第112話 頑張ろう、聖女様
『アルヒポフ商会』。
もともとは、今の冒険者ギルドと似たような事業をしていた普通の商会だったらしい。
商会に届けられる依頼内容によって、商会と契約していた人材を派遣して、マージンを稼ぐといった事業のようだ。
そして、最初は人助けや公共事業への参入といった非常にまともな商売を続けていたが、経営者が代替わりしていくにつれて、徐々にその形を変貌させていく。
また、時代と情勢が彼らを変貌させたということもあった。
それは、戦争。今までのような公共事業などの依頼内容ではなく、戦争に参加することを求めてくるような依頼が大幅に増えたのだ。
必然的に、派遣される人材は傭兵や騎士崩れのような荒々しい人間たちになる。
そして、どの国も必ず勝たなければならないので、依頼料も高くなってより良い人材を派遣してもらおうとする。
それに従い、アルヒポフ商会は巨額の富を築くことに成功する。
だが、戦争はずっと続かない。戦争が終わった後、傭兵派遣事業に比重を全て傾けていたアルヒポフ商会は、大きく減収。
どうしよう。どうにかしなければならない。
そう考えたアルヒポフ商会の会長は、新たな事業に手を出す。
それは、戦争の後……多くの戦死者を出した結果、生まれたのが親を亡くした多くの戦争孤児たち。
彼は、そんな子供たちに目を向けた。
庇護者もおらず、後ろ盾も持たない。国も戦争の後ということで、混乱状態にある。
そんな中、孤児たちを集めることは非常に容易だった。
こうして、アルヒポフ商会は傭兵派遣事業から、戦争孤児たちの奴隷売買事業へと移りかえたのである。
最初はそうでもなかった。しかし、着実に増収していった。
そうなると、徐々に事業は大きくなる。
最初は戦争孤児だけだった。しかし、戦争で夫を亡くした未亡人。身体の一部を失いつつも未だ働くことのできる男たち。
そんな彼らを労働力、もしくは別の目的で求める者は非常に多く、アルヒポフ商会は戦中の時と同等、それ以上の規模へと成長したのであった。
「もちろん、奴隷売買はわが国では禁止されていますわ。アルヒポフ商会は、まさに闇組織……犯罪組織以外のなにものでもありませんわ」
マーラは深刻そうな表情を浮かべて言う。
……あれ? シルクを奴隷にしていたり、マルタたち人魚を奴隷にしようとしていたり、意外と距離が近いのが奴隷だと思っていたんだけど、禁止されていたんだな。忘れてたわ。
というか、全然取り締まれてないじゃん。国は何をやっているんですかねぇ……。
「ただ……やはり、国が全て出張って治安を維持することは、コストの面でも人員の部分でも無理がありますわ。だからこそ、それぞれの領地を任せられている貴族が、こういったことにも対処するんですの」
確かに、とてつもない税金払う必要がありそうだしな。
じゃあ、あいつらが奴隷になっていたのは貴族が悪いのか。
……本当に、マーラと出会ってなかったら貴族ってみんなクズなのかと思っていたわ。
まあ、クズでも聖人でも、俺にとって都合がいいかどうかが判断の分かれ目なので、クズだからといっていきなり排斥することはない。
役に立つんだったらクズも使うしな。
『君が一番のクズなんだよなぁ……』
「ただ、貴族たちすべてが奴隷売買に対して弾圧をかけるというわけではない、わけね」
「……ご存じですのね。わたくしも貴族……同じ貴族としてお恥ずかしい限りですが、取り締まらなければならない立場であるにもかかわらず、アルヒポフ商会と癒着して奴隷を買っているような貴族もおりますわ」
マガリの呟きに、マーラが恥ずかしそうに顔を背ける。
別に、彼女があれなわけじゃないのだから、羞恥心を感じる必要はないのだが。
……まあ、貴族全体に対して悪い印象を持っている俺が言えることではないかもしれないが。
「現在では、戦争も起きておりませんから、アルヒポフ商会は奴隷を寒村から調達しているんですわ。何の罪もない子供たちが、親から売り飛ばされ、非常に厳しい奴隷生活を強いられている……。それは、わたくしは許容できませんわ」
強い顔を見せるマーラ。
その姿は、まさに貴族としてふさわしい態度なのだろう。
……そう言えば、俺の故郷がある領地の貴族ってどんな人なんだろうか?
