第106話 好きです。結婚してください
賊たちは、後からやってきた私兵たちによって捕らえられた。
賊のリーダーはマーラが割とえぐい殺し方で殺してしまったが、それ以外は魔剣が上手いことやって生きたまま捕らえることができたようだ。そこまでは知らん。
彼らは裁判を受けてそれ相応の罰を受けることになるだろう。
……まあ、間違いなく処刑だろ。村を焼き打ちしているし、いくら何でも無罪放免はないはずだ。
俺に恨みを持っている奴もいるかもしれないし、あとくされがないように皆殺ししておいてほしい。
捕まっていた女も、全員が救出された。
皆村人だったからとくに媚を売ることはなかった。
いや、しかしあのままだと賊たちに慰み物にされたあと奴隷として売り飛ばされていたと考えると、ハッピーエンドではないだろうか?
まあ、村を焼かれて男たちも殺されているのだから、ハッピーではないだろうが。
そこは知らん。領主であるマーラが上手いことやるだろ。
そんなことで、やりたくもない賊退治を終えた俺が今どうしているかというと……。
「あら、起きまして? おはようございます。もうちょっとゆっくりおねんねしていてもよろしいですわよ? お昼頃まで眠っていられても、ご飯時になれば起こしますわ」
フカフカの……それこそ、王都で俺がいつも滞在していた最高級宿のベッドよりも柔らかく高級感のあるベッドに、俺は身体を沈めていた。
そんな俺を覗き込んでくるのは、マーラである。サラサラの金髪がかかってかゆいんですけど。
ここは、マーラの住んで仕事をしている館。その一室を借りて、俺は身体を休めているのであった。
聖女のマガリは流石にこの館で泊まっているが、それ以外の護衛の騎士たちは皆街の宿である。
どうして俺もこんな所に……?
「ですが、いい天気ですし、お散歩するのもいいかもしれませんわね。わたくしがお供しますから、少し庭を歩きます?」
「ああ、いや……」
この部屋に泊まらせてくれるのはありがたい。絶対に安全だし、凄い待遇良いし……。
割と口うるさい俺も、何の不満もない。
ないのだが……やけに、マーラが俺に過保護な気がするんだけど……。
どういうことだろうか?
いや、過保護が嫌というわけではない。人によっては鬱陶しいと思うかもしれないが、魔剣に操られて心身ともに疲弊している俺にとっては非常に癒される。
だが……バルディーニ領の領主が、俺一人に付きっきりでいいのだろうか?
本当に付きっきりである。
朝起きたら大体マーラがいるし、ご飯もわざわざ持ってきてくれて、しまいには一口一口口元まで運んでくれる介護付き。
村ではあまり入ることのできなかった風呂も当然のようにこの館にはあって、そこも彼女の介助付きである。
まあ、流石にあちらも全裸ということはないし、軽く背中を流してくれたら出て行ってくれるのだが……貴族に背中を流させる農民ってなに?
そして、眠る時にはマーラの子守歌付きである。いや、ガキじゃないんだけど……と思いつつも、彼女の歌を聞いているとあっさりと眠りにつくことができるから恐ろしい。
マルタがたまに遊びに来て昼寝する時歌ってくれるのだが、それに匹敵するほどである。母性が凄まじい。
……とまあ、こんな感じで、俺は何故かマーラからめちゃくちゃ手厚い看護を受けているのである。
「あの……どうして俺にここまでしてくれるんですか?」
「どうしてって……アリスターさんはわたくしの前に立ったせいで、大怪我を負われたんですのよ!? 手厚い看護をするのは当然ですわ!」
ふんすと胸を張るマーラ。揺れる胸。
……お前、本当に自分のこと行き遅れのババアって思ってる? 絶対違うぞ?
というか、大怪我ってなに? 俺、そんなの負ってたっけ?
『いや、頬を軽く掠っただけだと思うけど……』
おら、魔剣。流石に掠っただけはねえぞ。
割と肉も抉られて出血と苦痛はそれなりだったぞ。反省しろや。
とはいえ、確かにこんな至れり尽くせりの対応を受けることではないのは事実。
別に、マーラを庇ったわけではなく、魔剣の油断からの負傷だし。
「ははっ。別に、大したものじゃないですよ。それよりも、マーラさんの役に立てたようでよかったです」
「またそんなことを……。アリスターさんは、ほんっとうに女たらしですのね! わたくし以外にも同じことを言った人がいるのではなくて?」
まあ、はい。媚び売ってた方がいいし。
シルク、そろそろ良さげな女紹介してくれないかな?
あいつ、やたら演劇に招待してくれるくせに、なかなかそういった都合の良さそうな女紹介してくれないからなー。
「本当に、こんなことまでしていただかなくて大丈夫ですよ」
とりあえず、気を遣っている感じを出す。
別に、四六時中ずっと一緒にいられたとしても、俺の演技は常時発動型だから絶対に本性がばれることはないしな。
演技ばかりしていたら疲れる? 物心ついた時から演技しているのだから、もはやその程度で疲れることなんてありえない。
「いいんですのよ。わたくしも、あなたのお世話が好きでやっているんですわ。ふふっ……こう言ってはなんですが、男の人をこうして庇護するのは、何だか楽しいんですの。何でもしてあげたくなってしまいますわ」
何やら果物の皮をむいてくれながら、クスクスと笑うマーラ。
ん? 今なんでもって……。
しかし、今のマーラは……男をこれほど甘やかしてかいがいしく世話をしてくれる彼女は、もしかすると俺のエンジェルにふさわしいのか……?
