしか思えない。
「さあ、参りましょう、アリスターさん」
「はい」
もちろん、返事だって短く素直なものになるのであった。
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