番外編 クリスマスもどき・下
絶望した……。
俺は心の底からそう思った。
どうしてだ……。ついさっきまで、俺は楽しく街を散歩していたじゃないか……。
どうしてこんな嫌な気持ちにならなければいけないんだ……。
『なんで? 呪詛を吐きつつ嫌がらせのように格好いい顔を決めて女の子の気を引いてカップルをギスギスさせていたより全然マシだよ』
魔剣め。お前は何もわかっていない。
あれ、すっげえ楽しいんだぞ。
あんなに楽しそうにしていたのに、すぐに喧嘩して冷え切るんだもんな。
ワロタ。
『最悪だ……』
ふっ……。しょせんは無機物。人間様の崇高なお遊びを理解することはできないようだな。
しかし、最悪なのは今の俺の状況だぞ。
俺がいるのは、かつてシルクと演劇の練習をしていた時に知り合ったイスコの孤児院である。
さらに、俺は赤い帽子をかぶり、口ひげをつけ、赤い服を身にまとっている。
なんだこの格好?
「うおおおおお! 血まみれの老人きたあああああ!」
ドン! と頭を俺の腹に突っ込んでくるガキ。
こ、この野郎……!
的確にみぞおちをえぐってきやがった……!
戦慄している俺に、第二派がくる。
「待っていたぜ、血まみれの老人! 俺と勝負だ!」
そいつはそんなことを言いながら、俺に組み付いてくる。
こ、このクソガキども……!
どいつもこいつも俺の姿を見たとたんに襲い掛かってきやがって……!
魔剣くん、出番ですよ! こいつらを皆殺しにしたまえ!
『子供だぞ、するわけないだろ』
この役立たず。
でも、こいつら人を襲っているぞ!?
これはいかんでしょ!
人を助けるのが使命みたいなバカげたことを言っているのだから、俺も助けろ。
『いや、生誕祭の血まみれの老人は、そういうものでしょ?』
しかし、魔剣は何をそんなに怒っているのかわからないといった風な声音だ。
……さっきから気になっていたんだけど、その『血まみれの老人』ってなに?
その言葉だけでも怖いのに、俺がそれになっているのがなおさら怖い。
『血まみれの老人は、生誕祭に現れる返り血にまみれた老人だよ。生誕祭を祝う人々の前に現れ、財産や富を暴力で奪っていく鬼畜さ。その老人を迎撃し、打倒すことができれば、今まで老人がため込んだ強奪品を手にすることができるとされているんだ』
どんな老人だよ! お祝いムードの生誕祭を素直に祝うことができなくなったわ!
元から祝う気はなかったけど。
あまつさえ、それを俺にやらせているってどういうことだ!
俺がそんな野蛮なことをするだと!?
もっとばれないようにするわ!
「おらあ! 金寄こせえ!」
ドン! と再び腹に突っ込んでくるガキ。
こ、こいつら……! 身長差でちょうど苦痛が強いところにくるんだよ!
イライラを爆発させそうになるが……ここでぶちまけないのがアリスタークォリティー。
そんなことで、今までの努力を無駄にすることはありえない。
……と思っていたのだが、今イスコはここを離れており、またこのクソガキどもは俺がアリスターであることがわからない血まみれの老人スタイルだ。
…………。
「黙れクソガキ! 全部俺のものだ!!」
『優しいアリスターを演じなくていいとなったとたんにこれか……』
この世の富はすべて俺に集約するべきである。
貴様らみたいなガキンチョどもに、くれてやるものは何一つとしてない!
そんな時、孤児たちの中から一つの鋭い声が上がる。
「かかれ! 奴を疲労させ、動きが止まった時に一斉攻撃を仕掛けるんだ!」
おい! 孤児の中に軍師がいるぞ!?
その声に従い、孤児たちは先ほどまでの個々ではなく、一つの団体となって波状攻撃を仕掛けてきやがった。
こ、こいつら……! 一つの生き物みたいに、生き生きと俺を襲ってきやがる。
いいぜ、お前らがそのつもりだっていうんだったら……。
「かかってこいや! 世界の富と財は全部俺のものだ!!」
「うおおおおおおおおお!!」
迫りくるクソガキの波。
俺は果敢に彼らに向かって戦いを挑むのであった。
◆
俺は寒空の下を歩いていた。
身体中が痛む。歩くたびに起こる小さな振動でさえも、俺を苦しめる。
『子供にボコボコにされる大人の男がいた。アリスターだった』
ボコボコにされていない。
俺が手を出さなかっただけだ。
力加減ができずに殺してしまうからな。
あいつらは命拾いをした。ラッキーだったな。
『全力で抵抗しても、羽交い絞めにされて泣いていたように見えたけど……』
気のせいだ。それか、幻覚だな。
ちゃんと打ち直してもらった方がいいんじゃないか?