もう興味ないからいいんだけどさ。
「バルディーニ領を預かる貴族として、ここでアルヒポフ商会を壊滅させますわ!」
ドン! と豊満な胸を張って言うマーラ。
それに対して、俺の反応はと言うと……。
…………。
無。無言である。断じて声を発しない。意思を表明しない。存在を……確かなものにしない。
『急に静かになった……』
…………。
「でも、大丈夫なんですか? そんな大きな組織を相手に、バルディーニ領だけで……。見たところ、私兵の数も極端に多いというわけではないみたいですし、王都からの援軍を待った方がいいのでは……」
マガリ、余計なことは言わないでいいぞ。
「それだと、アルヒポフ商会に逃げられてしまいますわ。彼らはだてに長年逃げおおせてきたわけではありませんわ。王都からの支援を待っていると、その間にこの領地を飛び出して行ってしまうでしょう。そうなると、わたくしの力の及ぶところではありませんわ」
マーラが領主としての強権を振るうことができるのは、このバルディーニ領だけだ。
アルヒポフ商会が逃げた先の貴族が彼女のような高い志と倫理観を持っているとは考えにくいし、商会だってそういう貴族の治める領地には逃げないだろう。
「とはいえ、確かにわたくしたちだけの力で確実に壊滅させることができるとは言えませんわね。おっしゃる通り、わたくしの領地は辺境でもないので、敵国に備えた兵力があるわけではありませんわ。でも、ここであの商会を逃がせば、より多くの子供たちが苦しむことになるんですの。そのためでしたら、多少の危険なんて省みませんわ!」
ま、マーラからキラキラとした光があふれ出る。
あれは……後光……!?
自身よりも他者のことを思いやり、そのために身を粉にして働くその姿は、まさに民を治める貴族にふさわしい。
何よりも、その在り方はこの世界では残酷なまでに善人だった。
…………。
『おら。何か話せよ』
いや、ないし。話すことなんてないし。
うん、まあいいんじゃない。口減らしができなくなったからって子供たちが寒村でどういう扱いを受けるのかは知らないけど、まあ奴隷よりはマシかもしれないし。
だが、残念ながら俺では力になれそうにないな。
ここは、マーラたちに任せよう。この領地は彼女のものだし、俺はたまたま通りがかったに過ぎないのだから。
うん、余計なおせっかい。首を突っ込むことは止めよう。な、魔剣。
というか、お前俺に寄生するの止めてマーラに寄生すれば?
あいつなら俺を操る時みたいに頭痛を起こしたり思ってもいないことを口にさせたりしないで済むだろう。
『適合者じゃないからね。こればっかりは、いくらマーラが君の何倍も人間ができていて君みたいなドブ以下の性格とは月とすっぽんだっていう事実があったとしても、どうすることもできないんだ。本当、どうして君が聖剣の適合者なんだろう……』
俺が聞きたい。まあ、お前は聖剣なんて大層なものじゃなく、間違いなく人を不幸に陥れる魔剣だがな。
『まあ、そんなことを言われても今回のことには首を突っ込むんだけどね。往生しなよ』
ま、待て!! 金ならいくらでも払う!
『いや、僕お金とかいらないし』
魔剣がそう言うと同時、いつもの感覚に襲われる。
また、俺の身体が操られる!!
ぬわああああああああああああああ!?
