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【書籍化・コミカライズ】偽・聖剣物語 ~幼なじみの聖女を売ったら道連れにされた~  作者: 溝上 良
第四章 アリスターの婚活編

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第110話 熱量

 










「こちらが、報告書になります」

「ありがとうございます」


 マーラは執務室で女から紙を受け取った。

 礼を言いつつ、それに視線を向ける。


 そこには、彼女に命令していたとある組織の情報が事細かに記されていた。

 それを頭に入れると、ふーっとため息を吐いた。


「なるほど……やはり、その方たちはわたくしの領地に来ていますのね」


「奴らも別の領地に逃げようとしていたようですが、あの暴風雨のように他の天災で足止めをくっているようです」

 マーラの治めるバルディーニ領は、犯罪に対してそれなりに厳しい罰を与えている。


 そのため、治安も良く、なかなか他の領地から犯罪者が集まることもないのだが……。

 この領地を経由して他の領地に行くことはあるし、その過程で罪を犯す者もいる。


 それを捕まえて処罰を下すのが、マーラたちの仕事でもあるのだが。


「そうですか。この問題をわたくしに処理しろとの天啓かもしれませんわね。ありがとうございました、とても危険な仕事でしたのに」

「いえ。あなたのためならば……」


 情報はとても大切なものだが、だからこそそれを得ようとすることにはかなり大きな危険が伴う。

 その危険性を知りながら大切な仕事を成し遂げた部下を、マーラは労った。


 部下の女も、仰々しく頭を下げており、その二人の姿は理想的な上司と部下の姿だったが……。


「……そういえば、勇者様との関係は発展しましたか?」

「ぶふっ!?」


 女がボソリと呟いた言葉に、その美しい光景は一気に崩れ去った。

 マーラが貴族の女として決してしてはいけない吹き出しをしてしまった。


 慌てて口元を拭う彼女の頬は、うっすらと赤くなっていた。


「な、ななな何を言っておりますのぉっ!?」

「マーラ様が勇者様から好意を寄せられてアタックされまくっていることは、もうかなり有名ですよ。マーラ様が満更でもないということも」

「まままま満更でもないこともなくってよ!!」


 そりゃあ、アリスターと出会ったら心がぽっと温かくなるし、彼の笑顔を見ているだけで思わず頭がポーっとしてしまうし、何度か会話をすることができれば年甲斐もなくウキウキしてしまうけれども、別に満更でもないことはないのだ。

 というか、有名ってなんだ。うちの部下や使用人は、上司や主を噂の種にしているのか。処分するぞ。


「いいじゃないですか。マーラ様にあれほど正面から向き合ってくれる男性は、他にいないかもしれませんよ。出自が農民というのは少しあれですが、聖剣の適合者なのですから立場としても十分です。何か悪意を持って近づいてきているわけでもないようですし」


 女の言葉に、マーラは黙り込む。

 そうだ。あんなにイケメンで、性格も良い男が、自分なんかに好意を寄せて熱烈にアタックしてくれることは、もうこの機会を逃せば一生ないことだろう。


 マーラだって、アリスターの人となりは気に入っているし、一人の男と添い遂げたいという気持ちはある。

 しかし……。


「……アリスターさんに悪意がないことは、分かっていますわ」


 そう言うマーラの表情は、どこか寂しげで悲しそうなものだった。

 先ほどまでの、可愛らしい乙女のものではない。


 それは、諦めの表情だった。


「分かっていますけど……受け入れることはできませんわ。わたくしは……」


 受け入れてはいけない。

 それは、自分にとっても、アリスターにとっても不幸なことにしかならないのだから。


「さあ、もう退出なさい。お仕事、ご苦労様でしたわ」

「……はい」


 部下にそう促すマーラ。

 今の彼女は先ほどまでの親しみやすい上司の顔はなかった。


 女もこれ以上言うことはなく、ただ静かに執務室から出て行ったのであった。


「さて、と……」


 マーラがスッと立ち上がる。

 少し、気分が落ち込んでしまった。気分転換に、散歩でもしよう。


 そう考えて執務室を出て行き、誰もいなくなった部屋には静寂が訪れたのであった。











 ◆



「どこに行かれるんですか、マーラさん。俺も一緒に行っていいですか?」

「あ、アリスターさん!? ど、どこから……」


 と、早速出くわしたのはアリスターである。

 ぎょっとして後ずさりするマーラ。


 つい先ほど、彼のことを考えて憂鬱な気分になったから、その反応は尚更であった。

 この男、マーラに惚れてもらおうと猛アタックを続けており、もはや彼女がアリスターに会わずにゆっくりできるのは寝る時と風呂に入る時くらいになっていた。


「マーラさんの隣にいたいから、すぐに見つけることができました」

「ええ!?」


 まただ。また、アリスターの言葉に一喜一憂してしまう。

 こんなに心を乱されるのは、いつ以来だろうか。


「さ、散歩ですわ。ちょっとした息抜きですの」

「あ、俺も付き合っていいですか? もしダメだったら、いいですけど……」

「も、もちろんいいですわ」


 断るべきだったかもしれない。

 しかし、アリスターと一緒にいたいという気持ちが、心のどこかにあった。


 二人はゆっくりと屋敷の庭園を歩いていた。

 緑豊かで、様々な色の花が元気に咲いている。


 蜜を求めに来た昆虫はもちろん、小動物や危険性のない魔物までもがうろうろとしていた。

 魔物という時点でアリスターは内心露骨に嫌がったが、マーラのためにと押し殺した。


 いかな理由とはいえ、他人のためにここまでする彼は生まれて初めてである。


「はー、いいですね……。ゆっくりできることが最近なかったので、凄く癒されます。本当に」

「何だか切実ですわね……」


 マガリを陥れたと思えば道連れにされ、聖剣に寄生され、望まず他人のために命の危険がある戦いに連続して赴かなければならない彼のストレスは、非常に大きなものだった。

 彼が勇者にふさわしい清廉潔白な性格だったならばまだしも、自分絶対主義で自分さえよければ他人なんてどうなってもいいという腐った考えを持っている彼には、かなりのストレスになっていた。