……試してみるか?
俺は緊張のあまり、ゴクリと喉を鳴らす。
「たとえば、ですよ? もし、あなたに良い人が現れたとして、その人がどうしても……どうしても仕事などができないとしたら、あなたはどうされますか?」
そう言いながら、俺は自分に対して強い怒りを覚える。
直球すぎる。へたくそすぎる聞き方だ。
だが、今の俺は心臓がどきどきと口から出てしまいそうになるほど興奮しており、思わず口走ってしまったのだ。
なぜなら、ずっと……物心ついた時からずっと探し求めていた寄生先を、もしかしたら見つけることができるかもしれないからだ。
『最低かよ』
「そう、ですね……。どうして、アリスターさんがそんなことを聞いてくるのかわかりませんが……」
うーんと悩む様子を見せるマーラ。
プルプルの瑞々しい唇に指を当てる仕草は、とても色気があった。だからなんだと言う話だが。
色気よりも、マーラの考え方だ。
俺はドキドキとしながら彼女の言葉を待った。
そして、マーラはようやく口を開いた。
「できないのであれば、仕方ありませんわ。わたくしが、代わりにやりますわ。幸い、領主というやりがいのある仕事がありますし、収入も確固としたものですわ。それに、こうして世話をさせてくださるだけで嬉しいですもの。やりたくないと言っている人に無理やりやらせるのは、どうかと思いますしね。やりたくないのであれば、やらなくていいのですわ」
うっすらと笑みを浮かべながら言うマーラ。
それに対して、俺はまるで光を浴びたような心境になっていた。
光というのも、太陽の光というわけではない。
まるで、神の光とでも言うべきだろうか……そういった類のものだ。
天使教を含めた宗教全般に対して懐疑的な目を向けている俺だが、今なら信者たちの気持ちも少しくらいなら理解できるかもしれない。
ああ……。
苦節十数年……。マガリという最悪の存在を幼馴染に持ち、諸悪の根源である魔剣に憑りつかれ、まったく関係のない赤の他人を助けるためにこの身は耐え難い苦痛を味わってきた。
ようやく……ようやく俺は、俺の女神を見つけることができたのだ。
俺は、マーラの手を仰々しく手に取った。
彼女は不思議そうな顔をしながら俺を見てくるが、とくに振り払ったりはしなかった。
すべすべの手だ。普段なら何も思うことはないのだが、今はまるでそれがとてつもない価値のある宝物のように感じる。
そんな彼女に向かって、俺は口を開いたのであった。
「好きです。結婚してください」
「ええ、いいですわよ! アリスターさんの申し出であるならば、何でも…………」
俺の懇願に、マーラは自信満々に胸を張っていた。
しかし、少しずつ俺の言葉の意味を飲みこめたのか、どんどんと声が小さくなっていき……。
「…………え?」
「…………ふぁい?」
チラリと見れば、何故か扉を開けた状態のまま硬直しているマガリの姿があった。
……何でお前ここにいるの? マーラがポカンとするのは分かるけど。
俺が逆の立場だとすると……そうか、俺を笑いに来たな、こいつ。性格悪すぎぃ!
まあ、今はマガリのことなんてどうでもいい。
さあ、マーラ! 俺の結婚の申し出、受け入れてくれ!
『ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?』
うるせえ!! 魔剣は黙っとけ!!!!
◆
【聖女マガリは王国安定のため、精力的に各地に足を伸ばしていた。そして、いつもそのそばには勇者アリスターの姿があった。彼もまた、聖女と同じくして王国……ひいては、大陸の安定を願っていたのだろう。その過程の一つで、バルディーニ領を訪れることがあった。そう、現在の勇者教が非常に活発な土地であり、勇者教を庇護している領地である。それは、当時の領主……マーラ・バルディーニが勇者アリスターと非常に密接な関係にあったことが要因とされている。しかし、あまりその史料は伝わっていない。一説によると、アリスターと親密な関係を築こうとしたマーラに対してマガリが嫉妬し、色々と妨害工作を繰り広げたというものもあるが、まったく根拠の薄い論説である。アリスターと同様、他者を慈しむ性格であったとされている彼女が、単なる嫉妬などで身を焦がしたりするとは思えない。ただ、マーラとアリスターが我々の考える普通の性格とはまた違うということは言えるだろう。バルディーニ領に立ち寄った際、暴れる賊の討伐に共に参加し、その際耳を塞ぎたくなるような罵詈雑言がマーラに振り掛けられ、それをアリスターが庇ったという史料が残っている。また、これはマガリの妨害工作説以上に論拠のないものだが、アリスターがマーラに求婚したというものもある。これも疑わしいのだが、アリスターとマーラは現代にも伝わって親しまれているので、両者ともに素晴らしい人格者であったことは、疑いの余地はない】
『聖剣伝説』第十章より抜粋。
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