「ま、マーラさん……是非、俺も手伝わせてください……!」
ぐぞおおおおおおお!! こうなったら、舌を噛み切ってでも……!!
『やりすぎだよ!』
お前が余計なことしなかったらやらねえんだよ!!
「アリスターさん……。ですが、あなたは客人。わたくしたちの都合で、危険な目に合わせるわけにはいきませんわ」
マーラは一瞬嬉しそうに顔を緩めながらも、そう言い切った。
よく言った!
最初に山賊退治に付きあわせているくせに何言ってんだと思わないでもないが、いいぞー!
いくら俺を操ろうとも、マーラが受け入れさえしなければ魔剣だってどうすることもできない。
ほれほれー。どうした魔剣くん?
キャッキャッと内心スキップしていたら、また無機物が俺の口を動かした。
「お、俺は……それでも、子供たちが不当に虐げられ自由を奪われることを、許容することができません……!!」
何だこの悲劇のヒーロー感!? 止めろぉっ!!
「アリスターさん、そこまで……」
この言葉を聞いて、マーラも感動したようにこちらを見てきていた。
……あかん。何か受け入れそうやん。
ぐぞおおおおおおおお!!!! どうしてこうなるんだよおおおおおおおおおおおお!!!!
頬を伝う冷たい感触。それは、俺の意思の表れ……涙であった。
俺は厳しい運命と自分へのふがいなさに、涙をこぼすのであった。
その涙を何と勘違いしたのか知らないが、マーラも感動したように目を潤ませ、俺の手を握ってきた。
「……アリスターさんの熱く優しい気持ち、わたくしにしかと届きましたわ! 是非、わたくしと一緒にアルヒポフ商会を破壊しましょう!!」
「はい…………」
『声重たっ』
やだよぉ。昔から非合法の商売してきた闇組織と戦うなんてやだよぉ……。
俺、全然中身普通のイケメンだぞ? 裏の世界でウゾウゾ蛆虫のように蠢いている連中と関わって良い人間じゃないんだよぉ……。
『すっごい上から目線』
このままだと、俺だけが危険な目に合う。
もはや、魔剣がいる以上、俺が安全で穏やかなスローライフを送ることは非常に難しいと言わざるを得ない。
ならば……ならば! せめて、俺をこんな事態に引きずり込んだ元凶である彼女だけは、何としてでも道連れにしなければならない。
ということで、俺は彼女……マガリの細い肩に手を置いて、ニッコリと笑った。
「よし、じゃあ一緒に頑張ろう、マガリくん!」
「はっ!?」
ぎょっとしたようにこちらを見てくるマガリ。
馬鹿め。俺がお前を逃がすとでも思ったか。俺とお前は運命共同体だぜ。
「聖女の君がこのような事態を見過ごせるわけもないものね。うん、分かっているよ。一緒にマーラさんに協力して、不幸な子供たちを減らしていこうじゃないか!」
「そ、そうねぇ……。た、ただ、私戦闘能力がゴミ以下だから、あまり前線に出ても邪魔になるだけだわ。あなたのことは心配だけど、銃後から支援させてもらうわね」
汗を大量にダラダラと流しながらも、そう言って自分だけ安全な場所に逃げようとするマガリ。
お前が行くのは銃後ではなく最前線なんだよなぁ……。
「はっはっはっ。何を言っているんだい、マガリ? 君には特別な力があるじゃないか。聖女としての力が、ねぇ……?」
「――――――ッ!?」
聖女の無効化能力。それは、並の兵士が前線に立つよりも強力である。
もはや、今のマガリはただのひ弱虚弱猫かぶり聖女ではない。
相手を一気に弱者に引きずりおろしてしまえる、強大な力を持つ戦士である。
「さあ。頑張ろう、聖女様」
何も言い返すことのできないマガリを見て、俺は勝利を確信した。
やったよ……俺、やったよ……。
『うわぁ……』
魔剣の引いたような声も、俺には届かなかった。