 それが爆発した結果が、以前の天使教との騒動で見せた黒化した姿だが……。


「凄く綺麗な庭ですね」

「嬉しいですわ。わたくし、仕事以外にすることも趣味もないんですけど、だからこそ庭いじりは頻繁にやっていたんですわ」

「そうなんですか。マーラさんの人柄が出ているような、美しい庭です。思わず見惚れてしまいますね」


 またもや、ドキリと胸が高鳴るようなことを平然と言ってくるアリスター。

 歯が浮くような恥ずかしい言葉なのに、彼の整った容姿と堂々とした態度のおかげで、恥ずかしくなるのはこっちだ。何とも不条理を感じる。


「……アリスターさんは、ちゃんとわたくしを見て好意を寄せてくれていらっしゃるの?」

「……どういうことですか?(っべー。俺がヒモ目的ってばれた?)」


 マーラの言葉に、小さく目を見開くアリスター。

 表面上は普通だが、内心汗をダラダラ流していた。


 しかし、彼の鉄壁の演技は、マーラにもその目的を悟らせていなかった。


「わたくしは、行き遅れですわ。アリスターさんは違うと言ってくださいましたが、貴族の世界でこの年になっても夫を持たず、ましてや妾にもなっていない女の貴族なんて、行き遅れ以外の何ものでもありませんわ」

「…………」

「アリスターさんは、わたくしの容姿も、中身も、褒めてくださいました。それなのに、まだわたくしは男性に射止められることがありませんでしたわ。……おかしいと思いませんの?」

「それは……」


 他の男の見る目がなかったか、自分のようにヒモ目的ではなかったからでは……?

 と思ったアリスターであったが、とくにメリットもないので言葉にすることはなかった。


「当然、わたくしにだって裏があるのですわ。これこそが、わたくしが男性と添い遂げることができない理由……それを、アリスターさんは知らないでしょう? それなのに、わたくしを受け止めることができるかしら」


 怖くて本当のことが言えない。

 本当に……本当にアリスターに諦めてもらいたいのであれば、真実を語るだけでいい。


 そうするだけで、彼は自分から離れて二度と迫ってくることはないだろう。

 ……要は、マーラもアリスターから好意を寄せられて無垢にぶつけられることに居心地の良さと心の充足感を得ていたのである。


 アリスターのためだとか、そういう言い訳をしておきながら、自分のために……自分の身可愛さに真実を語ることができない。

 自分自身が、こんなにも薄汚いとは思っていなかった。


 マーラは自分自身に対して反吐が出る思いだった。

 だが、安心してほしい。少なくとも、アリスターの方がクズだから、心を痛める必要はまったくない。


 だが、マーラは嫌われたくないと考えているのも、また事実であった。


「……申し訳ありません。ですが、もうわたくしに迫ることを……わたくしに夢を見せることを止めてほしかったのですわ。さっ、戻りましょうか。アリスターさんと自慢の庭を見ることができて、英気も養えましたわ! これから、ビシビシ仕事をしますわよ。おーっほっほっほっほっ!!」


 あからさまな空元気。

 今の彼女は、このように高らかに笑う心持ちではない。


 雰囲気や空気を換えようと無理やりしたからこそ、なおさら痛々しさが際立っていた。

 こういう他人を見て内心嘲笑っているのがアリスターだ。


 だが、今日は違う。


「それでも」


 アリスターのその少ない言葉は、さっさとこの場を離れたがっていたマーラの脚を止めるには十分な力を持っていた。


「それでも、俺はマーラさんと一緒になりたいと思っています。あなたがどのようなことを抱えているのかわかりませんが、一緒に支えたいと」

「…………ッ」


 その言葉に、マーラは胸から物凄い感情の奔流が溢れ出すのを実感した。

 今すぐ振り返って、アリスターの胸に飛び込みたい。抱き着きたい。


 何が理由かも教えていないのに、それでも彼は自分のことを受け入れようとしてくれているのである。

 そんな男は今までついぞ現れなかったし、マーラの喜びはそれはそれは大きなものだった。


「俺は、マーラさんに一歩踏み出しました。あとの一歩は、マーラさんの方からお願いします」

「わたくしは……」


 だからこそ、そんなアリスターを受け入れて傷つけるわけにはいかなかった。

 チラリと振り返れば、彼は自分に背を向けて歩き出していた。


 それは、別に自分に愛想を尽かして去って行ったというわけではないことは、彼の背中や言動を見ていれば明らかである。

 今すぐ、その背中に向かって走りだし、抱き着いてみたい。


 だが……その一歩を、どうしても踏み出せなかった。


「アリスターさん……」


 マーラの彼の名を呼ぶ声音には、今までにない熱量が含まれていた。




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