第11話 王城です
俺の姿は、つい先ほど外から見ていただけの王都の中にあった。
お茶を飲めるような、俺たちの村には絶対に存在しないしゃれた店に、俺は強制的に座らせられていたのであった。
「不謹慎ですけど、またあなたと一緒にいられて嬉しいですわ、アリスター!」
「…………」
今にも倒れそうなほど青い顔をしている俺の前で、真逆のニコニコ笑顔を浮かべているのはマガリである。
何とも男心をくすぐるようなことを言っているが、だまされてはいけない。
こいつは、俺を王都に引きずり込むことができて喜んでいるのである。
お互い、一時間以上近くで同じ空気を吸っていたら体調を壊すので、そんな理由がないと嬉しいはずがないのである。
「うふふ。やっぱり、私一人だと心細かったから……あなたがいてくれて、心から幸せですわ」
「…………」
道連れにできて?
てかこいつ、やけに饒舌だな。そんなに俺を引きずりおろしたのが嬉しいのか。
マジで性格腐ってんな。……逆の立場だったら俺も喜んでいたけどさ。
『可愛い子じゃないか。君みたいなヤバい奴にも、こんな子が近くにいるなんてね』
俺の脳内に直接話しかけてくるのは、遺憾ながら俺の隣で立てかけられている黒々としたおぞましい魔剣である。
そもそも、俺がここに連れてこられたのはこいつのせいなのである。
なにやら、こいつは適合者しか持つことのできない聖剣らしく、今まで見つかっていなかった伝説の武器なのだそうだ。
悪名で伝説なのかと思えば、魔を滅したとかどうたらヘルゲが言っていた……気がする。
真面目に聞く気がなかったから憶えていない。
まあ、とにかく嫌々だが俺は聖剣を使うことができるとして、ヘルゲに連れてこられてしまったのである。
そんな大切なものだったら、ちゃんと保管しとけよって話だが。
見つからないにしても、森を閉鎖するとかさぁ。
おっと。まずは、この無機物にマガリの本性を教えてやらねばならない。
この馬鹿も、性格ドブスを勘違いしているようだからな。
……教えておいてやろう、魔剣。
『聖剣ね』
そのあばずれは……いや、マガリは俺の本性を知っている。
『なおさら、良い子じゃないか。君みたいなドブのような性格でも、受け入れてくれているってことだろう?』
殺すぞ、魔剣。
こいつ、なんか図々しくない? 無機物風情が、人間様になんてことを言うんだ。
しかも、俺は有象無象の人間ではないのに……。
はあ……いいか、魔剣? そもそも、俺の本性を見てこんな好意的にしてくれる存在があるわけないだろ。
『自覚しているんだったら治しなよ……』
性格なんてそう簡単に変えられるはずもないし、生来のものなんだからどうしようもない。
そのために、俺は鉄壁の演技力を身に着けたのだから。
だからこそ、俺は……俺たちは、その目標を達成するまでこの本性を、猫を被ることによって隠し通しているのである。
『……俺、たち?』
ようやく気付いたか、魔剣。
言っておくが、マガリは俺以下のクズな性格持ちだぞ。
『嘘だ!! 君と同じどころか、君以下の人類なんて存在するわけないだろ!!』
こいつ、マジでどうやったら殺せるの?
無機物だし……高温の炉の中に放り込んだらいける?
こんな会話をしている俺と魔剣であるが、もちろん脳内会話なので周りに漏れることはない。
俺の演技力も見事なものなので、少しもおかしいことはなかった。
そんな俺に、ヘルゲとかいう無能騎士が話しかけてきた。
「すまないな、アリスター。先ほど話した通り、私が報告して指示が出るまでの間、この王都に滞在してもらいたい」
…………馬鹿か?
今でさえさっさと逃げ出したいというのに、数日……いや、下手したら数週間俺をここに置くつもりか?