炉の中に自分から飛び込むべきだろう。
それに、イスコも子供の相手をしてくれてありがとうと頭を下げてきたしな。
俺がクソガキどもを遊んでやったと思っているのだろう。
『子供に合わせて遊んでいるように見せる演技はさすがだよね。実際は単純に力負けしてボコボコにされていたのに』
その薄汚い口を閉じろ、クソ野郎。
怒りで額の血管が切れそうだ。
「はぁ……。こんなことだったら、宿に引きこもっていたらよかった……」
深いため息が飛び出る。
子供の相手をするのは疲れる。
気を遣ってやらないといけないからな。
『気……遣ってた?』
遣ってた。
『まあ、いいじゃないか。一年に一度くらい、こんな日があっても』
気を取り直すように、そんな言葉をかけてくる魔剣。
俺は思わず鼻で笑ってしまった。
よくない。
誰もかれも幸せそうで、俺が子供にボコボコにされ……もとい、相手をしてやるような日なんて、もう二度といらない。
生誕祭とかやめろ。血まみれの老人もやめろ。
誰が得するんだ、このイベント。
そんなことを考えていた俺の身体に、冷たい何かが吸い付いてくる。
空を見上げれば……。
『あ、雪だ。すごい!』
白い小さな結晶が降っていた。
雪、か……。
俺は白い息を吐き出し……怒りが爆発した。
さっむ! ふっざけんなよマジで。
この俺が労働してくたくただというのに、追い打ちをかけるように雪だと?
神はどんだけ性格が悪いんだ。くたばれ。
何とか……何とか宿までたどり着かなければ……。
そこで、温かい布団に入って、ぐっすり眠るんだ……。
はぁ……それにしても、今日は厄日だった。
もう二度とごめんであることは言うまでもないが……。
「まあ、いいか」
一生に一度くらい、このような日があってもいいかもしれない。
もう過ぎたから言えることだ。
もう一度あるとなれば、俺は全力で抵抗するだろうが……。
「アリスター!」
「ぐぇっ!?」
そんなことを考えている俺の身体が、横に「く」の字に曲がる。
え……? 人体って左右に腰が変動するものだっけ?
ゴギッ! というすさまじい音は聞かなかったことにする。怖い。
すさまじい激痛にもだえ苦しみながら、俺を襲ってきた通り魔を見れば……案の定マガリである。
こ、ここここのクソ女!
よくも疲れ切った俺の身体にタックルなんて……!
というか、どうしてここにいる?
エリアをけしかけてやったというのに、いったいなぜ無事なんだ……。
その意思が伝心したのか、マガリは勝ち誇った顔を向けてくる。
「ふっ……。この私が、あのまま流されて苦しむとでも? 甘いわよ、甘すぎるわ!」
凄惨な笑みだ。
おかしい。
聖女のセリフと表情ではない。
「ど、どうやって抜け出した……!?」
「今日はアリスターと一緒に過ごすって、エリアに言ってきたわ」
な、なにぃ!? なんて最悪な言い訳を……!
ただでさえ、変に意識されているというのに、これ以上エリアに敵対視されてはたまったものではない。
あれでも、この国の王子である。
敵に回すことなんて、もってのほかなのだが……。
はっ……殺気!?
生存本能によってそちらに目を向ければ、おどろおどろしい目を向けてくるエリアがいた。
「おのれ……!」
違うんです!
俺はこいつのことなんて、どうでもいいんです!
しかし、今のバーサーク状態のエリアには、俺の声なんて届かないだろう。
このつんぼ野郎!
マガリに抱き着かれる……というより絞められている俺を見て、鬼の形相を向けてくるエリア。
なんだこの状況……。
『さっき君も言っていたけど、こういうのもまあいいんじゃないかな?』
「まあよくねえ!!」
生誕祭なんて二度と参加しねえ!
俺は心の底から、そう思うのであった。
コミカライズ決定しました!
詳しいことはまだですが、ご報告だけさせていただきます!
ありがとうございます。