マガリはキラキラとした笑みを向けてくるが、絶対に嫌である。
「あ、あのー……本当に俺の持っている剣は聖剣ではないと思いますよ? 見てください、この禍々しい色。即刻破壊処分するべきです。お手伝いしますよ」
『聖剣だよ。……っていうか、何さらっと僕をぶっ壊そうとしているのさ!?』
当たり前だろ。お前、マジで呪いの剣じゃん。
そもそも、元凶はこいつなのだ。
この魔剣さえどうにかしてしまえば、マガリを押し付けた俺は真の自由を手に入れることができるのだ。
「ああ、確かに伝承の聖剣とは似ても似つかない雰囲気だが……」
ほらな。
魔剣は必死に否定しているが、どう見ても聖剣ではない。
その黒々とした見た目然り、毒々しい雰囲気然り、人を操ったり直接脳に語りかけてきたりする能力然り。
『そ、そんな……! 信じてくれよ、騎士くん! これも、すべてアリスターの漆黒の腹黒さのせいなんだ!』
人のせいにするの、良くないと思う。
俺が持つと同時に黒く染まったが、まさか俺は関係ないだろう。
全部この魔剣の自業自得である。
「だが、あの森には聖剣があるというのも事実なんだ。その森から剣を持ってきた以上、やはり報告する義務がある」
ちっ。しつこい奴だな、ヘルゲも。
マガリを引き取ってくれる時は、まさに神が遣わした聖人かと思っていたのに……とんだ大馬鹿野郎だ。
融通を利かせろよ。
「いや、そんな大層なものでもないですよ。捨てられていたように地面に転がっていましたから、ほぼ間違いなく魔剣です。破壊しましょう」
『こ、こんなに強烈な殺意を向けられているのは久しぶりだよ……』
マジ? 前任者も相当嫌だったと思うぞ、お前のこと。
「それに、俺にはマガリの分まで村に尽くすという大切な仕事があります。だから、ここにいるわけには……」
「…………ッ!!」
ニッコリとマガリに笑いかければ、ニヤニヤしていた笑みを一変させて鬼の形相で睨みつけてくる。
まったく……そんな血走った目で見てくるなよ。俺がニヤニヤしてしまうではないか。
「ああ、君は本当にできた人間だな。だが、その剣が聖剣の可能性を秘めている限り、すぐに帰すわけにはいくまい。伝承通り、聖剣は適合者以外には持つことも許されないみたいだからな」
そう、その面倒くさい特異性のせいで、俺はこの魔剣をヘルゲに預けてさっさと逃げ出すこともできないのだ。
ほんっと呪いの剣だな。
『離さないぞっ☆』
死ねや。
しかし、本当にこの王都に残るのは嫌だ。
ここにいれば、マガリが何が何でも俺を引きずり込もうとするだろう。
なまじ近い距離にいるから、諦めることができないのだ。
だから、俺はさっさと王都から……というよりマガリから離れて悠々とした生活を送りたいのに……。
「もちろん、こちらのわがままなのだから、君が王都にいる間の衣食住は保証させてもらう。この王都でも最高級のそれらが兼ね備えられた宿を用意し――――――」
「そこまで言われるのでしたら、仕方ありませんね。分かりました、ここに残りましょう」
『変わり身早っ!』
まあ、ヘルゲの言うことも一理あるだろう。
国にとって大事な剣と、その担い手……現場であくせく働くこいつからすれば、上に報告しなければならないのは当然だ。
仕方ない……俺は優しいからな。人のために、多少不利益をこうむってやるか。
まったく……俺ほどできた人間、いる?
俺はやれやれと首を横に振るのであった。
『最高級待遇につられただけじゃん』
黙ってろ、魔剣風情が。
「これからもよろしくね、アリスター(ふふふっ、ついに道連れに成功したわ。このまま、こっちに引きずり込んでやる……!!)」
「ああ、短い間だけどよろしくな、マガリ(馬鹿が。俺を誰だと思っていやがる。絶対に逃げ出してやる……!!)」
にこやかに笑いながら握手をするマガリと俺。
アイコンタクトで黒い応酬が繰り広げられているが、誰も気づいていないからセーフである。
ふっ、馬鹿め。いくら俺が農作業をサボりまくっているからといっても、同じくサボり引きこもりニートのマガリに握力では負けない。
その手、握りつぶしてくれ――――痛い!? こいつ、両手で俺の手に爪を立ててきやがった!!
血、血が出る……!!
『うわ……本当に、この子もアリスターと同レベルじゃん』
愕然とした声音の魔剣。
おい、見誤るな。こいつは俺以下だぞ。
そんなことをしていると、ヘルゲがマガリに声をかけた。
「それでは、行きましょうか、聖女様」
「…………え?」
ポカンとするマガリ。
彼女は目を丸くしながら、ヘルゲを見た。
「え、あの……私もアリスターと一緒では……?」
「何を言っているんですか。アリスターは突発的な事態でしたので、まずは上にお伺いをかけないといけませんが、あなたは……聖女様の件は、すでに国王陛下もお知りになられていることです。聖女様が行かれるのはアリスターと同じ宿屋ではありません。あなたは……」
ヘルゲはそう言って振り返る。
その身体を移動させ、その対象を見ることができるように。
「あそこに見える、王城です」
「――――――」
『うわ。顔が死んでる……』
ヘルゲに指さされた立派な建物……王都の建物はどれも俺たちの村とは比べ物にならないほど立派だったが、それらを遥かに超越した荘厳な建築物……それこそが、王城であった。
この国のトップが居座り、選ばれし者以外は決して立ち入ることのできない場所。
そこに、マガリはお呼ばれされているのであった。
一気に顔を無表情にした彼女を見て、俺は……。
あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!
内心、腹を抱えて大笑いしていた。
さ、最高だ! あんなところに行けば、それこそ絶対に猫かぶりを継続しなければならない。
マガリの本性を出してしまえば、聖女にふさわしくないと処刑台一直線だろう。
こ、こんな気持ちいいことがあるだろうか?
俺を引きずり込んだと大喜びしていたマガリが、今は死んだような顔をしているのである。
おらぁっ! 見たかボケェッ!
俺とお前とじゃ、住む世界の楽さが違うんだよ!!
俺は誰の監視も受けることなく、最高級の待遇を受け。
マガリは多くの人の目があり、本性がばれたら処刑台一直線の息苦しい待遇。
なんて素晴らしい格差なんだ……。神は実在した……。
「そういうことだ、マガリ。王城では色々な人の目があるだろうが……頑張れよ」
「え、ええ(アリスタァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!)」
俺のニコニコ笑顔に見送られ、マガリはヘルゲと共に王城へと向かうのであった。




